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課税は「会社の価値」で、買取は「保有者の弱み」で――2026年ノーベル経済学賞ロバート・ホールが測った「分散できないリスクの負担」(後編)

前編では、ロバート・ホールとスーザン・ウッドワードの2010年の研究を手がかりに、資産の価値には二つの異なる尺度がありうることを確認した。資産が生み出すキャッシュフローの期待値に基づく尺度と、分散も売却もできない保有者にとっての確実性等価である。両者の乖離は、ホールらが「負担」と呼んだ、分散できないリスクを抱えることのコストを表している。
後編では、この区別を手がかりに、非上場株式の価値をめぐる日本の制度を検討する。結論を先に述べれば、現行の制度には、二つの尺度が場面によって使い分けられることで、少数株主が二重に不利な立場に置かれる構造がある。
問題の所在――同じ株式に、二つの価値が割り当てられる
非上場株式の価値が問題となる場面は、大きく二つある。一つは、相続や贈与に際して、税の計算のために株式の価値を評価する場面である。もう一つは、株式を売却し、あるいは会社や支配株主に買い取られる場面である。
本来であれば、同じ株式には、同じ価値の考え方が適用されるべきだろう。しかし実際には、前者では会社の側から見た価値が、後者では保有者の弱い立場を反映した価値が、それぞれ基準とされる傾向がある。この非対称性が、少数株主の負担を拡大している。
相続税の評価――会社の側の数字に基づく尺度
相続や贈与で取得した非上場株式の価値は、課税の目的のために、国税庁が定める財産評価の基本通達に従って算出される。
取得者が同族株主にあたる場合などには、原則として、類似業種の上場会社の株価や、会社の純資産額を基礎とする方法によって評価される。いずれも、会社の利益、配当、純資産といった、会社の側の数値から導かれる価値であり、前編の区別に従えば、期待値に近い尺度に属する。
この評価には、保有者の側の事情、すなわち、他の資産によってリスクを分散できているか、株式を売却する手段があるかは、原則として反映されない。他方、同族株主以外の株主については、配当を基礎とする配当還元方式によって評価されることがあり、この場合の評価額は比較的低くなる。しかしこれも、保有者の分散や流動性の状況を直接評価するものではなく、株主の地位による区分に基づくものである。
その結果、相続によって流動性のない株式を取得した者は、期待値に近い尺度で算定された評価額に基づいて税を負担する一方、その株式を現金化する手段を持たないという状況に置かれうる。譲渡制限のある株式は、相続税の物納に適さない管理処分不適格財産とされ、原則として物納にも充てることができない。しかも納税者に与えられた時間は、相続の開始を知った日の翌日から数えて10か月にすぎない。
ホールらの枠組みで言えば、税は期待値に基づいて課されるが、保有者が実際に享受する価値は確実性等価にとどまる。その差額は、保有者が負担し続けることになる。
売却と買取の場面――保有者の弱みが価格に転嫁される
一方、株式を売却しようとする場面では、逆の力が働く。
譲渡制限のある非上場株式には、自由な取引の市場が存在しない。買い手の候補は限られ、多くの場合、会社自身や支配株主がその中心となる。売り手である少数株主が分散も売却もできない状態にあること、さらに納税の期限が迫っていることを買い手が知っていれば、提示される価格は、保有者にとっての確実性等価の水準に近づいていく。
ここで注意すべきは、ホールらが測った「負担」は、売り手である少数株主の側に固有のコストであって、買い手の側のコストではないということである。会社や支配株主が株式を取得すれば、その株式は、すでに多くの株式を保有する者の手に移り、少数株主が負っていた分散できないリスクの負担は消滅する。にもかかわらず、その負担の分だけ価格が引き下げられるとすれば、少数株主の負担は、そのまま買い手の利益へと移転されることになる。
裁判所による価格決定と非流動性の扱い
この問題は、裁判所が株式の「公正な価格」を定める場面で、具体的な形をとって現れる。
会社法は、譲渡制限株式の譲渡を会社が承認しない場合に、会社または会社が指定する者が株式を買い取る仕組みを設け、価格の協議が整わない場合には、裁判所が売買価格を決定するとしている(会社法144条)。また、組織再編などに反対する株主には、株式の買取を請求する権利が認められている。
これらの場面で、非上場株式であることを理由に、算定された価値から非流動性を理由とする減額を行うべきかは、長く議論されてきた論点である。最高裁判所は2015年3月26日の決定で、非上場会社を消滅会社とする吸収合併に反対した株主の株式買取請求(会社法785条)について、収益還元法によって算定した価格から、さらに非流動性を理由とする減額を行うことはできないと判断した。第一審は鑑定に基づく25%の減額を認めていたが、最高裁はこれを退けている。
決定の理由は二つに整理できる。一つは、収益還元法は将来の利益から株価を求める方法であり、市場での取引価格との比較という要素を含んでいないこと。もう一つは、反対株主の買取請求の制度が、株主に会社から退出する機会を与えるとともに、退出する株主に企業価値を適切に分配することを目的としていることである。
この判断は、ホールらの研究の示唆とよく整合する。分散できず、売却できないことの負担は、少数株主の側に固有のものである。その負担を理由に、株式を取得する側が価格を引き下げることを認めれば、制度は少数株主の弱い立場を、取得する側の利益へと転換する装置になってしまう。
評価――二つの尺度の使い分けがもたらす二重の不利益
以上を整理すると、現行の制度には次のような構造が見て取れる。
・課税の場面では、会社の側から見た期待値に近い尺度が用いられ、保有者の負担は考慮されにくい
・売却や買取の場面では、保有者の弱い立場が価格に反映されやすく、保有者の負担が買い手に有利に作用する
少数株主は、評価額の高さによって税を負担し、売却の際には負担を理由に価格を引き下げられる。二つの尺度が、いずれも少数株主に不利な方向で使い分けられているのである。
もとより、相続税の評価には、課税の公平性や執行の容易さといった独自の要請があり、個々の保有者の事情をすべて評価に反映させることは現実的ではない。また、非流動性を理由とする減額をどこまで認めるべきかは、価格決定が問題となる場面の性質によっても異なりうる。それでも、分散できず売却できないことのコストが、保有者の側に固有の測定可能なコストであるという経済学の知見は、制度の整合性を問い直す視点を提供している。
含意――負担を減らし、負担を転嫁させない制度へ
ホールらの研究から導かれる制度上の方向は、二つに整理できる。
第一は、負担そのものを小さくすることである。分散できないリスクの負担は、売却の手段がないことによって増幅される。譲渡制限株式の譲渡承認請求と買取請求の仕組みは、少数株主に出口を保障するための制度であり、その手続きが少数株主にとって現実に利用できるものであることが重要である。手続きの周知、価格決定の申立てにかかる費用と時間の軽減、相続税の納付期限との関係の整理などが検討の対象となる。
第二は、負担を他者の利益に転嫁させないことである。会社や支配株主が少数株主の株式を取得する場面では、少数株主に固有の負担を理由とする価格の引き下げは、原則として認めるべきではない。2015年の最高裁決定が示した考え方を、買取請求以外の場面、たとえば譲渡承認請求に伴う売買価格の決定にも一貫して及ぼせるかどうかは、今後の重要な論点である。
あわせて、課税の場面と売買の場面とで、非上場株式の価値についての考え方がどのように異なり、それがなぜ正当化されるのかを、制度の側が説明できるようにすることも求められる。
結び
ホールらが測ったのは、米国の新興企業の創業者が負うリスクの重さであった。しかし、その論理は、日本の非上場会社の少数株主が置かれた状況にそのまま当てはまる。分散も売却もできない株式は、期待値が示すほどの価値を保有者にもたらさない。そして、そのコストは測定できる。
測定できるコストであるならば、それを誰が負担すべきかは、制度の設計の問題として論じることができる。少数株主にだけ負担を負わせ、その負担を他者の利益に変える制度は、資本の配分として公正とはいえない。
分散できない負担は、保有者に固有のコストである。そのコストを理由に価格を引き下げることは、負担を取得者の利益に変えることにほかならない。
関連URL・参考資料
・Robert E. Hall, Susan E. Woodward「The Burden of the Nondiversifiable Risk of Entrepreneurship」(American Economic Review、2010年)
https://ideas.repec.org/a/aea/aecrev/v100y2010i3p1163-94.html
・国税庁 タックスアンサー「No.4638 取引相場のない株式の評価」
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4638.htm
・e-Gov法令検索「会社法」(第136条〜第145条ほか)
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
・最高裁判所第一小法廷 平成27年3月26日決定(民集69巻2号365頁、株式買取価格決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件)
・Matthias Kahl, Jun Liu, Francis A. Longstaff「Paper Millionaires: How Valuable Is Stock to a Stockholder Who Is Restricted from Selling It?」(Journal of Financial Economics、2003年)