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「資源インフレは“物価高”ではない。国家の判断力が試される局面だ」

山中裕インタビュー・完全版

ホルムズ海峡、原油高、LNG高騰、補助金政治――日本はまた危機の本質を見誤るのか

Capital Justice Lab 編集部

聞き手

中東情勢の緊張が続くなかで、原油、LNG、電力コスト、日本経済への影響が一気に意識されるようになりました。いまの局面を、山中さんはどう見ていますか。

山中裕

私は、これは単なる「物価高」ではないと思っています。

もっと厳しく言えば、国家が現実を直視できるかどうかを試されている局面です。

いま市場で起きているのは、ただの値上がりではない。

戦争、停戦観測、海峡リスク、そのたびにエネルギー価格が激しく振れる。4月8日には、米国とイランの2週間停戦合意を受けてブレント原油が13%下落した一方、その直前まで市場はホルムズ海峡の遮断リスクを強く織り込み、極端な逼迫を見せていました。つまり問題は「上がった・下がった」ではなく、もう価格そのものが地政学リスクの震源地になっていることです。

日本のような資源輸入国にとって、本当に怖いのは、物が完全に来なくなる場面だけではありません。

むしろ現実に経済を削っていくのは、入ってくるけれども、以前よりずっと高くなることです。そこを日本の政治は、毎回見誤るんです。

聞き手

今回、とくに日本が弱いのはどこでしょうか。

山中裕

まず原油です。

日本は資源エネルギー庁の戦略文書でも、原油輸入の中東依存が9割超であることを前提に安全保障を考えています。中東の情勢悪化が、そのまま日本のエネルギー安全保障に直結する構造は変わっていません。Reutersも3月時点で、日本の原油輸入の中東依存は約95%と整理しています。

つまり日本は、「遠い戦争だから関係ない」とは言えない国なんです。

ホルムズ海峡という choke point が揺れるだけで、日本は価格面でまともに打撃を受ける。これは政治の好きな比喩ではなく、単なる地理の問題です。

海図を見れば分かる話なんですよ。

聞き手

ただ、石油については備蓄がかなりあるとも言われます。

山中裕

そこは大事な点です。

「供給が明日尽きる不安」と「価格が長く家計と企業を削る不安」は別だということです。

日本は石油備蓄が厚い。政府も2026年3月、IEAの協調放出の一環として日本に約7,980万バレルが割り当てられたと説明していますし、国家備蓄の放出も始めています。つまり、短期のパニックや物理的な供給寸断には、一定の盾がある。

でも、だから安心かと言えば全然違う。

備蓄は「今日・明日をしのぐ」ためのものです。

一方で、国際価格が高止まりし、輸入コストがじわじわ積み上がる局面では、備蓄だけでは国民生活を守れません。結局、日本は高い値段でエネルギーを買わされる側なんです。

ここを勘違いして、「在庫があるから大丈夫」と言い始めた時点で、議論は半分壊れている。

聞き手

原油よりもLNGの方が深刻だ、という見方もありますね。

山中裕

私は、その見方の方が日本の現実に近いと思います。

原油はニュース映えします。ガソリン価格として見えやすいからです。

でも、日本経済全体に深く刺さるのは、むしろLNG価格の上昇が電力コストへ波及する経路です。日本の電力供給では天然ガス火力の比重が大きく、LNGが高くなれば、電気代、工場コスト、物流、冷暖房、食品、サービス価格まで、連鎖的に押し上げられます。

しかもLNGは、石油ほど悠長ではない。Reutersによれば、3月1日時点で日本の大手電力会社のLNG在庫は約219万トン、これはおよそ12日分の消費に相当します。全体では400万トン超の在庫があるとみられる一方、発電用の手元在庫は厚いとは言いにくい。つまり、LNGは「ある・ない」より、価格変動が速く電力料金に乗りやすいという点で恐いんです。

資料が言っている「石油よりLNGの方が日本経済に効く」という問題意識は、私はかなり本質を突いていると思います。

聞き手

では、今回のような局面で政治が最も気をつけるべきことは何ですか。

山中裕

一番やってはいけないのは、供給ショックに需要刺激で対抗することです。

これは驚くほど単純な話なんです。

エネルギーが希少化して値段が上がっている。つまり国全体として、同じ量を使うには以前より多く払わなければならない。日本のような輸入国は、その分だけ実質的に貧しくなる。

そのときに政治が、「家計が苦しいから一律補助金」「景気が悪くなるから減税」「価格を下げて見せます」とやるとどうなるか。短期的には歓声が上がるでしょう。でも、それは痛みを消したのではなく、痛みの請求書を後ろに回しただけです。

しかも一律補助は、価格シグナルを壊す。

本来、価格が上がれば節電が起き、省エネ投資が起き、調達見直しが起きる。その社会全体の適応を、政治が「いやいや全部安くしておきますから」と潰してしまう。

これは優しさではない。

危機への適応を遅らせるという意味では、かなり残酷な政策です。

聞き手

ただ、実際には「何もしない政治」も批判されます。

山中裕

もちろん、無策でいいとは言いません。

問題は、誰をどう守るかを絞り込めるかです。

私は、一律支援と重点支援を分けて考えるべきだと思っています。

低所得層、代替手段のない世帯、急激なエネルギー高で資金繰りが危うくなる中小事業者、そういうところには時間限定・対象限定で手当てする余地がある。

でも、「国民全員の負担感が強いから、とりあえず一律に値段を下げます」は違う。

それは政策ではなく、選挙向けの鎮痛剤です。

この点では、世界銀行のアジャイ・バンガ総裁も、中東戦争によるエネルギー高が世界の成長を鈍らせ、インフレを押し上げる可能性を指摘したうえで、過剰な補助金が財政を傷める危険に警鐘を鳴らしています。つまり国際的にも、「何でも補助」は正解ではないという認識なんです。

聞き手

今回のショックは、いわゆるスタグフレーション型だという見方もあります。

山中裕

十分あり得ます。

実際、IMFのクリスタリナ・ゲオルギエワ専務理事は、この中東戦争について「すべての道は、より高い物価とより遅い成長につながる」と述べています。つまり、物価は上がるのに成長は鈍る。まさに嫌な型です。

さらに、ニューヨーク連銀のジョン・ウィリアムズ総裁も、エネルギー高を通じて今年のインフレを押し上げるとの見方を示しています。世界銀行も同様に、成長率低下とインフレ上昇の組み合わせを警戒している。

つまりこれは、単なる一時的なガソリン高ではなく、景気と物価を同時に傷めるタイプのショックとして、世界の政策当局が見始めているということです。

こういうときに日本だけが「減税だ、給付だ、補助金だ」と反射で動くと、あとでより苦しくなる。

なぜなら、供給が弱っているのに需要を保とうとするからです。

それはエンジンが壊れかけている車に、アクセルだけ強く踏むようなものです。

聞き手

山中さんは、いまの日本政治にどんな“甘さ”を感じますか。

山中裕

私は、政治が“現実を説明する責任”から逃げていると思います。

本当は言わなければいけないんです。

「日本は資源輸入国なので、エネルギー価格が上がれば、以前より少し貧しくなります」と。

「そのなかで誰を優先的に守るかを決めなければいけません」と。

「全部は守れません。だからこそ選ばなければいけません」と。

でも日本の政治は、それを言わない。

代わりに「負担感を軽減します」「価格を抑えます」「生活を守ります」とだけ言う。

もちろん聞こえはいいですよ。

ただ、それだけでは何も決めていないのと同じです。

危機のときに必要なのは、国民に耳障りのいいことを並べることではなく、痛みの分担をどう設計するかです。

そこから逃げる政治は、最後にはより大きな不信を招きます。

聞き手

一方で、企業や家計は何を意識すべきでしょうか。

山中裕

一番大事なのは、今回を単発の事件だと思わないことです。

今回たまたま戦争が起きた。たまたまホルムズ海峡が問題になった。

そう見ると、停戦観測が出た時点で「終わった話」に見えてしまう。

でも違う。

本質は、エネルギー価格が地政学・物流・安全保障のショックを受けやすい時代に入っているということです。

企業なら、エネルギーコスト前提の見直し、価格転嫁の設計、在庫戦略、調達先の分散、省エネ投資を急ぐべきです。

家計なら、節電や設備更新、固定費の見直しを「守り」として考える必要がある。

嫌な言い方になりますが、これからは「安いエネルギーが常に当然」という前提のままでは、生き残れない。

聞き手

最後に、山中さんがこの局面で一番強く訴えたいことを聞かせてください。

山中裕

私は、日本に必要なのは景気対策の派手さではなく、危機のときの自制心だと思っています。

資源インフレの局面では、国全体が少し貧しくなる。

それは不愉快ですが、現実です。

その現実を直視したうえで、誰を守るのか、どこを我慢するのか、どこにだけ公金を入れるのかを決める。そこに政治の仕事がある。

逆に言えば、

「全部守る」

「全部下げる」

「全部支える」

というのは、政治的には魅力的でも、経済的にはほとんど嘘です。

私は、資料にもあった通り、この局面で必要なのは総需要を抑制する方向の発想だと思っています。少なくとも、供給制約型インフレに対して消費を煽るような政策は危うい。財政も金融も、以前のような“とにかく下支え”の惰性から一度離れた方がいい。

結局、資源インフレとは何か。

それは単なる値上がりではありません。

国家が、都合の悪い現実を受け入れられるかどうかの試験なんです。

日本の政治がまたそこで逃げるなら、傷むのは物価だけじゃない。

国民の暮らしだけでもない。

最後に傷むのは、この国の意思決定そのものです。