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証券訴訟の推定規定は、なぜ「発行者だけ」に効くのか――日米実体法比較

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証券訴訟の設計を決めるのは、実体法の厳しさよりも、誰が・何を・どの立証配分で争えるかである

証券訴訟の「強さ」は、条文が投資家に厳しいか優しいかだけでは測れない。誰が、何を、どの手続で、どの立証配分で争えるかという組み合わせ全体が、実際に動く件数を決める。この観点から日本の実体法を見ると、意外な事実に突き当たる。日本は実体法では投資家にかなり有利な推定を置きながら、手続では集団化を拒んでいる。米国はその逆に近い。本稿ではまず、実体法の設計――何を違法とし、依拠・因果関係・損害をどう推定するか――を日米で比較する。

何を違法とするか――対象文書の広さの違い

各国とも証券訴訟の中核にあるのは「重要事実の虚偽記載・欠落」である。違いが出るのは、対象となる文書と行為類型の広さだ。

日本では、発行市場の虚偽記載は金融商品取引法18条(発行者は無過失)が、流通市場での発行者の責任は21条の2が、役員・監査人・引受人の責任は22条などが、それぞれ規律する。対象は法定開示書類が中心であり、口頭説明や単体のIR資料は民法709条の一般不法行為に流れる。

米国では、発行市場を1933年証券法11条・12条が、流通市場を1934年証券取引所法10条(b)・Rule 10b-5が規律する。Rule 10b-5は「購入・売却に関連する」虚偽であれば広く捕捉する設計であり、日本より対象が広い。英国はFSMA第90条・第90A条で目論見書・発行者の公表情報を規律し、制定法は開示文書に寄せた設計になっている。韓国は資本市場法と証券集団訴訟法により、虚偽開示・相場操縦等に限定した集団訴訟を用意している。

21条の2の設計思想――発行者は「無過失」から「過失推定」へ

日本の21条の2は、流通市場の投資家が発行者を直接訴えるための特則である。2004年改正で因果関係・損害額の推定規定が導入され、2014年改正では発行者の責任が無過失から過失推定(無過失の立証責任は被告側)へと緩められた。発行市場を規律する18条は、今も無過失のままである。

設計思想は明快だ。発行者は情報の作り手であるから、過失の証明負担を投資家に負わせない。これは投資家にとってかなり有利な立て付けと言える。

対照的に、米国のRule 10b-5は原告側にscienter(故意・無謀)の主張・立証を求める。実体要件としては日本より重い。1995年のPSLRA(私的証券訴訟改革法)により、訴状段階での具体性のハードルも上がった。それでも米国で証券訴訟の件数が桁違いに多いのは、後述する集団手続とディスカバリーの存在によるところが大きい。

依拠・因果関係・損害――推定の置き方という核心

ここが実体法設計の核心である。

日本の21条の2のもとで、投資家が原則として証明しなければならないのは、(i)重要な虚偽記載があったこと、(ii)縦覧期間中に株式を取得または処分したこと、(iii)虚偽記載を知らなかったこと、の三点に絞られる。依拠――その開示書類を実際に読んで信頼したかどうか――は不要である。市場価格に虚偽記載が織り込まれていれば足りるという考え方であり、機能的には米国のfraud-on-the-market理論に近い。

損害額については、公表日前1か月の平均株価と公表後1か月の平均株価の差額という法定推定が置かれている。被告側は「虚偽記載以外の事情で株価が下がった」ことを証明できれば減額を主張でき、その証明が極めて困難な場合は裁判所が相当な損害額を認定できる(21条の2第5項・第6項)。最高裁平成24年判決は、この推定損害には相当因果関係のある損害がすべて含まれうるとしつつ、市場要因等は減額の対象になりうると整理した。実務では東芝の事案のように、類似する他社の株価と比較して市場要因分を一定割合控除し、取得時期に応じて加重するという判決が積み重なっている。

米国のRule 10b-5では、Basic v. Levinson判決が示した市場詐欺理論(fraud-on-the-market)によって依拠が推定され、これがクラス認証の土台になる。ただしHalliburton II判決以降、被告はクラス認証前に「虚偽記載が株価に影響しなかった」という反証を提出できるようになった。損失因果関係(loss causation)については原告側に立証責任があり、Dura Pharmaceuticals判決以降、「真実が市場に開示されて株価が下がった」という事象を、事件として明確に切り出す必要がある。

日本が「推定して被告に崩させる」設計であるのに対し、米国は「クラスを組成するための依拠推定」と「訴訟の保険化を防ぐための損失因果」という、二つの異なる機能を作り分けている。

役員・監査人・引受人――二層構造という帰結

日本の推定規定は、発行者以外にはそれほど強く働かない。22条や21条のもとでは、投資家自身が損害額と因果関係を証明し、被告側が免責事由(相当な注意を払っていたことなど)を証明するという構図になる。オリンパスの引受人をめぐる最高裁令和2年判決は、監査の信頼性に重大な疑義がある情報に接していた場合、監査への依拠だけでは免責されないとした。

この設計がもたらす帰結は明確である。日本で「勝ちやすい相手」は発行会社そのものであり、役員個人や監査法人まで責任を追及しようとすると、立証負荷は米国のRule 10b-5型に近いところまで重くなる。発行者ルートは軽く、周辺アクターへのルートは重い。この二層構造こそが、日本の証券訴訟の実体法設計の特徴である。

そしてこの実体法の有利さは、それだけでは投資家を救わない。次稿では、この推定規定がありながらなぜ証券訴訟の件数が少ないままなのか、その理由を集団化の手続とインフラの側から検証する。


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