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「公正な価格」はどこから来るのか――レックス・ホールディングス事件と、その後の日本のMBO実務

問題設定:MBO価格を「市場が決めたもの」と呼べるか
経営陣による企業買収、いわゆるMBOは、上場会社の非公開化手段としてすでに定着している。買付け側の経営陣にとっては短期株価から距離を置いて構造改革を進める好機となり、株主側にとっては支配権プレミアムを乗せた価格でいったん退出できる機会となる――そう説明されることが多い。
しかし、この説明はMBO価格をめぐる一つの強い前提に支えられている。MBO公表前の市場株価は、企業の本源的価値を映した中立的な参照点である、という前提である。その上に第三者算定機関のフェアネス・オピニオン、特別委員会の答申、適時開示の手続きが積み上がれば、価格は十分に公正だ――そう信じられてきた。
この前提に正面から疑問符を打った代表例が、2009年に確定したレックス・ホールディングス事件である。最高裁第三小法廷平成21年5月29日決定は、会社側の特別抗告および許可抗告を棄却した。最高裁自身は具体的な算定方法について踏み込んだ判示をしておらず、規範を実質的に形成したのは原審の東京高裁平成20年9月12日決定である。同決定は取得価格を1株33万6966円と定め、会社側が公開買付けで提示した1株23万円との差は約1.46倍に達した。最高裁段階で会社側の抗告が斥けられたことで、この高裁決定が確定し、以後の買収実務に小さくない緊張を残した。
この事件をめぐっては、井上光太郎・中山龍太郎・増井陽子「レックス・ホールディングス事件は何をもたらしたか――実証分析からの示唆――」(旬刊商事法務1918号、2010年12月15日号)が、判決後の市場の挙動を実証的に追跡した論考として知られている。本稿はこの論文の原文を独自に検証したものではなく、後続研究や実務解説における同論文への言及を介して論じる点を、最初に断っておく。本稿の眼目はあくまで、レックス事件と同論文が提起した「公正な価格はどこから来るのか」という問いを、JCOM事件最高裁決定や経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針」(2019年6月、いわゆる公正M&A指針)の登場までを視野に入れて、CJLの関心軸――少数株主の財産権を支える制度実装の質――に接続して論じる点にある。
レックス事件の概要と裁判所が踏み込んだ論点
レックス・ホールディングスは飲食事業を中心とする上場会社であった。同社は2006年にMBOによる非公開化を企図し、買付け価格を1株23万円とする公開買付けを実施した後、全部取得条項付種類株式を用いたスクイーズアウトに進んだ。当時の二段階キャッシュアウトの主流スキームに沿い、全部取得条項付種類株式の取得価格決定申立てを定める会社法172条1項に基づき、一部株主が裁判所に取得価格の決定を申し立てたのが本件である。
二段階キャッシュアウトの出口は、その後の制度改正でいわゆる「キャッシュ・アウト法制の整備」(平成26年会社法改正)を経て選択肢が広がっている。現在は特別支配株主による株式等売渡請求(会社法179条以下)や、株式併合(同180条以下、価格決定申立ては182条の4・182条の5)が実務的によく用いられる。レックス事件は全部取得条項付種類株式時代の判例だが、その射程――「裁判所が会社側の提示価格を機械的には追認しない」という規範――は、後継スキームに対する価格決定申立てにも継承されていると整理されてきた。
東京高裁平成20年9月12日決定は、公開買付公表前6か月間の市場株価平均にプレミアムを加える形で取得価格を算定したとされる。重要な争点は二つあった。第一に、MBOに先行して行われた業績の下方修正の評価である。第二に、市場株価をそのまま「客観的指標」と扱ってよいかという、より根源的な評価軸である。
東京高裁は、下方修正そのものを違法な情報操作と断じる立場までは取らなかった。ただし、その時期と必要性には疑問を呈し、修正後の市場株価のみを基準に据えることは少数株主にとって不公平になり得るとの判断を示した。最高裁は会社側の特別抗告および許可抗告を棄却して高裁決定を確定させたが、最高裁自身は取得価格の算定方法について独自の規範を一般論として示してはいない。本件で価格決定の論理を組み立てたのは原審の東京高裁であり、最高裁はその結論を維持した、と整理するのが正確である。本件の規範性は、本件の事実関係に即した個別救済としての性格と、その射程をめぐる解釈論の双方を抱えたまま、後続実務に引き継がれた。
MBOに内在する利益相反と、レックス事件が示した「実質的公正性」の要請
MBOの制度論的な核心は、買い手と売り手の人格が事実上重なるという構造的な利益相反にある。通常のM&Aでは、買い手は安く買いたい、売り手は高く売りたいという利害対立そのものが、価格形成に最低限の緊張を供給する。MBOではこの緊張が弱まる。会社の経営陣は、本来は株主全体の利益を擁護する受任者でありながら、買付け価格交渉では買い手側の立場に立つ。
経済産業省「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(2007年9月)は、こうした利益相反を制御するため、価格決定プロセスの独立性、情報開示の充実、第三者意見の取得などを推奨していた。レックス事件は、その指針が公表された直後の局面で、価格算定の前提となる市場株価そのものが会社側の行動と無関係ではないことを裁判の場で可視化した事件と位置づけられる。
レックス事件が直接に判断したのは、本件における取得価格の算定方法である。特別委員会の機能や独立第三者間取引に準じる手続きの十分性といった論点まで踏み込んで一般的な枠組みを示したわけではない。それらの装置が「形式として存在するだけでは足りない」という整理は、その後のJCOM事件最高裁決定や2019年公正M&A指針を含む一連の制度史を経て、ようやく現在の通説的な実務像として定着してきたものである。レックス事件はこの長い議論の出発点として参照価値を持ち続けている、というのが穏当な位置づけだろう。
「市場価格は中立か」という問い
レックス事件の射程を最も広く読むなら、それは「市場価格を所与の中立指標と扱う論法そのものへの留保」である。
上場株式には市場価格が存在する。だから市場価格を出発点とした算定は客観的だ――この論法は、効率的市場仮説に近い前提に支えられている。しかしMBOの局面では、その前提が成り立ちにくい固有の事情がある。経営陣は対象会社の内部情報を最も豊富に保有する。事業計画、資産の含み、再編余地、提携交渉の状況、保有現金の用途。これらの情報は一般株主には均等に開示されない。
加えて、業績予想の修正や開示の時期は、会社側の裁量で動く余地がある。意図的な操作の有無は別問題として、観察される市場株価が会社側の開示行動の影響を受けうる構造そのものは否定しがたい。レックス事件で東京高裁が下方修正の必要性に疑問を呈したのは、価格算定の起点となる市場株価そのものが、会社側の行動を経由した値である可能性を可視化したからである。
これは市場価格を否定する議論ではない。市場価格は依然として重要な参照軸である。問われているのは、参照軸の選び方を「市場が決めたから公正」という形式論で完結させてはならない、という制度設計上の留保である。MBO実務では市場株価平均、DCF(割引キャッシュフロー)法、類似会社比較法を併用するのが通例だが、その併用が形式に陥らないためには、各手法の前提――事業計画の保守性、割引率の選び方、比較対象の選定基準――が独立的にチェックされる必要がある。
JCOM決定と「公正M&A指針」――レックス以後の制度的整理
レックス事件以後、日本の判例は同事件の射程を再調整する局面に入った。重要な転換点は、最高裁第一小法廷平成28年7月1日決定(いわゆるJCOM事件)である。同決定は、独立した特別委員会の設置や応募株主の状況を含む「一般に公正と認められる手続」を経て公開買付け価格が形成された場合には、特段の事情がない限り、その価格を価格決定申立てにおいても尊重するという趣旨を示したと一般に解されている。
この決定は、レックス事件で示された問題意識を否定したというより、その問題意識のもとで「どこまで丁寧な手続きを経れば事後修正リスクが限定的になるか」という予見可能性を実務に与えた、と読むのが穏当である。形式的な装置を並べただけでは不十分だが、特別委員会の構成・運営、独立性、交渉過程の実質、応募株主の評価結果といった「公正性担保措置」が実効的に機能していれば、裁判所による事後的な価格修正は限定されうる――この方向性が示された。
経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針――企業価値の向上と株主利益の確保に向けて――」(2019年6月)は、JCOM決定とその後の判例を踏まえつつ、MBOおよび支配株主による従属会社の買収について、典型的に求められる「公正性担保措置」を整理した。2007年MBO指針を全面的に書き換える形で、独立した特別委員会、マジョリティ・オブ・マイノリティ条件、マーケット・チェック、適切な情報開示などの具体的論点が示されている。
この一連の制度史を踏まえると、レックス事件の現代的な位置づけは次のように整理できる。レックス事件は「会社側提示価格は当然に公正とは限らない」という問題意識を判例の場に持ち込んだ起点であり、JCOM決定はその問題意識のもとで「公正性担保措置を実効的に運用すればどこまで予見可能になるか」を示し、2019年公正M&A指針はその実務的標準を体系化した。三層を貫く論点は一つで、「公正性は形式の積み増しでは担保されない」という命題である。
ここで強調すべきは、この流れが「裁判所による事後修正リスクの縮小」を一方向的に進めたわけではないという点である。むしろ、丁寧な手続きを踏まなかった案件に対しては、現在でも価格修正の余地が残されていると整理するのが妥当である。「公正性担保措置」は形式の積み増しではなく、独立性と実効性をめぐる継続的な評価対象であり続けている。
実証で問うべき問い――事件の効果を「観察可能な変化」に翻訳する
判例の評価を語感や直観で完結させず、市場参加者の行動の変化として観察可能な指標に落とし込む方法論は、レックス事件の射程を後年の制度史と接続するうえで欠かせない。井上・中山・増井論文がそうした実証研究の代表例として後続研究で繰り返し参照されてきた経緯は、この方向性の重要性を示している。本稿は同論文の個別の方法論を独自に評価する立場には立たないが、論文が提示した問題設定そのものは、制度論をデータの土俵に引き戻すという意味でCJLの関心と強く重なる。
判例が画期的かどうかは、結局のところ後続の市場参加者が行動を変えたかどうかで判断するほかない。買付けプレミアムが上昇したのか、特別委員会の設置率が高まったのか、算定方法の説明が詳細化したのか、少数株主への情報開示の粒度が改善したのか――こうした観察事実なしには、判例の射程は判例文の中に閉じてしまう。「画期的判例だった」「実務に影響を与えた」という抽象的評価だけでは、少数株主保護の実装は前進しない。
実証分析にも当然限界はある。サンプル選定、コントロール変数、観測期間の取り方によって結論の頑健性は変動するし、レックス事件以後に観察された変化のうち、どこまでが同事件に帰属し、どこからが同時期に進展したコーポレートガバナンス改革全般の効果かを切り分けるのは容易ではない。それでも、判例評価を実証の対象として扱うこと自体が、規範形成と市場の反応を架橋する作業として意味を持つ。
少数株主の財産権を制度として支えるかどうかは、規範の宣言だけでは決まらない。規範がどの程度実装されているかを観察可能な指標で確認し、実装が脆い部分には次の制度設計を入れる――この回路が機能してはじめて、「公正な価格」は理念から実装に降りてくる。
残された論点――「公正性担保措置」を機能させるのは誰か
レックス事件、JCOM決定、2019年公正M&A指針を通じて、現在の日本のMBO実務では、買付け側にとっての事後修正リスクは「公正性担保措置を実効的に運用すれば相当程度コントロールできるもの」と整理されている。制度の予見可能性という観点では、これは大きな前進である。経営側にとっては、上場維持コストの回避や中長期的な構造改革の機動性確保といったMBOの経済合理性を、過大な事後リスクに脅かされずに引き出すための地ならしでもある。買付け側のコストが上がること自体が市場の成果ではない、という指摘も成り立つ。
しかし、この前進は「公正性担保措置がきちんと運用される」という条件付きである。形だけ独立した特別委員会、会社側の事業計画前提に依存したフェアネス・オピニオン、形式に終わるマーケット・チェック――そうした「形式の積み増し」では、レックス事件で東京高裁が踏み込んだ価格修正の余地は塞がれない。問われているのは形式ではなく、誰が、どのような独立性のもとで、何を交渉したか、という実質である。
ここでCJLが繰り返し指摘してきた構造論点が再び現れる。MBO・キャッシュアウトの局面で動員される会社法の知識資本は、買付け側に厚く集積している。特別委員会の独立性を実効的に評価し、第三者算定機関が前提とした事業計画の保守性を点検し、マーケット・チェックの設計に潜む歪みを見抜く――こうした作業を少数株主側で代理する専門知が、同じ厚みで存在するとは限らない。「公正性担保措置を実質化する」という命題は、少数株主側の知識資本の薄さを放置したままでは、買付け側の自己採点に終わる危険を抱える。
レックス事件が裁判所による事後検証の余地を残したことは、この非対称への一つの対抗装置として機能してきた。買付け側が形式的公正性に頼りきった案件設計を取れば、価格決定申立てによる事後修正に晒される。そのリスクが、少数株主にとっての「最後の防波堤」になる。問われるべきは、事後修正リスクの大きさ自体ではなく、その防波堤の前段で公正性担保措置を機能させる主体を、市場が制度として育てているかどうかである。
結語:「公正な価格」は誰の手で実装されるのか
レックス・ホールディングス事件は、日本のMBO実務に「市場価格を所与とする論法だけでは公正性は完結しない」という問題意識を残した。その問題意識はJCOM決定によって予見可能性が整理され、2019年公正M&A指針によって実務的標準として体系化された。判例評価を実証データの土俵に乗せようとした研究群は、この制度史を市場の挙動の変化として観察可能な形に翻訳する作業を続けてきた。
それでもなお、「公正な価格」は制度として完成したわけではない。第三者算定機関の独立性は前提条件の組み方に依存し、特別委員会の機能は委員構成と交渉関与の実質に左右され、市場株価は会社側の開示行動と切り離せない。これらの要素のいずれかが脆ければ、形式的に整った手続きも、実質的な公正性を担保することはできない。
少数株主の財産権が制度的に守られるかどうかは、条文の有無ではなく、条文を支える実装の質に依存する。そして実装の質は、買付け側と少数株主側のいずれが、どれほどの専門知と交渉力を動員できるかという、知識資本の分布の問題に直接連なっている。レックス事件が裁判所による事後検証の余地を示した先例として参照価値を持ち続けるのは、規範の宣言だけでは制度は完結せず、最後は誰が実装を担うのかという問いに帰着するからである。
MBOは経営手法の一つの選択肢として今後も使われ続けるだろう。問われているのは、レックス事件・JCOM決定・2019年指針が積み重ねてきた問題意識を、買付け側の自己採点に閉じず、少数株主側の専門知と裁判所による事後検証の双方を含む実装の体系として支えられるかどうかである。「公正な価格」は誰の手で実装されるのか――その問いに正面から答えられないMBO実務は、どれほど洗練された手続きの図面を描いても、資本市場の信頼を構造的に確保することはできない。