Frontier
人はなぜ将来の自分を読み違えるのか――投影バイアスが問い直す合理的な意思決定

今は強く欲しいと思っているものでも、時間が経つとそれほど必要ではなくなることがある。反対に、現在は関心のないものが、将来の自分にとって重要になる場合もある。
私たちは、将来の生活を考えて貯蓄し、長く使う商品を購入し、さまざまな経済的な判断を行っている。その際には、将来の所得や価格だけでなく、将来の自分が何を望むのかも予測しなければならない。
しかし、人は将来の自分の好みを、どの程度正確に予測できるのだろうか。
2003年、George Loewenstein(ジョージ・ローウェンスタイン)、Ted O'Donoghue(テッド・オドナヒュー)、Matthew Rabin(マシュー・ラビン)は、学術誌『The Quarterly Journal of Economics』に「Projection Bias in Predicting Future Utility」を発表した。
この研究では、人は将来の好みが現在から変化すると理解していても、その変化の大きさを小さく予測する傾向があると説明している。
著者らは、この傾向を「投影バイアス(Projection Bias)」と呼んだ。
投影バイアスの研究が重要なのは、人間が将来を予測し間違えるという一般的な問題にとどまらない。将来を見越して合理的に行動しようとしても、将来の自分の好みを正しく予測できなければ、現在の判断が望ましくない結果につながり得ることを、経済理論として示した点にある。
将来の自分は今と同じものを望むのか
投影バイアスとは、現在の好みや気持ちを、将来の自分にも当てはめすぎる傾向である。
例えば、空腹のときには食べ物を強く欲しいと感じる。しかし、食事を終えて満腹になれば、食べ物に対する評価は変化する。
人は、食事をすれば満腹になることを理解している。それでも、空腹の状態で将来の自分がどの程度食べたいと思うかを予測すると、現在の空腹感を反映させすぎる場合がある。
反対に、満腹のときには、将来空腹になった自分が食べ物をどれほど欲しがるかを過小評価する可能性がある。
ここで重要なのは、将来の状態が変わることを知らないわけではないという点である。
投影バイアスでは、変化の方向は理解していても、その程度を十分に見積もれない。
また、好みが変化する理由は、空腹や疲労のような一時的な状態だけではない。過去の経験への慣れや生活環境の変化なども、将来の好みに関係する。
人は、こうした変化を完全には予測できず、現在の状態を将来へ投影してしまう場合がある。
将来の効用をどのように予測するのか
Loewensteinらは、投影バイアスを理論的に分析するため、人が将来の満足度をどのように予測するかをモデル化した。
経済学でいう「効用」とは、消費や選択によって得られる満足などを表す概念である。
標準的な異時点間選択のモデルでは、人は現在の消費と将来の消費を比較し、全体として望ましい配分を選ぶと考える。しかし、その判断には、将来の消費がどの程度の満足をもたらすかを予測する必要がある。
Loewensteinらのモデルでは、人が予測する将来の好みは、将来の実際の好みと現在の好みの中間に位置する形で表される。
例えば、現在ある商品を非常に欲しいと感じている人が、将来はそれほど欲しくなくなるだろうと予想している場合を考えてみよう。
その人は、時間が経てば商品の魅力が薄れることを理解している。しかし、現在の強い欲求に影響され、将来の自分も実際より強くその商品を欲しがるだろうと予測してしまう可能性がある。
反対に、現在は魅力を感じていない商品について、将来は欲しくなると予想していても、その気持ちがどの程度強くなるかを小さく見積もる場合がある。
このように、予測が現在の好みに引き寄せられる仕組みを、著者らはモデルに組み込んだ。
重要なのは、将来の所得や商品価格を読み違えることとは別に、将来の自分が何に満足するかを読み違える問題を扱っている点である。
投影バイアスと時間割引は何が違うのか
現在の消費を優先する行動は、経済学では時間選好や時間割引によって説明されることがある。
例えば、将来受け取る利益よりも、現在受け取る利益を高く評価する場合、人は貯蓄より現在の消費を選ぶ可能性がある。
しかし、投影バイアスは、単に現在の利益を重視しすぎることとは異なる。
時間割引は、現在と将来の利益をどのような重みで比較するかという問題である。一方、投影バイアスは、将来の自分が何を望むかを、どの程度正確に予測できるかという問題である。
例えば、将来の生活を大切に考え、十分に貯蓄しようとしている人であっても、将来の自分が現在より高い生活水準を望むようになることを過小評価していれば、必要となる消費額を読み違える可能性がある。
この場合、問題は将来を軽視していることではない。将来の自分の好みを正しく予測できていないことである。
したがって、将来を考えて行動していることと、将来の自分を正しく理解していることは同じではない。
この違いは、投影バイアスが合理的な異時点間選択の理論に加えた重要な視点である。
将来の好みを読み違えると、消費と貯蓄はどう変わるのか
Loewensteinらは、投影バイアスが消費と貯蓄に及ぼす影響を、習慣形成のあるモデルで分析した。
習慣形成とは、過去の消費水準が、その後の消費に対する好みや満足度に影響することである。
例えば、以前より高い生活水準を続けると、その水準に慣れ、同じ生活を維持したいと感じるようになる場合がある。
将来の好みを正しく予測できる人であれば、現在の消費を増やすことで、将来の消費に対する希望も変化することを考慮できる。
しかし、投影バイアスがある人は、将来その生活水準にどの程度慣れるかを十分に予測できない。
そのため、現在の消費を増やした場合に、将来の自分がどれほど高い消費水準を望むようになるのかを小さく見積もる可能性がある。
著者らは、この仕組みを分析し、習慣形成と投影バイアスが組み合わさる場合、人生の早い段階で消費が過大になり得ることを示した。
さらに、時間の経過とともに高い消費水準に慣れることで、当初の計画より消費を増やし、貯蓄を減らす判断につながる可能性も示している。
ここで重要なのは、単に将来のことを考えていないために生じる行動ではないという点である。
本人は将来を考えて消費計画を立てていても、将来の自分の好みが変化する程度を読み違えることで、当初の計画とその後の行動にずれが生じ得る。
なお、これらは一定の仮定に基づく理論モデルの結果であり、習慣形成があれば必ず消費が過大になるという意味ではない。
なぜ長く使う商品の購入判断を誤るのか
投影バイアスは、耐久消費財の購入にも影響し得る。
耐久消費財とは、購入後、比較的長期間にわたって利用する商品である。
例えば、ある商品を購入するとき、その商品の魅力を強く感じていても、数か月後や数年後に同じ程度の満足を得られるとは限らない。
人の好みは、日々の気分や生活環境によっても変化するからである。
将来の自分の好みを正確に予測できるなら、購入時点の一時的な気持ちだけでなく、将来の満足度も考えて判断できる。
しかし、投影バイアスがある場合、購入を検討している瞬間の気持ちが、将来の評価にも強く反映される可能性がある。
Loewensteinらは、この問題を耐久消費財の理論モデルで分析した。
特に、購入を何度も検討できる一方で、一度購入すると簡単には元に戻せない状況では、一時的に商品の魅力を強く感じたときに購入してしまう可能性がある。
その結果、購入の時期や頻度が、将来の満足度を正しく予測した場合とは異なることがある。
この研究が示したのは、一時的な好みを将来へ強く投影することで、長期間利用する商品の購入判断が偏り得るという仕組みである。
投影バイアスは実証研究とどう結び付いているのか
Loewensteinらの2003年論文は、投影バイアスを説明するために、さまざまな領域の既存の実証研究を取り上げている。
例えば、空腹などの現在の身体的な状態が、将来の好みの予測に影響するという研究がある。また、現在の経験や気持ちが、将来の満足度についての予測に影響する場合もある。
著者らは、こうした研究結果を背景に、将来の好みが現在と似ていると予測しすぎるという共通した傾向を理論化した。
そのうえで、投影バイアスが消費・貯蓄や耐久消費財の購入にどのような結果をもたらすかを、経済モデルから導いている。
ここでは、既存の実証研究が示した行動と、著者らがモデルから導いた経済的な結果を区別する必要がある。
論文が扱ったすべての経済的な結果について、同一の実験やデータで直接検証したわけではない。
この研究の特徴は、人間の将来予測に関する心理学的な知見を、消費者行動の経済理論へ組み込んだ点にある。
投影バイアスは経済学の何を変えたのか
Loewenstein、O'Donoghue、Rabinの研究が示した重要な点は、将来の好みを予測すること自体が、経済的な意思決定の課題になるということである。
標準的な異時点間選択の分析では、現在と将来の消費をどのように配分するかが重要となる。その判断には、将来の消費が自分にどの程度の満足をもたらすのかという予測が関係する。
投影バイアスの研究は、この予測が現在の気持ちや好みに引きずられる可能性を示した。
さらに、その予測の偏りが、習慣形成のある消費・貯蓄の計画や、耐久消費財の購入判断に影響し得ることを理論的に説明した。
重要なのは、人が将来の経済環境を予測し間違えることと、将来の自分の好みを読み違えることは別の問題だという点である。
将来の所得や物価を正確に見通せたとしても、そのときの自分が何を望むのかを正しく予測できるとは限らない。
また、将来の利益を十分に重視していたとしても、将来の自分の満足度を誤って予測すれば、現在の選択にずれが生じ得る。
将来のことを考えていることと、将来の自分を正しく予測できていることは、同じではない。
投影バイアスの研究は、消費や貯蓄の選択を理解するためには、時間を通じた資源配分だけでなく、将来の自分の好みをどのように予測しているのかにも目を向ける必要があることを示したのである。
参考資料・関連研究
1.George Loewenstein・Ted O'Donoghue・Matthew Rabin(2003年)
オックスフォード大学出版局・公式論文ページ
2.George Loewenstein・Ted O'Donoghue・Matthew Rabin(2003年)
"Projection Bias in Predicting Future Utility."
カーネギーメロン大学・著者公開原論文PDF
3.George Loewenstein・Ted O'Donoghue・Matthew Rabin(2003年)
同論文の書誌情報・研究要旨。
4.Daniel Read・Barbara van Leeuwen(1998年)
ウォーリック大学・公開論文PDF
5.Michael Conlin・Ted O'Donoghue・Timothy J. Vogelsang(2007年)
"Projection Bias in Catalog Orders," American Economic Review, Vol. 97, No. 4, pp. 1217–1249.
米国経済学会・公式論文ページ