件数を決めるのは、オプトインかオプトアウトかではない――集団訴訟の「動かないレバー」

韓国はオプトアウト型を証券訴訟に導入した。それでも件数はごく少ない。制度の器の形だけでは、何も説明できない
前稿では、日本の証券訴訟が実体法において投資家にかなり有利な推定を置いていることを見た。虚偽記載さえ認定されれば、依拠は不要、損害額は法定の算式で推定される。それでも日本で証券訴訟の件数が少ないのはなぜか。答えは実体法ではなく、集団化の手続とそれを支えるインフラにある。
各国の集団化設計を並べる
集団訴訟の設計を、加入方式・原告適格・証券への適用・実際の稼働という四つの軸で比較すると、日本の位置がはっきり見えてくる。
米国は、オプトアウト型で代表投資家と弁護士が原告となり、証券訴訟にも中核的に適用され、年間数百件規模で動いている。日本は、共同訴訟・選定当事者制度によるオプトイン型で、各投資家が原告適格を持つが、消費者裁判手続特例法は金商法には非適用であり、実際に動くのは東芝やオリンパスといった少数の大規模事案に限られる。韓国は2005年にオプトアウト型の証券集団訴訟制度を導入し、証券にも適用されるが、稼働件数は極めて少ない。台湾はオプトイン型でありながら、投資者保護センター(投保)という公的性格の強い財団が代表原告として事件を主導する仕組みを持ち、証券にも適用され、相対的に件数が出ている。英国はGLO(Group Litigation Order)というオプトイン登録型の手続を持ち、FSMA第90条・第90A条のもとで、機関投資家主導の大型事案が散発的に生じている。
この並びから見えるのは、オプトインかオプトアウトかという入り口の設計だけでは、実際に動く件数は説明できないという事実である。
日本の壁――消費者特例法は証券に使えない
日本の消費者裁判手続特例法は、発行体と投資家の間に「消費者契約」が存在しないという理由で、証券訴訟には使えない。以前の記事で扱った通り、この制度はそもそも消費者被害の救済を目的に設計されており、株主・投資家の請求はその射程の外に置かれている。
残る手段は民事訴訟法上の共同訴訟である。招集のコスト、時効の管理、一人ひとりの株式取得事実の証明という負担は、すべて原告側に残る。実体法の推定規定でせっかく立証負担が軽くなっても、その手前で「原告をどう束ねるか」という手続上の壁に阻まれる。推定は強いのに、手続が個人の寄せ集めに依存する――これが日本の集団訴訟設計の最大の歪みだと言える。
韓国という反例――条文を輸入しても、動くとは限らない
韓国は米国型のオプトアウト集団訴訟を証券分野に限定して導入した先例として、しばしば参照される。しかし実際には、訴訟の提起に裁判所の許可が必要とされる許可制、原告側に求められる担保提供、ディスカバリー制度の欠如、そして敗訴者負担の重さが重なり、件数はごく少ないままにとどまっている。
この事例が示すのは、手続の外形――オプトアウトという入り口の形――だけを移植しても、証拠収集の手段と費用構造が伴わなければ、制度は動かないという教訓である。
台湾という対照例――公的原告が束ねる設計
台湾は対照的な設計を採る。投資者保護センターという公的性格の強い原告が、オプトインで個々の投資家を束ね、刑事事件や行政処分に便乗する形で証券訴訟を主導する。「誰が集団を組成するインセンティブを持つか」という一点において、韓国型よりも機能している。オプトアウトの有無よりも、集団を組成する主体が公的な資源と動機を持っているかどうかが効いている、と見ることができる。
証拠・費用・時効というインフラ
集団化の設計と並んで効いてくるのが、証拠収集・費用構造・時効というインフラである。
米国は広範なディスカバリー制度を持つ。日本では文書提出命令の対象が限定的であり、実務上は課徴金処分、第三者委員会の報告書、刑事記録への便乗が、事実上の証拠発見手段になっている。行政が動かない粉飾事案は、民事も動きにくい。
費用の面でも違いがある。日本では訴訟費用は各自負担が基本であり、印紙代は敗訴者負担に寄りやすい。成功報酬による受任は可能だが、クラス全体の和解金から弁護士報酬を一括して徴収する仕組みは存在しない。米国では成功報酬とクラス和解からの弁護士報酬という構造が確立している。
時効も日本の証券訴訟を狭めている一因である。21条の2の請求権は、知った時から3年、行為の時から7年という短期の期間制限に服し、原告の招集が遅れがちになる要因となっている。
そして並行するエンフォースメントの設計も異なる。日本では課徴金や開示是正といった行政上の措置が先行し、民事訴訟はその「残差」を拾う構造になっている。米国では私的訴訟そのものが独自の抑止装置として位置づけられている。
Capital Justice Labからの提言――三つのレバー
制度をいじるとすれば、現実的に動かせるレバーは三つに絞られる。
第一に、証券専用の共通争点確認訴訟とオプトイン参加を、金融商品取引法の側に用意することである。消費者裁判手続特例法と同じ発想を証券訴訟に応用しつつ、特定の団体に独占させるのではなく、機関投資家や選定当事者を原告になれるようにする。
第二に、参加のインフラを整えることである。証券保管振替機構や口座管理機関を経由して、通知と株式取得データの確認を標準化・自動化する。実体法に推定規定があっても、取得の事実を一人ひとり証明する段階で投資家が脱落しているのが現状であり、ここを埋めなければ推定規定は絵に描いた餅のままになる。
第三に、役員・監査人といった周辺アクターへの推定を、条件付きで限定的に拡大することである。21条の2と同水準の推定をそのまま役員・監査人にまで広げれば負担が過大になりかねない。行政上の虚偽認定がある場合に限り因果関係・損害を推定する、といった条件を付けることで、過度な訴訟圧力を避けながら抑止力を補強できる。
全面的な米国型オプトアウトを、ディスカバリーと費用構造を同時に整備しないまま導入すれば、韓国と同じ「条文だけ米国型」に終わる。逆に、前稿で見た実体法の推定規定だけをさらに強化しても、少額分散の投資家が集団として動けないという構造は解消しない。日本の証券訴訟は、実体法では投資家寄り、手続では発行体寄りという非対称設計を持っている。比較のなかで見るべきは、クラスアクションという制度の有無そのものではなく、この非対称そのものである。
関連URL・参考資料
代表訴訟は、株主の懐を潤さない。それでも会社を変えてきた――「株主オンブズマン」30年の実績|Capital Justice Lab
証券訴訟の推定規定は、なぜ「発行者だけ」に効くのか――日米実体法比較(本稿の前編)