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経済学が示す株式価値と裁判所が決める価格――非上場株式の評価をめぐる二つの視点

企業の株式には、将来の利益や配当、企業が保有する資産に基づく経済的な価値がある。しかし、その株式を実際に売却できるかどうかは別の問題である。証券市場で日々売買される上場株式とは異なり、非上場株式には市場価格が存在しない場合が多く、売却相手を見つけることも容易ではない。
では、将来の収益から計算した株式価値と、実際に売却できる価格が異なる場合、どちらを株式の価値と考えるべきなのだろうか。
この問いには、経済学と法律という二つの異なる視点がある。経済学は投資家が引き受けるリスクや期待収益を分析する。一方、法律は株式が売却・取得される制度の目的に応じて、どのような価格を認めるべきかを判断する。
2026年のノーベル経済学賞を受賞したRobert E. Hall(ロバート・ホール)の研究と、日本の最高裁判所が2015年と2023年に示した二つの判断は、この違いを考える重要な材料となる。
ノーベル賞経済学者が分析した分散できないリスク
2026年10月12日、スウェーデン王立科学アカデミーは、Robert E. HallとMichael Woodford(マイケル・ウッドフォード)にノーベル経済学賞を授与すると発表した。授賞理由は、マクロ経済安定化のミクロ経済的基礎に関する研究である。
今回取り上げるのは、この授賞理由とは別の研究に当たる。
Hallは2010年、Susan E. Woodward(スーザン・ウッドワード)とともに、論文「The Burden of the Nondiversifiable Risk of Entrepreneurship」を学術誌『American Economic Review』に発表した。
この研究は、ベンチャーキャピタルの支援を受けた米国のスタートアップ企業について、創業者が負う分散不能な事業リスクを分析したものである。
一般に、投資家は複数の企業へ資金を分散することで、特定企業の業績悪化による損失を抑えられる。しかし、起業家は自身が創業した企業の株式を大量に保有し、その企業の成功や失敗によって報酬が大きく変わる場合がある。
創業者の報酬は、一定の給与だけでなく、株式公開や企業売却によって得られる収入にも依存する。創業者が企業価値の上昇から大きな利益を得る仕組みは、事業を成長させる誘因となる一方、その企業に固有のリスクを集中的に負わせることにもなる。
著者らは、こうした報酬構造が、創業者本人にとってどれほどの経済的価値を持つのかを検討した。
平均580万ドルの報酬は何を意味するのか
HallとWoodwardの分析では、対象となった創業者の退出時の現金受取額は平均580万ドルだった。
一見すると、起業によって高額の報酬が得られるように見える。しかし、報酬の分布を見ると、約4分の3の創業者は退出時に現金を受け取っていなかった。一方、少数の創業者は10億ドルを超える報酬を得ていた。
つまり、平均580万ドルという数字は、多くの創業者が同程度の利益を得たことを意味しない。少数の大きな成功例が平均値を押し上げていたのである。
著者らは、このような不確実な報酬を評価するために、確実性等価(Certainty Equivalent)という概念を用いた。
確実性等価とは、リスクのある将来の報酬を、本人がどれほどの確実な金額と同じ価値だと考えるかを表すものである。
例えば、将来1,000万円を得られる可能性があっても、その確率が低く、損失による生活への影響が大きい場合には、確実に受け取れる数百万円の方を選ぶ人もいるだろう。
著者らのモデルでは、相対的リスク回避度を2と仮定すると、創業者が起業時点で評価する報酬の確実性等価は、ゼロをわずかに上回る水準にとどまった。
これは、平均的な受取額が高くても、分散できないリスクによって、本人にとっての経済的な価値が大きく低下し得ることを示している。
ただし、こうした結果は、著者らが置いたリスク回避度や報酬分布などの仮定に依存する。また、研究はベンチャー企業の創業者を対象としており、一般的な非上場株式の市場価格を直接推定したものではない。
分散不能リスクと非流動性は同じなのか
非上場株式の評価では、分散不能リスクと非流動性が混同されることがある。しかし、両者は異なる概念である。
分散不能リスクとは、投資家の資産が特定企業に集中することで、その企業固有の業績変動による影響を十分に分散できない問題である。
一方、非流動性とは、資産を希望する時期に、適切な価格で売却・現金化することが難しい性質を指す。
例えば、ある投資家が一社の上場株式だけを大量に保有している場合、その株式を市場で売却できたとしても、資産が一社に集中するリスクは存在する。
反対に、複数の非上場企業へ投資してリスクを分散していても、それぞれの株式を迅速に売却できない場合には、非流動性の問題が残る。
両者は同時に存在する場合があるものの、経済学的には別々に検討する必要がある。
したがって、HallとWoodwardの研究で示された確実性等価の低下から、日本の非上場株式に適用すべき非流動性ディスカウントの割合を直接導くことはできない。
この違いを理解したうえで、日本の最高裁判所が非上場株式の価格についてどのような判断を示したかを見る必要がある。
2015年の最高裁が非流動性ディスカウントを否定した理由
2015年3月26日、最高裁判所第一小法廷は、吸収合併に反対した非上場会社の株主による株式買取請求について、非流動性ディスカウントを認めない判断を示した。
この事件は、会社法785条1項に基づく株式買取請求に関連し、裁判所が公正な買取価格を決定する手続きで争われたものである。
鑑定人は、会社の将来の純利益を基礎とする収益還元法を用い、さらに市場性がないことを理由として25%を減額した。その結果、1株80円という価格が示された。
しかし最高裁は、この減額を認めず、買取価格を1株106円とした。
最高裁が重視したのは、収益還元法の性質と、組織再編に反対する株主へ買取請求権を認める制度の目的である。
収益還元法は、将来期待される純利益を一定の資本還元率で現在価値に換算する方法であり、上場株式などの市場取引価格との比較を直接の要素とはしていない。
また、組織再編に反対する株主の買取請求権には、会社から退出する機会を保障し、退出する株主に企業価値を適切に分配するという目的がある。
最高裁は、これらを踏まえ、収益還元法によって求めた価格から市場性の欠如を理由に追加の減額をすることは相当ではないと判断した。
重要なのは、この決定が非上場株式に市場性の問題が存在しないと述べたわけではないことである。問題となった価格決定制度と評価手法のもとでは、その理由による減額を認めなかったのである。
2023年の最高裁はなぜ減額を認めたのか
2023年5月24日、最高裁判所第三小法廷は、譲渡制限株式の売買価格決定について、非流動性ディスカウントを認める判断を示した。
この事件は、株主が株式の譲渡承認を求めたものの、会社が承認せず、会社法144条2項に基づく価格決定手続きが行われた事案である。
鑑定人は、DCF法によって二つの会社の株式をそれぞれ1株7,524円、6,448円と評価した。
DCF法は、会社が将来生み出すフリー・キャッシュフローを現在価値に割り引く評価方法である。
鑑定人は、この評価額から非流動性ディスカウントとして30%を減額し、それぞれ5,266円、4,514円を売買価格とした。原審はこの鑑定結果を採用し、最高裁も判断を維持した。
最高裁は、会社法144条2項に基づく価格決定制度について、譲渡を希望する株主に対し、譲渡に代わる投下資本の回収手段を保障するための制度であると説明した。
そのうえで、市場性の欠如を理由とする減額が相当と認められる場合には、DCF法による評価額から非流動性ディスカウントを行うことができると判断した。
ただし、最高裁は、評価額を算定する段階で市場性の欠如がすでに十分考慮されている場合、さらに同じ理由で減額することは二重の減価となり、相当ではないとも明示した。
この事件では、DCF法の計算に類似する上場会社の株式に係る数値が用いられていた一方、対象株式の市場性の欠如が考慮されていた事情はうかがわれなかった。
そのため、追加の減額が認められたのである。
なお、2023年決定は、非上場株式の評価には常に30%の減額を適用するという一般的な基準を示したものではない。
二つの最高裁決定は矛盾しているのか
2015年と2023年の決定は、非流動性ディスカウントの可否について異なる結論を示した。しかし、両者は異なる価格決定制度を対象としている。
2015年の事件は、吸収合併に反対する株主による公正な価格での買取請求だった。一方、2023年の事件は、譲渡制限株式の譲渡が承認されなかった場合の売買価格決定だった。
また、前者では収益還元法が、後者ではDCF法が用いられていた。
2023年の最高裁は2015年決定に言及したうえで、事案が異なるため今回の判断には適切ではないと述べている。
これらの決定から考えられる論点は、株式の価格決定が単なる市場価値の測定ではなく、その価格を定める法制度の目的とも関係しているということである。
組織再編に反対する株主へ企業価値をどのように分配するかという問題と、譲渡を希望する株主に投下資本の回収手段をどのように保障するかという問題では、判断において重視される事情が異なり得る。
一方、評価方法の違いがどの程度重要なのかについても検討の余地がある。収益還元法やDCF法は、いずれも将来収益を現在価値に換算する考え方を含むが、具体的な算定過程や用いられる数値は同じではない。
そのため、二つの決定を単純に矛盾する判断と捉えるよりも、制度目的と評価方法の両方を踏まえて理解する必要がある。
強制的な株式取得ではどう考えるべきか
さらに検討が必要なのは、株主の意思にかかわらず株式が取得される場合である。
例えば、特別支配株主による株式等売渡請求に関する会社法179条の8や、全部取得条項付種類株式の取得に関する同法172条では、一定の要件のもとで株主が株式を失う場合に、価格をめぐる問題が生じる。
こうした手続きでは、退出する株主の意思や、価格決定制度が少数株主を保護する目的を持つことを、どのように評価すべきかが問題となり得る。
2015年の最高裁決定が重視した企業価値の適切な分配という考え方を、こうした制度にもどこまで及ぼすべきかについては、法的な検討の余地がある。
一方、2023年の最高裁決定が示した非流動性ディスカウントと二重減価に関する考え方を、どのような範囲で参照できるかも論点となる。
ただし、2015年と2023年の二つの決定だけで、ほかの株式取得制度における非流動性ディスカウントの可否が一律に決まるわけではない。
制度の目的や事案の具体的な事情、採用された評価方法を区別した検討が必要となる。
税務評価と会社法上の株価はなぜ異なるのか
非上場株式をめぐるもう一つの問題は、相続税・贈与税の申告に用いる評価額と、会社法上の価格決定で用いる評価額との違いである。
国税庁の財産評価基本通達などに基づく取引相場のない株式の評価では、会社の規模や株主の区分などに応じて、類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式などが用いられる。
例えば、同族株主以外の一定の株主については、特例的な評価方式として配当還元方式が用いられる場合がある。
しかし、こうした相続税・贈与税の評価制度が、会社法上の価格決定をそのまま拘束するわけではない。
税務上の評価額は相続税法などに基づく財産評価を目的とする。一方、会社法上の価格決定では、それぞれの制度の目的に応じて株式の価格が検討される。
したがって、税務上の評価額が低いからといって、会社法上の買取価格や売買価格も当然に低くなるとはいえない。
また、税務上の評価方式で用いられる調整要素に、どのような経済的意味があるのかという問題と、それを会社法上の価格決定に採用すべきかという問題も区別する必要がある。
2023年の最高裁決定が示した二重減価の考え方に照らしても、ある評価方法に市場性の欠如がすでに織り込まれているかどうかは、重要な検討事項となる。
経済学の価値と法律の価格はなぜ一致しないのか
HallとWoodwardの研究は、平均的に大きな利益が期待できる投資であっても、分散できないリスクによって、本人にとっての価値が大きく低下し得ることを示した。
一方、日本の最高裁が扱ったのは、非上場株式に市場性がないことを、法律上の価格決定でどのように反映させるかという問題だった。
両者は関連するものの、同一の問いではない。
経済学上の確実性等価は、投資家本人のリスク回避度や資産状況などによって変化する。一方、裁判所が決定する株式の価格は、その株主が主観的にいくらなら満足するかだけで決まるものではない。
また、株式に市場性がないという事情が存在しても、その事情を法律上の価格決定でどのように扱うべきかは、対象となる制度や評価方法によって異なり得る。
この点に、経済的な価値の測定と、法律上の価格決定との違いがある。
非上場株式の価値を考える際には、将来収益から求められる評価額、投資家が負うリスク、実際の売却可能性、法律上の価格決定の目的を区別する必要がある。
最高裁の二つの決定が示しているのは、非流動性ディスカウントの可否を、非上場株式であるという事実だけから判断することはできないということである。
株式の価値は経済的な分析の対象となる。しかし、どの価格を当事者間で認めるべきかという問題には、法制度の目的や負担の分配に関する判断も関係する。
売却しにくい株式の価値をめぐる議論は、単なる株価算定の技術的な問題ではない。経済学と法律が、それぞれ異なる視点から、価値と負担の関係を検討する問題なのである。
参考資料・関連研究
1.スウェーデン王立科学アカデミー(2026年ノーベル経済学賞公式発表)
"The Prize in Economic Sciences 2026."
2.Robert E. Hall・Susan E. Woodward(2010年・査読済み原論文)
4.最高裁判所第一小法廷・平成27年3月26日決定(平成26年(許)第39号)