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歴史は都市の未来を決めるのか――MIT研究者が示す産業集積と経路依存性の経済学

かつて産業の中心地として発展した都市が、経済環境の変化後も重要な集積地であり続けることがある。交通網や産業構造が変化し、別の地域に立地する方が有利に見える場合でも、企業や人口の集中が長期間維持されるのはなぜなのだろうか。現在の経済活動は、地理的条件や市場環境だけで決まるのか。それとも、過去に起きた出来事が、その後の経済発展を左右しているのだろうか。
2022年、経済学者Treb Allen(トレブ・アレン)とDave Donaldson(デイブ・ドナルドソン)は、学術誌「Regional Science and Urban Economics」に論文「Persistence and Path Dependence: A Primer」を発表した。当時、Allenはダートマス大学、Donaldsonはマサチューセッツ工科大学(MIT)に所属していた。両氏は、過去の出来事が現在の都市や産業の配置に影響を残す仕組みを、動学的な経済地理モデルによって分析している。
この研究が重要なのは、過去の影響が長期間残る「歴史的持続性」と、過去の出来事によって異なる長期的な経済状態が形成される「経路依存性」を区別した点にある。両者は似ているようで、経済学的には異なる現象である。
産業はなぜ同じ地域に集まり続けるのか
企業が特定の地域に集まる理由の一つに、集積による経済的な利益がある。例えば、製造業が集まる地域では、部品供給会社や物流企業、専門技術を持つ労働者が集まりやすくなる。企業は取引先や人材を確保しやすくなり、その利点がさらに企業の進出を促す可能性がある。
経済学では、こうした集積による波及効果を「集積の外部性」と呼ぶ。集積の利益は企業の生産活動に限らず、人口の集中によって商業施設やサービスが充実するなど、住民の生活環境にも及ぶ場合がある。
一方、人口や企業の集中は、地価や賃料の上昇、混雑などの不利益も生み出す。地域の経済活動は、集積によって得られる利益と、集中に伴う費用の関係によって左右される。
AllenとDonaldsonの研究では、複数の地域間で人口が移動し、集積の外部性が生じる経済を考えている。特徴的なのは、地域の生産性や生活環境が、現在の人口規模だけでなく、過去の人口規模にも影響され得るとしたことである。
つまり、ある地域に現在どれだけ人が住んでいるかだけではなく、過去にどれだけ経済活動が集中していたかも、その地域の魅力を左右する可能性がある。
歴史的持続性と経路依存性の違い
歴史的持続性とは、過去に生じた一時的な変化の影響が、時間の経過とともに弱まりながらも長期間残る現象を指す。
例えば、ある都市に大規模な工場が建設され、雇用や人口が増加したとする。その後、工場が閉鎖されたとしても、住宅や道路、関連企業などが残れば、人口や経済活動が直ちに以前の水準に戻るとは限らない。ただし、長期的には元の状態に近づく可能性がある。
これに対して経路依存性とは、過去の一時的な出来事によって、経済が異なる長期的な状態へ向かうことをいう。
例えば、自然条件が似ている二つの地域のうち、一方に企業が集積した結果、関連企業や労働者がさらに集まり、その地域が長期的な産業中心地として定着する場合が考えられる。
重要なのは、過去の影響が長く残ることと、異なる長期的な状態が形成されることは同じではないという点である。
ある都市に歴史的な影響が100年間残っていたとしても、さらに長い時間が経過すれば、その影響が消える可能性もある。影響が持続するという観察結果だけでは、経路依存性が存在すると断定できない。
今回の論文は、この違いを理論的に整理することで、過去の出来事が現在の経済をどこまで左右するのかを分析している。
現在と過去の集積効果が長期均衡を左右する
論文の中心となるのは、現在の集積効果と過去の集積効果を区別した分析である。
現在の集積効果とは、同じ時点で企業や人口が集中することによって、生産性や生活環境が変化する仕組みを指す。一方、過去の集積効果とは、以前の人口や経済活動の集中が、その後の地域の生産性や魅力に影響する仕組みである。
著者らの理論モデルでは、現在の集積による波及効果が人口を地域間に分散させる力より弱い場合、各時点の動学的な均衡が一意に定まり、安定する条件が得られる。
一方、歴史的な影響の持続期間には、過去の集積効果も関係する。現在と過去の集積効果を合わせた影響が大きいほど、一時的な変化が長く残る場合がある。
さらに、その合計が一定の条件を満たす場合には、複数の安定した長期的な状態が存在し得ることが示されている。
特に注目されるのは、各時点の均衡が一意に定まっていても、長期的には複数の安定状態が存在し、経路依存性が生じ得るという結果である。
これは、現在の地理的条件や市場環境だけから経済活動の配置を説明できたとしても、その地域が将来どのような発展経路をたどるかを完全に説明できるとは限らないことを意味する。
過去に生じた比較的小さな変化が、長期的な経済活動の配置に影響する可能性があるのである。
理論モデルの前提と限界
今回の研究を評価するうえでは、理論モデルの前提を理解することも重要である。
著者らは、複雑な地域間の経済関係を分析しやすくするため、いくつかの条件を単純化している。例えば、この論文の基本モデルでは、地域間の財の輸送費用をなくし、各地域が共通の財を生産する経済を想定している。
さらに、親が子どもの将来の生活水準を考慮して出生に関する選択を行うという設定を導入し、特定のパラメータ条件のもとで、人口分布の動きを比較的単純な数理体系として表現している。
これによって、集積効果の強さと、均衡の一意性、歴史的持続性、経路依存性の関係を明確に分析できるようになっている。
一方、現実の経済では、地域間の輸送費用、産業ごとの生産構造、賃金、住宅市場、移動費用などが複雑に関係している。そのため、基本モデルから得られた条件を、実際の都市にそのまま適用することはできない。
著者らも、より一般的な貿易費用や差別化された財、将来を見据えた家計行動などを含む分析については、別の関連研究との関係を説明している。
また、今回の2022年論文は、特定の都市について歴史的な出来事の影響を新たに計測した実証研究ではない。経済地理学の理論モデルを整理し、実証研究で何を推定すべきかを明確にするための研究である。
したがって、特定の都市で歴史的な影響が存在するか、複数の安定した長期的な状態が成立しているかを判断するには、現実のデータに基づく別途の分析が必要となる。
歴史的な産業集積は経済的に望ましいのか
歴史的に形成された産業集積が長く続くとしても、それが社会全体にとって望ましい状態であるとは限らない。
例えば、ある地域に企業が集中することで取引や生産の効率が高まる場合には、集積を維持することに経済的な利益がある。一方、混雑や地価の上昇が大きくなれば、企業や人口を別の地域に分散させる方が、社会全体の経済的な利益を高める可能性もある。
また、過去に形成された産業集積によって、企業がほかの地域への移転をためらう場合も考えられる。
この問題に関係する先行研究として、James E. Rauchが1993年に発表した「Does History Matter Only When It Matters Little? The Case of City-Industry Location」がある。
Rauchは、既存の産業集積に伴う埋没費用や、先に移転する企業が負担する不利益によって、企業がより低コストな立地への移転を行いにくくなる可能性を論じた。
この研究はAllen・Donaldsonの理論と同じモデルを分析したものではない。しかし、歴史的に形成された産業配置が、現在の資源配分を必ずしも最適な状態に導くとは限らないという問題を考えるうえで関連している。
重要なのは、歴史的な集積が続いているという事実だけでは、その集積が経済的に効率的かどうかを判断できないという点である。
都市政策や産業政策への示唆
今回の研究は、都市開発や産業政策の効果を考えるうえでも示唆を与える。
例えば、交通インフラの整備や工業団地の開発、企業誘致政策などによって、特定地域へ企業や人口が集まることがある。しかし、その効果が長期的に持続するかどうかは、集積による利益や人口移動の条件によって変わる可能性がある。
初期の投資によって企業集積が形成され、その集積が新たな企業を呼び込む仕組みが強ければ、一時的な政策が長期的な地域経済の配置を変えることも考えられる。
一方、集積による利益が十分でなければ、支援が終了した後に企業や人口がほかの地域へ移動し、政策の効果が縮小する可能性もある。
ただし、今回の研究は特定の補助金政策や公共事業の費用対効果を実証したものではない。どの政策が有効かを判断するには、実際の地域経済における集積効果や人口移動、財政負担などを分析する必要がある。
今回の理論が提供するのは、一時的な政策が長期的な経済状態を変える可能性と、その可能性がどのような条件で生じるかを考えるための枠組みである。
米国の長期データを用いた関連研究
AllenとDonaldsonは、2020年に「Persistence and Path Dependence in the Spatial Economy」という関連研究を公表している。
この研究は、今回紹介した2022年の理論論文よりも広い経済環境を扱い、貿易費用や地域間の相互作用などを組み込んだ動学的なモデルを構築している。
さらに、1800年から2000年までの米国のデータを利用し、歴史的な出来事が地域の人口分布や経済活動に与える影響を数量的に分析している。
研究では、一時的な地域ショックの影響が長期間持続し、推定されたパラメータの多くの範囲で経路依存性が生じ得ることが示されている。また、異なる長期的な地域経済の配置が、社会全体の経済厚生にも影響する可能性が分析されている。
この関連研究と2022年の論文は、分析の役割が異なる。2022年の論文は理論的な仕組みを理解しやすく整理したものであり、関連研究はより一般的なモデルと米国の長期データによって、その仕組みを数量的に検討したものである。
両者を合わせて読むことで、歴史的な条件が現在の経済活動に影響を残す仕組みを、理論と実証の両面から理解できる。
歴史は都市の未来をどこまで左右するのか
2026年10月23日、ハーバード大学の経済史セミナーでは、MITのDave Donaldson教授が、Cory Smith氏との共同研究「Does History Matter Only When It Matters Little? Allocative Efficiency on the American Frontier」を発表する予定となっている。
今回紹介した2022年の理論研究と、セミナーで発表予定の共同研究は別の研究である。そのため、新しい共同研究の具体的な分析方法や結論については、公表資料が確認できるまでは断定できない。
ただし、歴史的な条件が現在の経済活動にどこまで影響し、市場がその影響をどのように修正するのかという問題は、両研究を関連づけて考えるうえで重要である。
都市や産業の現在の配置は、土地の条件や交通網、市場へのアクセスだけで決まるわけではない。過去に形成された企業や人口の集積が、現在の生産性や地域の魅力に影響している可能性がある。
その影響が時間とともに弱まるのか、それとも異なる長期的な経済状態を形成するのかは、集積の利益と人口移動などの条件によって変わる。
歴史が重要なのは、単に過去の出来事が現在まで記憶されているからではない。過去の選択が、現在の経済活動を支える条件そのものを変える場合があるからである。
この点を理解することは、経済史だけでなく、現在の都市政策、産業立地、インフラ投資、地域経済の長期的な発展を考えるうえでも重要となる。
参考資料・関連研究
1.Allen・Donaldson(査読済み原論文全文・12ページ)
2.Regional Science and Urban Economics(学術誌公式ページ)
Treb Allen and Dave Donaldson, "Persistence and Path Dependence: A Primer," 2022.