Capital Justice Lab
Articles

Activism

株主権を狭める国に長期資金は集まるか——会社法改正論議が問う日本市場の選択

改正論の輪郭:なぜ今、株主権の制限なのか

政府・自民党内で、会社法上の株主権を制限する方向の議論が浮上している。2026 年 5 月時点の各種報道によれば、臨時株主総会の招集を請求できる要件を現行より厳しくし、株主が議題を提案できる条件についても厳格化を検討する方向とされる。背景の説明として「嫌がらせ目的の個人株主らによる権限濫用を防ぐ」「企業の経営環境を整える」などが挙げられている。法制審議会での議論を経て、早ければ 2027 年通常国会への会社法改正案提出も視野に入っているとも報じられている。

論点として浮上しているのは、株主提案権(会社法303条以下)と臨時株主総会招集請求権(同297条)である。いずれも、少数株主が経営陣に対して制度的に「議題化」を求めうる、数少ない直接的なチャネルである。議決権行使、株主質問権、帳簿閲覧請求、株主代表訴訟、各種差止請求といった他の権利と並ぶが、株主総会のアジェンダ設定段階で外部から論点を持ち込めるという意味で、機能的に置き換えにくい。

濫用への対処そのものは、議論の余地のあるテーマである。しかし、その入口を一律に狭める方向の改正は、現に進行中のコーポレートガバナンス改革の方向性と整合するのか。海外投資家の信頼、政府自身が掲げる「貯蓄から投資へ」政策との関係、そして現行制度がすでに備えている濫用排除のフィルターを踏まえれば、本論議は単なる手続論ではなく、日本市場の構造的な岐路を問うものである。

株主権は何を担っているか

会社法303条以下の株主提案権は、総株主の議決権の100分の1以上、または300個以上の議決権を6か月前から引き続き保有する株主に、株主総会の議題提案を認めている。臨時株主総会の招集請求権(297条)については、公開会社の場合、3%以上の議決権を6か月以上保有する株主に、招集請求と、会社が応じない場合の裁判所許可による自ら招集の道を開いている。

これらは、株主の「日常的な経営介入」を可能にする制度ではない。むしろ、経営陣が独善に陥ったとき、不祥事の隠蔽が疑われるとき、資本効率の悪い経営が続くとき、少数株主の利益が軽視されたときに、外部から市場規律を持ち込むための制度的な非常口である。

通常の会社経営において、取締役会と経営陣は圧倒的な情報と権限を持つ。株主は会社の所有者であるとはいえ、日常的に経営に介入できるわけではない。少数株主であればなおさらである。その非対称を補正するのが、株主提案権と臨時総会招集請求権の制度趣旨である。法務省の会社法制部会資料でも、株主提案権の制度趣旨は「株主の疎外感を払拭し、経営者と株主とのコミュニケーションを良くして、開かれた株式会社を実現する」ことにあると整理されてきた。

経営陣にとって、これらの権利は煩わしさを伴う。しかし資本市場にとっては、その「煩わしさ」こそが規律の供給源である。

改革の到達点と逆行リスク

日本企業の経営は、過去十数年で構造的な転換を経験してきた。政策保有株(持ち合い株)の縮減、社外取締役の導入、資本効率(ROE/ROIC)への意識の高まり、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの整備、PBR1倍割れ企業への取引所からの問題提起──閉鎖的な「ムラ型経営」から、より透明で市場規律の効いた経営への移行が、一連の改革の方向性であった。

その中で株主権は、改革の触媒として機能してきた。株主提案があるからこそ、経営陣は説明責任を意識する。臨時総会招集の可能性があるからこそ、取締役会は株主の声を無視しにくくなる。アクティビスト投資家や機関投資家の存在が、内部留保の過剰な積み上げ、不採算事業の放置、政策保有株の温存、低ROE経営に対する緊張感を供給してきた。

ここで株主権の入口を一律に引き上げれば、改革の触媒そのものを希薄化することになる。短期的には企業側の対応コストが下がるかもしれない。しかし長期的には、経営陣に対する市場の緊張感を失わせ、再び「会社は経営者と取引先とメインバンクのもの」という古い日本型企業風土に回帰する余地を残す。コーポレートガバナンス改革の積み上げに対する、逆向きの梃子になりかねない。

海外投資家の視線:市場は制度への信頼で動く

JPX(日本取引所グループ)が公表する投資部門別売買状況によれば、東証プライム市場における売買金額のうち海外投資家のシェアは概ね 6〜7 割で推移してきた。具体的な比率は時期によって変動するが、海外投資家の資金フローが日本株の方向性に大きな影響を与える構造そのものは、長く続いている。

海外投資家が日本株に資金を入れる理由は、単に日本企業が割安だからではない。資本効率の改善、政策保有株の解消、取締役会の独立性向上、株主との対話の進展、低PBR企業の資本政策見直し、市場規律の機能──こうした改革の継続を前提に、リスクを取って買っている。

そのタイミングで株主権の入口を狭める方向の改正論議が表面化すれば、海外投資家に対するメッセージとして、ガバナンス改革のコミットメント水準が後退したと受け取られるリスクがある。「経営陣にとって都合の悪い株主を抑え込む方向か」「企業側の都合で改革を巻き戻すのか」──こうした懸念に対し、改正の必要性と濫用排除の代替手段を制度として説明できなければ、市場の信頼への影響は無視しにくい。

仮に日本株への信頼が損なわれた場合、影響は海外投資家にとどまらない経路を持つ。GPIF をはじめとする公的年金資金も国内外の株式市場で運用されており、株価動向は年金資産・投資信託を通じて国民の資産形成に間接的に波及しうる。直線的な因果ではなく、信頼低下が長期資金フローを通じて家計の老後資産にまで波及しうるリスク経路として認識しておく必要がある。

「貯蓄から投資へ」政策との構造的矛盾

政府は長年、「貯蓄から投資へ」を掲げてきた。新NISAの拡充は、その主柱である。家計に眠る預貯金を資本市場へ向かわせ、国民一人ひとりが投資を通じて資産形成する社会をつくる──というのが政策の建付けである。要するに、国は国民に「株主になってください」と呼びかけている。

その一方で、株主になった国民や、その資金を預かる機関投資家が企業経営に意見を言おうとすると、「それは企業に迷惑だから制限します」と言う構造になっていないか。リスクを取らせ、株式を買わせ、NISA口座を開かせ、老後資金は自分で形成せよと求める政策と、株主の発言権を狭める政策とは、論理的に両立しにくい。

投資家保護とは、詐欺的金融商品を取り締まることだけではない。投資家が資本を提供した先の会社に対して、一定の情報、一定の発言権、一定の手続的保護を持つことも、広義の投資家保護である。国民を投資家にしたいなら、国民を「もの言えぬ資金提供者」にしてはならない。「金は出せ、口は出すな」という設計は、長期資金を呼び込む市場の前提と相容れない。

濫用排除は「入口の絞り」では解決しない

制限派の主張は、要約すれば次のようになる。「濫用的な株主提案が増えている」「嫌がらせ目的の提案がある」「企業側の対応コストが膨大になっている」「株主総会の機能が損なわれている」──。これらは、いずれも正面から反証しにくい論点である。実際の企業実務における対応コスト、招集通知の翻訳・印刷・郵送・議事運営にかかる負担、極端な提案件数を抱えた場合の総会運営上の困難は、観念的な懸念ではなく現に存在している。

それでも、入口要件の一般的な厳格化が最適な処方箋なのかは、別の問題である。

株主提案が増えているのは事実である。資料版商事法務の集計(2024年7月〜2025年6月の株主総会対象)として報じられている数字では、株主提案が付議された上場会社は前年の 115 社から 143 社へ増加し、特に 2025 年 6 月総会では 111 社で株主提案が確認されたとされる。社数ベースでは過去最多の水準となっており、法務省の会社法制部会で参照される資料群でも、会社を困惑させる目的の議案や、一人の株主による膨大な数の議案など、濫用的行使に関する問題提起が継続的に行われてきた。

しかし、現行法はすでに濫用排除の複層的フィルターを備えている。

第一に、保有要件(議決権の 100 分の 1 以上、または 300 個以上)と継続保有要件(6 か月)、請求期限(株主総会の 8 週間前まで)。第二に、2019 年会社法改正で導入された、株主一人が提案できる議案数の 10 個までの制限(305 条 4 項)。第三に、法令・定款違反の議案の排除、再提案の制限(304 条但書)など、実体的・手続的なフィルター。

つまり、現行制度は「何でも自由に提案できる」設計ではない。

ここから自然に導かれる問いは、入口要件の一般的厳格化が「濫用防止」として必要十分なのか、それとも濫用そのものを対象に司法判断や実務運用を精緻化する方向が優先されるべきではないか、という設計選択である。一部の極端な事例を根拠に株主権の入口要件を一律に引き上げる方向は、対応コストの削減と引き換えに、規律供給源としての株主提案制度の全体機能を縮小させる経路を持つ。

結語:市場の選択

株主提案は、経営陣にとっての迷惑ではなく、市場の対話である。提案がそのまま可決される必要はない。多くは否決される。しかし提案が出ること自体に意味がある。

提案によって他の株主が問題を知り、経営陣が説明を迫られ、取締役会が資本政策を見直し、機関投資家が議決権行使方針を検討する。低PBRの放置、過剰な内部留保、政策保有株、親子上場、少数株主軽視、買収防衛策、社外取締役の独立性、役員報酬、資本コスト──こうした論点は、経営陣の自発的判断だけで動くとは限らない。外部からの圧力が、改革を前に進めてきた。

問われているのは、株主提案の数を減らせるかどうかではない。日本市場が、経営陣の運営負担と市場規律のどちらにどの程度の重心を置く制度設計を選ぶか、その配分の問題である。対応コストの軽減と、規律供給源としての株主提案の温存とは、片方を全否定する話ではなく、設計の組み合わせを精緻化すべき領域である。

入口要件を一律に引き上げる方向の改正は、対応コストを下げる即効性を持つ反面、長期資金が日本市場に期待しているガバナンス改革の継続性に対して、説明を要する選択になる。会社法改正論議が向き合うべきは、目先の対応コストの削減そのものではなく、市場の信頼という長期資産との両立をどう図るかという、より広い設計の問いである。