Legal Insight
【連載3回完結】第一回 練馬区から始める日本版フレキシキュリティ

「解雇自由化」でも「終身雇用の延命」でもない、再挑戦できる地域社会の設計図
山中裕の視点で読む、これからの雇用・福祉・地域経済
第1回 なぜ日本には「フレキシキュリティ」が必要なのか
雇用を守る時代から、「人生を立て直せる仕組み」を守る時代へ
日本の雇用政策は、長い間、ある一つの前提に支えられてきました。
それは、会社に入り、できるだけ長く勤め続けることが安定である、という考え方です。
高度経済成長期からバブル崩壊前後まで、日本型雇用は一定の安定をもたらしてきました。正社員として会社に入れば、年功序列で賃金が上がり、定年まで勤め上げることが一つの人生モデルになっていました。
しかし、現在の日本社会では、この前提が崩れています。
企業の寿命は短くなり、産業構造は変わり、AIやデジタル技術によって仕事の中身も大きく変化しています。かつては安定していると思われた職種でさえ、数年後には必要とされるスキルが変わっている可能性があります。
にもかかわらず、日本の社会保障や雇用制度は、いまだに「同じ会社に居続ける人」を前提にした部分が多い。
その結果、何が起きているのか。
会社に不満があっても辞められない。 新しい分野に挑戦したくても生活が不安で動けない。 一度非正規になると、正社員に戻る道が見えにくい。 子育てや介護で離職すると、再就職が難しい。 中小企業は人手不足なのに、働きたい人と結びつかない。
つまり、日本社会の問題は、単なる「雇用の硬直性」ではありません。
本質的な問題は、人が動けない社会になっていること、です。
ここで注目されるのが、フレキシキュリティという考え方です。
フレキシキュリティとは、柔軟性=Flexibility と、安全性=Security を組み合わせた言葉です。
企業には、時代の変化に対応できる柔軟性が必要です。 しかし同時に、労働者には、失業しても生活が壊れず、学び直し、再就職できる安全網が必要です。
つまりフレキシキュリティとは、「企業が自由に人を切れる社会」ではありません。
むしろ、会社を変えても、職種を変えても、人生が終わらない社会をつくる思想です。
山中裕の視点 流動性のない社会では、人も企業も価値を失う
山中裕氏の視点をここに重ねると、重要なキーワードは「流動性」です。
山中氏は、少数株や未上場株式、企業価値、資本市場の問題に関わってきた人物として知られています。その視点から見れば、流動性のない資産は、たとえ価値を持っていても、その価値を十分に発揮できません。
売れない株式は、資産でありながら、現実には使いにくい。 評価されない企業価値は、市場の中で埋もれてしまう。 出口のない投資は、次の挑戦を妨げる。
これは、労働市場にもそのまま当てはまります。
能力がある人がいても、今の会社から動けなければ、その能力は埋もれます。 学び直せば活躍できる人がいても、生活不安で学べなければ、社会に戻れません。 人手不足の企業があっても、求職者と結びつかなければ、事業は伸びません。
つまり、流動性の欠如は、株式市場だけの問題ではない。 地域社会そのものの問題なのです。
山中氏の視点で言えば、フレキシキュリティとは、単なる雇用政策ではありません。
それは、人材という地域資本の流動性を高める政策です。
人を使い捨てるための流動化ではない。 人が何度でも挑戦できるための流動化です。
ここを間違えてはいけません。
「守る」とは、固定することではない
日本では、労働者保護というと、どうしても「今の雇用を守る」という発想になりがちです。
もちろん、理不尽な解雇から労働者を守ることは重要です。 生活を破壊するような雇用の切り捨ては許されるべきではありません。
しかし、これからの時代に必要な「守る」は、それだけではありません。
これから必要なのは、今の会社に固定する保護ではなく、次の場所へ移れる保護です。
たとえば、ある人が会社を辞める。 そのとき、住まいを失わない。 生活費の不安を一定期間支える。 キャリア相談を受けられる。 必要なスキルを学び直せる。 地域の企業と出会える。 短時間勤務や副業から再出発できる。
ここまで整っていれば、離職は「転落」ではなく「移行」になります。
逆に、これがなければ、離職は一気に生活危機になります。
だからこそ、フレキシキュリティの本質は、失業を恐怖から移行期間へ変えること、にあります。
国政だけでは足りない理由
フレキシキュリティというと、国の政策のように見えます。
たしかに、解雇規制、雇用保険、職業訓練制度、労働法制は国の領域です。
しかし、それだけでは不十分です。
なぜなら、実際に人が困る現場は、地域にあるからです。
家賃が払えなくなるのは地域です。 子どもを預ける場所を探すのも地域です。 介護と仕事の両立に悩むのも地域です。 再就職先を探すのも地域です。 中小企業が人手不足に悩むのも地域です。
つまり、国が大きな制度をつくり、自治体が生活の現場でつなぐ。 この二層構造がなければ、フレキシキュリティは機能しません。
ここに、練馬区のような基礎自治体が果たすべき役割があります。
練馬区は、人口規模も大きく、住宅地、商店街、都市農業、中小企業、福祉、介護、子育て世帯、高齢者、若者が混在する地域です。
だからこそ、練馬区は日本版フレキシキュリティの実験場になり得ます。
第1回の結論 問われているのは、労働者を「固定する社会」から「再起できる社会」への転換である
日本に必要なのは、冷たい解雇自由化ではありません。 かといって、変化を拒み、すべてを古い雇用慣行に戻すことでもありません。
必要なのは、変化に対応できる企業と、変化の中でも壊れない労働者の生活を両立させることです。
山中裕氏の視点で言えば、それは「人材の流動性」を高めることです。
ただし、その流動性は、人を不安定にするためのものではない。 人が次の場所で価値を発揮するためのものです。
練馬区から始める日本版フレキシキュリティとは、雇用を守る政策ではなく、人生を立て直せる政策なのです。