Legal Insight
消費者裁判手続特例法は、なぜ株主を救えないのか

オプトイン型「二段階」訴訟制度の限界と、置き去りにされた個人株主
日本には、アメリカのような「一人が訴えれば、名乗り出なかった被害者全員に判決の効力が及ぶ」オプトアウト型のクラスアクションはない。あるのは、2013年に成立し2016年10月に施行された消費者裁判手続特例法(消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律)による、二段階のオプトイン型の制度である。
この違いを「制度の呼び名の違い」程度に見ている限り、日本の集団的救済の弱さは見えてこない。仕組みを一段ずつ辿ると、この制度が誰を守り、誰を守らないかが浮かび上がる。とりわけ本稿で確かめたいのは、その外側に置かれた一つの集団――株主である。
二段階オプトイン型のしくみ
仕組みはこうだ。第一段階では、内閣総理大臣の認定を受けた「特定適格消費者団体」だけが原告になれ、事業者に対して「この種の契約について、事業者は消費者に金を支払う義務がある」という共通義務の確認を求めて訴える。個々の消費者はここでは登場しない。
第二段階では、勝訴か和解で共通義務が確定したあと、団体が対象消費者に通知・公告し、名乗り出て団体に授権した消費者についてだけ、簡易確定手続で個別の金額を決める。
つまり、名乗り出なければ何ももらえないオプトイン型で、団体が門番になる設計である。アメリカのクラスアクションが「黙っていても救済される」制度だとすれば、日本の制度は「声を上げなければ救済されない」制度であり、しかもその声を上げる相手は裁判所ではなく、まず特定適格消費者団体でなければならない。
使われているか――4団体、10年でわずかな実績
門番の役を担う特定適格消費者団体は、現在4団体(消費者機構日本、消費者支援機構関西、埼玉消費者被害をなくす会、消費者支援ネット北海道)しかない。
施行から10年で提起された共通義務確認訴訟は、東京医科大学や順天堂大学の入試差別による受験料返還など、片手で数えられる程度にとどまっている。制度はあっても、それを動かす担い手の数と、実際に動いた件数の両方が細い。
対象は狭い――消費者契約の財産的損害に限定
対象も狭い。消費者契約に基づく財産的損害に限られ、拡大損害、逸失利益、人身損害は最初から除外された。事業者の債務不履行や不法行為が、単なる契約上の支払い超過にとどまらず、消費者の身体や生活に及んだ場合、この制度は端から射程に入らない。
2022年改正で変わったこと、変わらなかったこと
2022年改正(2023年10月施行)で、一定の場合の慰謝料が対象に加わり、悪質商法に関与した役員個人も被告にでき、和解の内容が柔軟化され、事業者に消費者への通知義務が課され、団体を支える「消費者団体訴訟等支援法人」の制度もできた。
しかし、骨格は変わっていない。原告になれるのは依然として認定を受けた団体だけであり、対象は依然として消費者契約に基づく財産的被害(プラス一部の慰謝料)に限られる。制度の内側を手直ししただけで、外側の線引きには手を付けなかった改正だったと言える。
株主の請求は、そもそも対象外である
この制度は、株主にとって重要な一点で無力である。株主が会社を訴える請求は「消費者契約」ではないため、特例法の対象外なのだ。
有価証券報告書の虚偽記載で損をした株主を例に取ればわかりやすい。彼らが集団的救済の制度によって守られることは、制度設計上、最初から想定されていない。消費者裁判手続特例法は消費者のための制度であり、株主は消費者ではないからである。
個人株主に残された手段
では、有価証券報告書の虚偽記載で損をした株主は、どうやって救済を求めるのか。いまも金融商品取引法21条の2の損害推定規定を頼りに、弁護士が原告を募って共同訴訟を組むか、選定当事者制度(民事訴訟法30条)で代表者を立てるしかない。
ライブドアや西武鉄道の株主集団訴訟、オリンパスで信託銀行6行が190億円、海外機関投資家61社が40億円で和解した事件、東芝の投資家訴訟は、すべてこの形をとっている。原告を集められるのは機関投資家か大手の弁護団だけで、分散した個人株主は事実上参加できない。
もう一つの集団的な手段である適格消費者団体(約25団体)の差止請求も、消費者契約法上の不当条項の差止めに限られ、損害賠償はできない。株主の懐に金が戻る道は、結局のところ用意されていないのである。
アメリカとの違いは、制度の名前だけではない
アメリカと比べると、欠けているものは制度の名前だけではない。ディスカバリーがなく(文書提出命令は限定的)、成功報酬で弁護士が原告を組織する慣行が薄く、懲罰的損害賠償はなく(最高裁は1997年、アメリカの懲罰的賠償判決の日本での執行を認めなかった)、訴訟の第三者資金提供も未整備である。集団訴訟が機能するための前提条件が、そろって弱い。
日本に「クラスアクションという名の制度」を輸入しただけでは、この現実は変わらない。制度を機能させている周辺の仕組み――証拠開示、弁護士報酬の設計、抑止的な賠償、訴訟費用の調達手段――までを合わせて見なければ、比較にならないということだ。
株主代表訴訟という代替物、そしてその限界
だから日本では、株主代表訴訟が事実上の代替物になってきた。1993年の商法改正で手数料が一律8,200円になったことで代表訴訟が急増し、大和銀行の829億円判決を経て、2001年に取締役の責任限定制度が入るという流れは、クラスアクションのない国で株主が会社側に圧力をかける唯一の回路が代表訴訟だったことを示している。
ただし代表訴訟は会社に賠償させる制度であり、株主自身の懐には一円も入らない。会社の取締役に責任を取らせることはできても、虚偽記載や不正で損をした株主自身の損害を回復する集団的な手段は、いまもない。
だから、裁判所の外側の改革が要る
少数株主の出口を確保すること、情報とリソースの非対称を埋めること――この二つの改革は、この空白を前提に読むと、なぜ裁判所の側の改革だけでは足りないかがはっきりする。
締め出しの価格決定申立ては一人ひとりが別々に申し立てる非訟事件であり、ジュピターテレコムでも東宝不動産でも、申し立てた株主だけが値付けの対象になり、黙っていた株主には何も及ばなかった。オプトインの構造は、消費者裁判手続特例法の中だけでなく、株主が自らの価格や損害を回復しようとする局面のいたるところに顔を出す。
日本に必要なのは、アメリカの制度をそのまま輸入することではない。声を上げた者しか守られないという構造そのものに向き合い、その外側に置き去りにされてきた個人株主の存在を、制度設計の出発点に据え直すことである。
関連URL・参考資料
[全国の特定適格消費者団体一覧|消費者庁](https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/collective_litigation_system/about_qualified_consumer_organization/list_of_specified)
[国民生活 2022年7月号 特集「消費者裁判手続特例法―これまでとこれから―」|国民生活センター(PDF)](https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202207_02.pdf)
[適格消費者団体・特定適格消費者団体とは|消費者庁](https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/collective_litigation_system/about_qualified_consumer_organization/)
[消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律|衆議院](https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/housei/18520131211096.htm)