Frontier
山中裕が語る「生殖医療×国家戦略」――着床前診断・不妊治療支援・海外医療連携という新しい国の設計図

聞き手:Capital Justice Lab 編集部
はじめに:なぜ今、生殖医療なのか
―― 山中さんは近年、「着床前診断の拡大」「不妊治療支援」「海外医療連携」を組み合わせた国家構想を語られています。まず、その問題意識から教えてください。
山中裕
私は投資家として長年、日本の産業や人口構造を見てきました。その中で強く感じているのは、日本は世界最高水準の医療技術を持ちながら、それを国家戦略として使えていないという点です。
特に生殖医療の分野は象徴的です。 少子化は日本の最大の構造問題ですが、議論は「出産するかしないか」という精神論に偏りすぎている。世界を見ると、出生率政策の中心には医療があります。つまり、不妊治療・遺伝子検査・医療支援を国家レベルで設計する国が増えているという現実です。
私はそれを、日本型に再設計できないかと考えています。
着床前診断(PGT)の世界的な位置づけ
―― 着床前診断は倫理問題が強い領域ですが、海外ではどう扱われているのでしょうか。
山中裕
国によって考え方はかなり違います。例えばスペインやアメリカでは、体外受精の段階で遺伝子検査を行うPGTが比較的広く認められています。医療ツーリズムの拠点にもなっていますね。
一方でドイツやフランス、日本は制限が多い。 これは優生思想との境界線が常に議論になるからです。
ただし重要なのは、PGTそのものが特別な技術ではなくなっていることです。すでに多くの国で一般的な医療として運用されています。問題は「国家がどう位置づけるか」なんです。
私は全面自由化というより、安全基準と倫理基準を明確にしたうえでの制度設計が必要だと思っています。
不妊治療を国家政策にした国:イスラエルモデル
―― 山中構想に近い思想として、イスラエルが挙げられることがあります。
山中裕
そうですね。イスラエルは非常に特徴的です。体外受精が公的保険で広くカバーされ、人口政策として扱われている。国家が生殖医療をインフラとして捉えているわけです。
これは日本ではほとんど議論されていない視点です。 日本は「個人の努力」に任せすぎている。
イスラエルでは生殖医療は社会全体の課題であり、国家の未来に直結する分野として扱われています。私はこの考え方には学ぶべき点が多いと思っています。
欧州の拠点化戦略:デンマークとスペイン
―― 欧州では医療ツーリズムの拠点化が進んでいますね。
山中裕
はい。デンマークやスペインは象徴的です。 単身女性や多様な家族形態にも生殖医療を開放し、結果として海外から患者が集まる拠点になった。
これは単なる医療ではなく、産業政策なんです。 海外患者が来ることで、医療、宿泊、観光、研究が連動して経済が回る。
日本も医療水準は高いのに、この発想が弱い。 私は医療ツーリズムを単なる観光ではなく、国家資産の活用として見るべきだと思っています。
コーカサス地方との医療連携という現実的選択肢
―― 山中さんが語る「海外医療連携」は、コーカサス地方を指すのではないかとも言われています。
山中裕
具体的な国名を強調するつもりはありませんが、旧ソ連圏には非常に高い医療教育を受けた医師が多く、人件費が低いという構造があります。
例えばジョージアやウクライナは、長年国際不妊治療の拠点として知られてきました。IVF、卵子提供、PGDなどをパッケージ化したサービスも存在します。
ただし最近は外国人向け規制が強化されている地域もあり、政治リスクは確かにあります。 だからこそ、国家レベルでの連携設計が重要になる。
民間任せではリスク管理が難しいんです。
山中モデルとは何か――3つの要素の融合
―― 山中構想は単独の国のコピーではない、と。
山中裕
ええ。よく誤解されるのですが、私は特定の国を真似したいわけではありません。
整理すると、
PGTの自由度 → アメリカやスペイン
不妊治療助成 → イスラエル
国際医療連携 → ジョージアや旧ソ連圏
こうした要素を、日本に合わせて再設計するイメージです。
現実には、これを全部同時に国家戦略として実施している国はほとんどありません。だからこそ、日本が新しいモデルを作る余地があると思っています。
投資家として見た「医療国家」という視点
―― 投資家としての視点から、この分野をどう見ていますか。
山中裕
私はHOYAでの株主提案などを通じて、日本企業の資本効率の低さを指摘してきました。国家も同じで、資産を資産として扱えていない。
医療は典型例です。 研究力、医師、技術、信頼性。これほどの資産を持ちながら、国家戦略として統合されていない。
生殖医療は倫理議論が必要ですが、同時に巨大な産業でもある。 人口問題、医療産業、国際連携――これを別々に考えるのではなく、統合的な政策として設計するべきだと思っています。
倫理的リスクとどう向き合うのか
―― 優生思想との境界など、強い批判もあります。
山中裕
それは当然です。 私は「何でも自由にすべき」と言っているわけではありません。
むしろ重要なのは透明性です。 どこまで認めるのか、何を禁止するのかを明確にする。
世界では女性の身体の商品化や富裕層偏重への懸念もあります。だからこそ、国家がルールを作る必要がある。 倫理議論から逃げるのではなく、正面から制度化することが必要だと思います。
日本で実現するハードル
―― 現実に日本で導入する場合、最大の障壁は何でしょうか。
山中裕
文化的な抵抗感ですね。 技術的な問題ではありません。
日本は「生命倫理=禁止」という思考に寄りがちですが、世界はもっと多様です。 重要なのは、医療の安全性と社会的合意をどう作るか。
私は、議論そのものを始めることが第一歩だと思っています。
最後に:国家設計としての生殖医療
―― この構想が目指す未来像とは。
山中裕
単なる医療制度の話ではありません。 人口、産業、国際連携を統合した国家設計の一部です。
日本は衰退していると言われますが、私はそうは思わない。 むしろ、まだ使われていない資産が多すぎる。
生殖医療もその一つです。 倫理議論を避けず、透明性を持って制度設計すれば、日本は新しいモデルを作れる可能性がある。
それが、私が提案している方向性です。
参考文献・参考URL
国際機関・医療制度
WHO – Assisted Reproductive Technologies (ART) Overview
https://www.who.int/health-topics/infertility
ESHRE(欧州ヒト生殖医学会)PGTガイドライン
https://www.eshre.eu
各国制度・研究資料
Israel Ministry of Health – IVF policy information
https://www.health.gov.il
Spanish Fertility Society (SEF) – Reproductive medicine regulations
https://www.sefertilidad.net
Danish Health Authority – Fertility treatment guidelines
https://www.sst.dk
医療ツーリズム・国際生殖医療
European Parliamentary Research Service – Cross-border reproductive care
https://www.europarl.europa.eu
International Federation of Fertility Societies (IFFS) Global Surveillance
https://www.iffs-reproduction.org
学術・倫理議論
Human Reproduction Update(Oxford Academic)PGT倫理論文
https://academic.oup.com/humupd
Nature Reviews Genetics – Preimplantation Genetic Testing Review
https://www.nature.com
コーカサス地域医療関連
Georgia Ministry of Internally Displaced Persons, Labour, Health and Social Affairs
https://www.moh.gov.ge
Ukraine ART Clinic Reports / Medical Tourism Analysis(各国医療ツーリズム調査)