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山中裕が語る『フレキシキュリティ』

山中裕(やまなか・ゆたか)です。 投資家として、そして実業家として、日本の資本市場と企業統治の現場に身を置いてきました。

今日は最初に、経済成長の「本体」について話します。 小難しい理論に聞こえるかもしれませんが、結論はシンプルです。

成長する国は必ず“入れ替わる”。 古い産業が落ち、新しい産業が伸びる。 古い仕事が消え、新しい仕事が生まれる。 この“新陳代謝”が止まった瞬間、その国の成長は止まります。

このメカニズムを理論化したのが、経済学者の フィリップ・アギオンとピーター・ホーウィット です。 彼らは、シュンペーターが語った「創造的破壊」を、成長理論として組み立て直しました。

0. 成長とは何か。アギオン&ホーウィットの「創造的破壊」

創造的破壊とは、こういうことです。

  • 新しい技術が出る

  • 新しい企業が伸びる

  • 古い企業は負ける

  • 古い仕事は消える

そして経済全体は、次の段階へ進む

ここで重要なのは、 成長は“全員が幸せになる直線”ではないという点です。

成長とは、常に“誰かの仕事が消える”こととセットです。 新しい価値が生まれる裏側で、古い価値が切り捨てられる。 これが創造的破壊の現実です。

つまり、成長を本気でやる国は、必ずこういう局面に直面します。

  • 失業が発生する

  • 産業が入れ替わる

  • 地域が衰退する

  • スキルの価値が暴落する

  • 人生が途中で詰む人が出る

そして、ここで国は二択を迫られる。

1. 国は二択を迫られる

成長を止めるか、社会を壊すか

創造的破壊が始まると、痛みが出ます。 その痛みをどう処理するかで、国の未来は決まります。

やり方を間違えると、こうなる。

  • 人は変化を恐れる

  • 転職は「挑戦」ではなく「賭け」になる

  • 企業は雇えなくなる(雇ったら守れないから)

結果として、新陳代謝が止まる

成長が止まる さらに悪いケースでは、社会が壊れます。

  • 失業が恐怖になる

  • 格差が固定される

  • 弱者は沈み、強者は固定される

  • 分断が政治を壊す

つまり、創造的破壊は放置すれば“地獄”になります。 しかし、止めれば成長が止まる。

ここで必要なのが、国家の設計です。 痛みを制度で吸収し、社会を再起動可能にする仕組み。

私はそこに、デンマーク型政策の本質があると思っています。

2. そこで出てくるのがフレキシキュリティだ

「創造的破壊」と理屈上めちゃくちゃ相性がいい

ここで誤解してはいけません。

フレキシキュリティという言葉を聞くと、日本ではすぐに 「解雇規制緩和」 という話に飛びつく人がいます。

しかし、それは“半分しか見ていない”。むしろ危険です。

フレキシキュリティとは、 柔軟性(Flexibility)と保障(Security)を同時に成立させる労働市場の設計思想です。

もっと分かりやすく言うなら、こうです。

企業は、必要なときに雇える。 企業は、環境変化に合わせて人員調整もできる。 しかし労働者は、職を失っても人生が壊れない。 さらに国が、次の仕事へ移る道筋を“強制的に”用意する。

つまり、 「会社にしがみつく安心」ではなく 「転職できる安心」を社会が担保する仕組みです。

これがなぜ、創造的破壊と相性が良いのか。

答えは単純です。

創造的破壊は「入れ替わり」が前提だからです。 入れ替わりを止めないためには、人が転職できる社会でなければならない。

だから私はこう整理します。

アギオン&ホーウィットは、デンマーク型政策を直接推奨したというより、 「創造的破壊による成長」を成立させる制度として、フレキシキュリティが理屈上かなり相性が良い。

これは思想の一致ではありません。 構造の一致です。

3. デンマークモデルは“三本脚の椅子”である

デンマークの労働市場モデルは、三本柱で成り立っています。

(1)柔軟な雇用・解雇(Flexibility)

デンマークは、企業が雇用・解雇を行う自由度が高い。 正社員と非正規の差もほとんどない。 日本のような「正社員の壁」が存在しないのです。

ここだけを見ると、「冷たい社会」に見えるかもしれない。 しかし、次がセットです。

(2)手厚い失業保障(Security)

失業しても生活基盤が崩れない。 だから、労働者は“次へ移る”ことができる。 失業が人生の終わりではなく、キャリアの途中に組み込まれている。

(3)積極的労働市場政策(Activation)

ここが心臓です。

失業者はスキル診断され、産業別スキル標準に基づいて訓練・職業紹介を受ける。 訓練参加は義務です。

給付を渡して終わりではない。 国が「次の雇用へ行け」と背中を押す。 時に“押す”のではなく“押し出す”。

この 3 つは別々ではありません。 一本でも欠ければ倒れます。椅子と同じです。

4. デンマークの本当の強み 労働市場 OS が“外部”にある

デンマークを理解する鍵は、労働市場が「企業の内部」で完結していない点です。 日本は逆です。企業が“ミニ国家”になっている。

日本企業は、社内に

  • 教育

  • 職業訓練

  • キャリア設計

  • 配置転換

  • 評価と等級

  • 長期雇用のリスク吸収

こうした機能を抱え込んでいます。

だから、会社から外に出る瞬間に人生が不安定になる。 転職が“挑戦”ではなく“賭け”になる。

デンマークは違います。

スキル標準、訓練体系、職務プロトコル、賃金等級、キャリアパス、失業保険、再就職支援―― これらが社会インフラとして外部に存在している。

だから企業は、必要な人材を市場から採用し、事業に集中できる。 ここが、日本が本気で学ぶべきポイントです。

5. 日本でフレキシキュリティをやるために必要なこと

私は、日本がこのモデルを“そのままコピー”できるとは思っていません。 しかし、方向性として学ぶ価値は大きい。

日本でやるなら、最低限これが必要です。

必要なこと:順番を守る―保障→ 訓練→流動化

最初にやるべきは、解雇規制の緩和ではない。 保障と再就職支援を先に作ることです。

「解雇しやすい社会」だけを先に作れば、待っているのは生活破綻と恐怖政治です。 制度設計の順番を間違えれば社会は壊れます。

必要なこと②:産業別スキル標準を作る

転職市場が成立するには、職務の規格が必要です。 どんな仕事にどんな技能が必要で、どこまでできればいくら払うのか。 この“共通言語“”がなければ、人材は動けない。

日本も、職種ごとに

  • 必須スキル

  • 実務プロセス

  • 評価基準

  • 等級と賃金

  • 訓練モジュール

  • 試験・認定

これを産業単位で整備しないと、転職できる安心は作れません。

必要なこと ③:職業訓練を「就職に直結」させる

日本のリスキリングは、“どうしても 学ぶことが目的化”しやすい。 しかし本来は、訓練は就職のためにある。

訓練→実務→採用までを一本の線にしなければ、税金を燃やすだけです。

必要なこと:行政を“再配置エンジン”→に変える

失業者をスキル診断し、訓練と職業紹介で再配置する運用能力が必要です。 制度は紙で作れます。しかし運用は人と仕組みでしか作れない。

6. 日本でやってはいけないこと。これは社会を壊す

最後に、最も重要な話をします。

やってはいけないこと ①:「解雇だけ」先に進める

保障も訓練も薄いまま、解雇を柔軟化する。 これは“改革”ではなく “破壊”です。

労働者は恐怖で動けなくなる。 企業は短期最適に走る。 社会は分断する。 結果として、経済の活力はむしろ落ちます。

やってはいけないこと ②:リスキリングを自己責任にする 「学び直せ」「市場価値を上げろ」を個人に押し付けるだけでは格差は固定されます。訓練は社会インフラでなければ意味がない。

やってはいけないこと ③:制度を作って“運用を放棄”する

日本は制度を作るのは得意です。しかし運用が弱い。

フレキシキュリティは、運用が回らなければ成立しない。 ここを軽視すると、絵に描いた餅になります。

7. 私がこのモデルに注目する理由――資本市場と同じ構造だからだ

私は HOYA で 15 議案を出したときも、裁判で少数株主の権利を守ったときも、やっていたことは同じです。 それは「ルールを整備し、透明性を上げ、弱者が潰されない線を引く」ことです。

労働市場も同じです。

放置すれば、強者が固定され、弱者が沈む。 企業の都合だけで人が切られ、個人の努力だけで再起動しろと言われる社会になる。

だから私は言いたい。

日本が目指すべきは「雇用流動化」ではない。 “再起動できる社会”の設計です。

創造的破壊を止めない。 しかし、人の人生を壊さない。 成長と社会の安定を両立させる。

それがフレキシキュリティの本質です。

結論:日本に必要なのは「転職できる安心」を制度として作ること

フレキシキュリティは、解雇しやすい国を作る話ではありません。

失業しても人生が壊れない保障があり、 訓練と再配置が社会インフラとして回り、 職務が規格化されて移動が成立する―― そういう国家設計です。

日本でこれをやるなら、

  • 保障を先に作る

  • 訓練を就職に直結させる

  • 産業別スキル標準を整備する

  • 行政を再配置エンジンにする

  • 解雇緩和は最後にする

この順番を守ることです。

逆に言えば、この順番を守れないなら、フレキシキュリティという言葉を使うべきではない。

私はそう考えています。

山中裕