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コラム「金がなくても勝てる」は、本当に成立していたのか

プロ野球の世界では、長く一つの前提が支配してきた。  ――勝敗は、資金力によって決まる。

優秀な選手を集められる球団が強くなる。 高額年俸を支払える球団が勝ち続ける。 それは、ある意味で合理的な市場原理でもあった。だが、この前提に正面から異議を唱えた球団がある。オークランド・アスレチックスである。

2000年代初頭、同球団はリーグでも屈指の低予算チームだった。資金面で見れば、強豪と正面から競争できる条件はほとんどなかった。それでも、彼らは勝ち続けた。この現象の中心にいたのが、当時のGM、ビリー・ビーンである。

「才能」ではなく「構造」を見る。ビーンが行ったことは、決して奇抜な発想ではない。彼はまず、従来の評価基準を疑った。スター性、経験年数、スカウトの勘。「雰囲気の良さ」。こうした曖昧な要素を、徹底的に排除した。代わりに採用したのは、数字である。出塁率。長打率。得点期待値。勝利との因果関係が明確な指標だけを抽出し、資源配分を最適化した。これは感覚論ではない。経営戦略そのものだった。

成功の正体は「効率化」である。アスレチックスの躍進は、しばしば「弱者の奇跡」として語られる。映画『マネーボール』も、その物語性を強調した。だが、実態はもっと地味である。彼らがやったのは、「限られた資源を、最も効率的に使った」ただそれだけだ。市場で過小評価されている能力を探し、割安で獲得し、再構成した。資本主義の基本原理に忠実だったにすぎない。

マネーボールは「思想」ではなく「技術」である。マネーボールとは、精神論ではない。評価制度の再設計、情報の非対称性の利用、感情の排除によって成立した、実務技術である。

理念ではなく、再現性を重視した改革だった。ここに、この手法の強さがある。

この事例は、野球の話では終わらないこのモデルは、企業経営にも、投資にも、そのまま当てはまる。資金は有限である。評価制度には歪みがある。市場は必ず非効率を生む。そこを見抜けるかどうかで、結果は決まる。アスレチックスが勝ったのは、運が良かったからではない。構造を理解していたからだ。

「金がなくても勝てる」は、半分だけ正しい。結論は単純である。

「金がなくても勝てる」のではない。「考えなければ、金があっても勝てない」。これがマネーボールの本質だ。資源の多寡ではなく、設計の優劣が勝敗を分ける。

合理性から逃げないこと。 数字と向き合うこと。常識を疑うこと。

それこそが、弱者が生き残るための唯一の戦略なのである。

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文/山中裕

プロフィール 山中 裕(やまなか・ゆたか)

1976年東京都生まれ。HOYA株式会社の前身・保谷硝子創業家の孫。私立武蔵中高を経て、東京大学経済学部を総代卒業。 コロンビア大学大学院(金融工学専攻)修了。 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)などに留学。

2007年以降、HOYAに対する株主提案を通じて、役員報酬開示や社外取締役強化などのガバナンス改革を主導。ISS・Glass Lewisから賛成推奨を獲得し、日本の株主運動の先駆者として評価される。

現在は国内外企業へ投資するアクティビスト投資家。企業統治・株主権保護に取り組んでいる。

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