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鉄道は米国の生産性をどれほど高めたのか――19世紀製造業に見る市場統合と資源配分の経済学

鉄道が経済成長にもたらす利益は、輸送費用の低下だけで説明できるのだろうか。19世紀の米国では、鉄道網の拡大によって、内陸の工業地域と都市市場が結び付けられ、原材料や製品の輸送環境が変化した。しかし、ある地域で工場が増え、生産額が拡大したとしても、それが米国全体の生産性向上を意味するとは限らない。
2024年、経済学者Richard Hornbeck(リチャード・ホーンベック)とMartin Rotemberg(マーティン・ローテンバーグ)は、学術誌『Journal of Political Economy』に論文「Growth Off the Rails: Aggregate Productivity Growth in Distorted Economies」を発表した。19世紀米国の製造業統計を用い、鉄道による市場アクセスの改善が、地域の生産活動と全国的な生産性に与えた影響を分析した研究である。
著者らの分析では、鉄道が存在しなかった場合、米国全体の人口を固定する条件で、全国の集計生産性が5.5%低下すると推計されている。さらに、人口の変化を認める別の条件では、26.7%低下するという結果が示された。
この研究の特徴は、鉄道の利益を輸送費用の節約だけでなく、資源配分のゆがみが存在する経済における生産活動の変化から捉えた点にある。
地域の工業化と全国の経済成長は同じではない
鉄道が開通した地域では、工場が原材料を調達しやすくなり、製品の販売先も広がる可能性がある。輸送費用の低下によって事業規模を拡大できれば、地域の生産額や雇用も増加し得る。
ただし、ある地域の製造業が成長したとしても、その増加が全国的な経済成長につながったとは限らない。
例えば、新しい鉄道路線が開通した地域に工場が移転し、もともと立地していた地域の生産活動が縮小した場合、工場の所在地は変わっても、全国の生産性が大きく改善したとはいえない可能性がある。
逆に、鉄道の整備によって、これまで採算が合わなかった生産活動が可能になった場合には、単なる地域間の移転を超える利益が生じ得る。
HornbeckとRotembergは、この違いを検討するため、地域ごとの市場アクセスと製造業の生産性を分析したうえで、全国的な経済効果を推計している。
市場アクセスは製造業に何をもたらしたのか
市場アクセス(Market Access)とは、ある地域が他地域の市場とどの程度有利な条件で取引できるかを示す概念である。市場の規模や輸送費用、全国の交通ネットワークなどによって変化する。
著者らは、米国の製造業センサスから郡別・産業別の資料を構築し、1860年から1880年にかけての鉄道網の拡大と製造業の変化を分析した。
その結果、市場アクセスの改善幅が1標準偏差大きかった郡では、製造業の集計生産性が約20%高まったと推計された。収入や、原材料・労働・資本への支出についても、おおむね同程度の割合の増加が推定されている。
ここでいう集計生産性は、一般的な生産量や技術水準そのものではない。著者らは、製造業の収入から原材料、労働、資本に関する費用を差し引いた余剰を基礎として、郡の生産性を測定している。
したがって、約20%という推計は、工場の技術水準が一律に20%向上したという意味ではなく、市場アクセスの変化に伴う郡全体の経済的余剰の増加を示している。
生産性の上昇を二つの要素に分ける
今回の研究では、集計生産性の変化を、収入ベースの全要素生産性(TFPR)に関する要素と、配分効率性(Allocative Efficiency)に関する要素に分解している。
前者は、一定の投入資源から得られる収入がどのように変化するかに関係する。一方、後者は、投入資源の量や構成の変化によって、経済的な余剰がどの程度増えるかを捉えるものである。
例えば、工場の生産技術が変わらなくても、原材料や労働を追加投入することで、追加的な収入が費用を上回る場合がある。
こうした状況では、生産活動の拡大が集計生産性の向上につながり得る。
著者らは、市場アクセスの改善による郡の生産性上昇が、主として配分効率性に関する要素によって説明されると報告している。
つまり、鉄道の経済効果は、個々の工場の技術革新だけでなく、資源をより多く利用できるようになったことによっても生じていた可能性がある。
資源配分にゆがみがある経済では何が起きるのか
経済学では、投入資源の限界的な価値と、その利用に必要な限界費用との間に差がある場合、資源配分のゆがみとして分析することがある。
その背景には、企業の価格設定力、資金調達上の制約、取引上の障害など、さまざまな要因が考えられる。
例えば、ある工場で追加的な労働や原材料を投入すれば、その費用を上回る収入が得られるとする。この場合、投入資源を増やせば、工場が生み出す経済的余剰も増加する可能性がある。
今回の研究で重要なのは、鉄道によって資源配分のゆがみそのものが大幅に縮小したと主張しているわけではない点である。
著者らは、市場アクセスの改善が各地域の投入資源のゆがみに与える体系的な影響を確認していない。むしろ、ゆがみが存在する状態で生産活動が拡大したことが、集計生産性の向上につながったと説明している。
資源配分のゆがみが存在する経済では、新しい交通技術が追加的な生産機会を生み出した場合、その利益が輸送費用の節約だけから想定される規模を上回ることがある。
これが、今回の研究を従来の鉄道研究と区別する重要な論点である。
鉄道がなければ全国の生産性は何%低かったのか
著者らは、1890年の米国からすべての鉄道を取り除いた場合を想定し、一般均衡モデルを用いて全国の集計生産性への影響を推計した。
この反実仮想分析では、人口の扱いによって結果が大きく異なる。
第一に、米国全体の人口を1890年の水準に固定し、人口の地域間再配分を認める場合、全国の集計生産性は5.5%低下すると推計された。
第二に、労働者の効用を一定に保ち、鉄道がなかった場合には米国へ流入する人口も減少し得ると仮定した場合、全国の集計生産性は26.7%低下すると推計された。
後者の結果には、地域間の生産活動の再配置に加え、米国全体で利用される労働やその他の投入資源が減少する影響も含まれている。
したがって、5.5%と26.7%は異なる条件による推計であり、単純に比較して鉄道の効果の大きさが確定したと解釈することはできない。
また、これらは実際に鉄道を撤去した結果ではなく、人口移動、取引、投入資源の利用などについて一定の仮定を置いたモデルに基づく推計である。
鉄道の社会的な利益は誰が得たのか
2024年2月の公開研究稿では、1890年の鉄道網への投資額を約80億ドルとし、鉄道による年間の社会的収益率を約48%と推計している。
ここでいう社会的収益率は、鉄道会社が株主に支払った配当利回りや、鉄道会社自身の投資利益率を意味するものではない。
鉄道によって輸送費用が低下し、農業や製造業などの生産活動が変化することで、鉄道部門以外にも経済的な利益が生じる。そのような広い範囲の利益を含めた推計である。
著者らは、鉄道部門が私的に獲得したのは、推計上の社会的収益の約7%であったとも報告している。
この結果は、交通インフラによる利益が、インフラを建設・運営する企業だけでなく、その利用によって生産機会が拡大した地域や産業にも及ぶ可能性を示している。
ただし、48%や7%という数字は、モデル上の反実仮想分析と歴史資料に基づくものであり、鉄道会社の会計上の収益率を直接測定したものではない。
推計結果にはどのような限界があるのか
鉄道の経済効果を分析する際には、もともと工業化が進みやすい地域に鉄道が敷設された可能性を考慮する必要がある。
著者らは、郡内の鉄道敷設を統制した分析や、鉄道建設以前の地域特性を考慮した分析を行っている。また、将来の市場アクセス改善が、それ以前の生産性上昇を予測するかどうかも検証した。
オンライン付録では、南北戦争の影響、産業構造の違い、銀行活動、製造業の投入費用の測定方法などについても追加分析が行われている。
こうした検証は、地域の成長傾向と鉄道の効果を区別しようとするものである。
ただし、19世紀の製造業統計には制約があり、投入資源のゆがみを測定するためには生産関数などの推定が必要となる。
さらに、著者らは製造業以外の部門について詳細な投入費用データが得られないため、反実仮想分析の一部では、製造業で測定したゆがみがほかの部門にも当てはまると仮定している。
この前提を変更すると、全国の集計生産性に関する推計結果も変化する。そのため、反実仮想の数値は、モデルの条件と合わせて理解する必要がある。
鉄道研究は経済成長の理解をどう変えたのか
米国の鉄道が経済成長に与えた影響については、Robert Fogel(ロバート・フォーゲル)の1964年の研究や、Dave DonaldsonとRichard Hornbeckによる2016年の研究が知られている。
Fogelは、鉄道が存在しなかった場合に代替交通手段を利用することで発生する追加的な輸送費用を分析した。
DonaldsonとHornbeckは、鉄道網による市場アクセスの改善が農地価値に反映されたことを示し、1890年に鉄道が存在しなかった場合、農地価値の総額が60.2%低下すると推計した。
これに対して、HornbeckとRotembergの2024年の研究は、全国的な製造業の生産性と資源配分のゆがみに着目している。
重要なのは、これらの研究が異なる経済的な効果を測定しているということである。輸送費用の節約、農地価値の変化、製造業の集計生産性の変化は、同じ指標ではない。
今回の研究は、資源配分にゆがみが存在する経済では、交通網の整備による利益が従来の推計よりも大きくなり得ることを示した。
鉄道の整備によって、ある地域の生産活動が増えたというだけでは、その経済効果を十分に評価できない。経済全体でどのような資源が利用され、どの程度の経済的余剰が新たに生み出されたのかを分析する必要がある。
この視点は、鉄道に限らず、道路や港湾、通信網など、幅広い地域や産業で利用されるインフラの価値を考えるうえでも参考となる。
インフラが生み出す利益を理解するには、輸送費用や利用料金だけでなく、それを利用する企業や地域の生産活動、経済全体の資源配分まで視野に入れる必要がある。
HornbeckとRotembergの研究は、19世紀米国の鉄道を通じて、経済成長を支えるインフラの価値が、技術そのものだけではなく、それが導入される経済の資源配分の状態によっても変わることを示している。
参考資料・関連研究
1.Richard Hornbeck・Martin Rotemberg(2024年・査読済み論文の公式掲載ページ)
2.Richard Hornbeck・Martin Rotemberg(2024年2月公開研究稿・全文PDF)
"Growth Off the Rails: Aggregate Productivity Growth in Distorted Economies."
3.Richard Hornbeck・Martin Rotemberg(オンライン付録・PDF)
"Online Appendices for: Growth Off the Rails: Aggregate Productivity Growth in Distorted Economies."