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非上場株式の流動性はなぜ「非弁」の壁に阻まれるのか――弁護士法72条の射程と中小企業ガバナンスの死角

問題設定:流動性なき株式という資本の死角

日本経済の生産性をめぐる論議は、長らく上場企業のガバナンスに偏ってきた。しかし企業数の圧倒的多数を占めるのは、非上場・同族の中小企業である。独自の技術、優良な取引先、厚い内部留保、不動産という資産を抱えながら、資本効率を十分に意識しないまま閉鎖的な経営を続ける会社は少なくない。そこには、上場市場が備える規律も、株主の出口も存在しない。

非上場株式の最大の欠陥は、流動性の欠如である。上場株式であれば、株主は市場でいつでも売却できる。非上場株式はそうはいかない。買い手を自力で探すほかなく、多くの場合は定款上の譲渡制限が退路をさらに狭める。株主は資本を凍結されたまま、経営陣に対する交渉力も換金手段も持たずに滞留する。

この隘路を埋めうるのは、塩漬けとなった少数株式に買い手を仲介し、あるいは自ら買い取って流動性を供給する第三者の営みである。ところが、その営みは弁護士法72条——非弁護士による法律事務の取扱いを禁じる刑罰法規——の射程に触れうる。市場を創る行為が、市民保護のための専門職独占規定によって封じられかねない。ここに、本稿が問う制度の死角がある。

閉じ込められた少数株主:非上場株式の制度的隘路

多くの同族会社は、定款によって株式に譲渡制限を付している。会社法136条以下は、株主が株式を第三者に譲渡するには会社の承認を要し、会社が承認を拒む場合には会社自身または指定買取人が買い取る手続を定める(140条)。価格が折り合わなければ、最終的に裁判所が売買価格を決定する(144条)。制度上、出口はゼロではない。しかし、承認請求・買取人指定・価格決定という多段の関門を、法的知識と交渉力に乏しい個人株主が独力で通り抜けるのは容易ではない。

相続は、この構造をさらに固定化する。非上場株式は世代を超えて分散し、経営に関与しない純粋な少数株主を生み出す。ここで矛盾が際立つ。財産評価基本通達に基づく相続税評価では、取引相場のない株式にも一定の評価額が付され、相続税の課税対象となる。だが、その株式を換金する市場は存在しない。納税義務は生じるのに、原資となる売却先がない。同族株主以外に適用される配当還元方式が著しく低い評価額を導くこと自体、市場が少数株式に見出す価値の低さを裏書きしている。

他方で会社法は、支配株主の側にだけは強力な退出装置を用意した。特別支配株主の株式等売渡請求(179条、2014年改正で導入)は、議決権の90%を握る株主に、少数株主を金銭で強制排除する権限を与える。全部取得条項付種類株式や株式併合も同種の機能を果たす。だが、これらはいずれも多数派が少数派を「追い出す」制度であって、少数株主の側から能動的に出口を開く制度ではない。非上場株式の世界では、退出の主導権は構造的に多数派へ偏在している。

弁護士法72条は何を禁じ、どこで曖昧になるか

弁護士法72条は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、訴訟事件その他一般の法律事件に関して、鑑定・代理・仲裁・和解その他の法律事務を取り扱い、またはこれらの周旋をすることを業とすることを禁ずる。要件は四つ——①非弁護士が、②報酬を得る目的で、③法律事件・法律事務について、④業として行うこと。違反は2年以下の懲役または300万円以下の罰金という刑事罰を伴う。

制度の淵源には、明治期の「三百代言」——無資格で他人の紛争に介入し報酬を貪る者——への反省がある。依頼者を無資格・無責任な者から保護し、法律事務の適正と司法制度への信頼を確保することが立法趣旨である。この趣旨そのものは正当であり、否定されるべきものではない。

問題は「法律事件」の外縁にある。学説上、72条が禁ずるのは紛争性・争訟性のある事件に限られるとする「事件性必要説」と、より広く法律事務一般に及ぶとする「事件性不要説」が対立してきた。判例は必ずしも狭く画さない。ビルの立ち退き交渉を非弁護士が受託・遂行した事案について、最高裁は2010年(平成22年)7月20日決定で72条違反を認め、交渉活動を広く同条の射程に取り込む立場を示したものと読まれている。境界が判例の総合判断に委ねられている以上、新種の事業活動が72条に触れるか否かは、事前には判然としない。この予測不可能性そのものが、流動化ビジネスの参入を萎縮させる。

「代理」か「当事者」か——流動化ビジネスの法的座標

決定的な分岐は、その活動が「他人の法律事務の代理」なのか、「自己の権利行使」なのかにある。業者が自己の名と計算で少数株式を買い取り、株主となったうえで、自らの帳簿閲覧請求権や価格決定申立権を行使するならば、それは他人の事務の代理ではなく、当事者としての自己の権利行使である。72条は本来ここに及ばない。買主は自分の財産をめぐって自分の権利を使っているにすぎないからである。

しかし実務は、この境界を容易に越える。売主のために会社と譲渡承認を交渉し、価格をめぐって折衝し、時に価格決定申立ての手続を差配する——そうした「売主の利益のための法律事務の代行」に踏み込んだ瞬間、活動は72条の射程と重なりうる。ここに構造的な倒錯がある。本来は証券・金融仲介として設計・規律されるべき「市場創設」の営みが、専門職の独占を守るための刑罰法規によって裁かれる。市場をどう設計するかという政策問題が、非弁か否かという刑事の問いへすり替わるのである。

流動化を担う主体に求められるのは、この座標軸を意識した設計である。原則として自己勘定の当事者取引に立脚し、法律事務にわたる局面は弁護士と連携して切り分ける。だが、こうした線引きを個々の事業者の自助努力に委ねている限り、市場は制度的な裏付けを持たないまま、告発リスクの影に置かれ続ける。

サービサー法という前例:独占に穴を空ける立法技術

日本は、この種の隘路を立法で突破した実績を持つ。不良債権処理が国家的課題であった1990年代、他人の債権を買い取って回収する行為は、法的請求や交渉を伴うがゆえに72条と衝突しかねなかった。そこで1998年、債権管理回収業に関する特別措置法(サービサー法)が制定され、法務大臣の許可を受けた株式会社に限り、特定金銭債権の買取・回収を業として行うことが認められた。すなわち、弁護士法72条の一般禁止に、許可制という規律された「穴」を空け、そこに債権流通市場を立ち上げたのである。

同型の設計は、非上場株式にも適用可能である。参入要件・行為規制・監督官庁・弁護士関与を組み込んだ許可制のもとで、少数株式の買取・仲介を制度化すれば、市民保護という72条の趣旨を損なうことなく流動性を供給できる。問題は立法技術の不在ではなく、政策的優先順位の不在である。

国際比較も同じ方向を指す。米国では、非上場企業の株式を扱う二次流通市場——Forge GlobalやNasdaq Private Market、EquityZenなど——が、証券業者(ブローカー・ディーラーや代替取引システム)として証券規制の枠内で運営されている。無資格法律業務(UPL)の規制は存在するが、その射程は狭く、金融仲介を包括的に封じることはない。日本が非上場株式の流動化を「非弁」という専門職独占の問題として扱いがちなのに対し、米国はこれを「市場規制」の問題として扱う。同じ活動を、どの法域のどの規範へ接続するか——その制度選択の差が、市場の有無を分けている。

事業承継危機と「保身の道具」化のリスク

この論点は、抽象的な法理ではない。中小企業の事業承継は、すでに現実の国家的課題である。経済産業省が示した「2025年問題」の推計では、2025年までに経営者が70歳を超える中小企業は約245万社に上り、その約半数が後継者未定とされた。放置すれば黒字廃業が相次ぎ、雇用と国内総生産の相当規模が失われると警告された。非上場株式の流動性は、この事業承継・M&Aの中核をなす。株式に出口があるかどうかが、企業の存続と資本の再配置を左右するのである。

にもかかわらず、弁護士法72条は本来の趣旨を離れて用いられる余地を残している。少数株主の出口を開こうとする第三者の営みを、経営陣が「非弁行為」と名指して告発し、あるいは取引の無効を主張することによって、流動化の芽を摘む——72条が市民保護の盾ではなく、既存経営陣の保身の道具へと転用されるリスクである。塩漬け株主を閉じ込めておくことが多数派の利益に適う場面で、刑罰法規はその現状維持を守る楯になりうる。本稿が最も警戒するのは、この転用である。

司法と立法が72条の射程をどう画定するかは、単なる資格制度の解釈問題にとどまらない。それは、中小企業ガバナンスの死角を放置するのか、埋めるのかを分ける試金石である。

結語

上場企業の改革だけでは、日本経済の生産性は底上げされない。企業の大多数を占める非上場・同族会社のガバナンスをどう動かすかが、残された課題である。少数株式に流動性を与え、少数株主に出口を与え、経営陣に資本効率を意識させる——この三つは連関している。出口のない株式は規律を生まず、規律なき経営は資本を眠らせる。

弁護士法72条は、市民を無資格者から守るための正当な規範である。だが、正当な規範が市場創設を封じる副作用を持つとき、問われるのは、その副作用を放置するのか、立法によって穴を空けるのかという設計選択である。サービサー法という前例は、その選択が技術的に可能であることを示している。非上場株式の流動化を一律に「非弁」と決めつけることは、法の趣旨に忠実であるどころか、法の趣旨が想定しなかった資本の死角を温存する選択にほかならない。