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株式の価値と価格のあいだ――流動性が変える資産評価の経済学

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企業の利益や資産をもとに株式の価値が算定されても、その金額で実際に売却できるとは限らない。特に非上場株式では、継続的な取引市場が存在しないため、買い手を見つけること自体が難しい場合がある。企業の財務状況が良好であっても、株主が希望する時期に、希望する価格で現金化できるとは限らない。

では、非上場株式の評価額と実際の売却価格が異なるのはなぜだろうか。

この問題を考えるには、企業の将来収益から計算する価値、投資家が負うリスクを考慮した価値、そして市場で成立する取引価格を区別する必要がある。

2010年、経済学者Robert E. Hall(ロバート・ホール)とSusan E. Woodward(スーザン・ウッドワード)は、起業家が分散できない事業リスクを負うことの経済的負担を分析した。一方、1986年にはYakov Amihud(ヤコブ・アミフド)とHaim Mendelson(ハイム・メンデルソン)が、株式の売買費用と期待収益率の関係を研究している。

二つの研究は異なる問題を扱っているが、株式の価値が将来の利益だけでは決まらない理由を考えるうえで重要な手掛かりとなる。

平均580万ドルの報酬は、起業家にとってどれほどの価値があるのか

HallとWoodwardは、2010年の論文「The Burden of the Nondiversifiable Risk of Entrepreneurship」で、ベンチャーキャピタルの支援を受けた米国のスタートアップ企業の創業者について、報酬とリスクの関係を分析した。

研究によると、対象となった創業者の退出時の現金受取額は平均580万ドルだった。しかし、約4分の3の創業者は退出時に現金を受け取っておらず、一部の創業者が極めて大きな利益を得ていた。

このように報酬の分布が大きく偏っている場合、平均額だけでは、起業家が負う経済的なリスクを十分に理解できない。

そこで著者らが用いたのが「確実性等価(Certainty Equivalent)」という考え方である。

確実性等価とは、不確実な将来の報酬について、本人が同じ程度の満足を得られる確実な金額を表す概念である。

例えば、高額な報酬を得られる可能性があっても、その確率が低く、失敗した場合に財産の大部分を失う可能性があるなら、投資家は期待値より低い確実な金額を選ぶことがある。

HallとWoodwardは、創業者が通常の雇用と比較して低い給与を受け取る場合があることや、企業の成功によって株式から得られる報酬が変化することも考慮した。

その結果、相対的リスク回避度を2と仮定すると、起業時点における報酬の確実性等価は、ゼロをわずかに上回る水準にとどまると推計された。

これは、平均的な退出時報酬が高額でも、結果の不確実性やリスクの集中によって、本人にとっての経済的価値が大きく低下し得ることを意味する。

ただし、この研究は米国のベンチャー企業の創業者を対象としたものであり、非上場株式の一般的な売却価格を推定したものではない。

分散不能リスクと非流動性は何が違うのか

株式を保有する際のリスクには、異なる性質のものがある。

分散不能リスクとは、投資家の資産が特定の企業に集中することで、その企業に固有の業績変動による影響を十分に分散できない問題である。

一方、非流動性とは、保有する資産を希望する時期に、適切な価格で売却・現金化することが難しい性質を指す。

例えば、一社の上場株式だけを大量に保有する投資家は、資産が集中するリスクを負っている。しかし、株式に十分な取引市場があれば、売却できる可能性はある。

反対に、複数の非上場企業へ投資して企業固有のリスクを分散していても、それぞれの株式をすぐに売却できるとは限らない。

つまり、分散不能リスクと非流動性は関連するものの、同じ問題ではない。

HallとWoodwardが主として分析したのは、分散できない事業リスクである。したがって、研究で示された確実性等価の低下を、そのまま非上場株式の値引き率に置き換えることはできない。

非上場株式の市場価格を理解するには、リスクの集中だけでなく、株式を売買する際の費用や取引条件についても考える必要がある。

売買しにくい株式ほど高い期待収益率が求められるのか

株式の流動性と価格形成の関係を分析した代表的な研究として、AmihudとMendelsonが1986年に発表した「Asset Pricing and the Bid-Ask Spread」がある。

この研究では、株式の売値と買値の差であるビッド・アスク・スプレッドに着目し、売買費用が資産価格や投資家の期待収益率にどのような影響を与えるかを分析した。

ビッド・アスク・スプレッドとは、買い手が提示する価格と売り手が提示する価格との差である。この差が大きいほど、投資家が取引する際に負担する費用は一般に大きくなる。

例えば、同じ将来収益が期待できる二つの株式があり、一方は容易に売買できるが、もう一方は取引費用が高いとする。

後者の株式を保有する投資家は、将来売却する際の費用を考慮し、その負担を補うために高い期待収益率を求める可能性がある。

期待される将来の現金収入が同じであれば、投資家が要求する収益率が高いほど、現在支払おうとする価格は低くなる方向に働く。

AmihudとMendelsonは、投資家の予想保有期間と売買スプレッドを組み合わせたモデルを構築し、スプレッドが大きいほど期待収益率が高くなるという関係を分析した。実証分析の結果も、このモデルの予測と整合的だった。

ただし、この研究の対象は主に取引市場の存在する株式である。非上場株式について、一律に何%の減額が必要かを示したものではない。

重要なのは、売買に伴う費用や制約が、投資家の要求収益率を通じて資産価格に影響し得るという仕組みである。

保有期間によって流動性の価値は変わるのか

流動性の影響を考える際には、投資家がどの程度の期間、株式を保有する予定なのかも重要となる。

例えば、短期間で株式を売買する投資家は、取引のたびに売買費用を負担する。そのため、取引費用の小ささが投資判断に強く影響する可能性がある。

一方、長期間保有する投資家では、取引費用を負担する頻度が低くなるため、同じ売買スプレッドでも年間の費用負担は相対的に小さくなる場合がある。

AmihudとMendelsonの研究では、こうした保有期間の違いも、資産価格と流動性の関係を考えるうえで重要な要素となっている。

投資家は、流動性の高い資産と低い資産を、それぞれの保有期間に応じて選択する可能性がある。

したがって、流動性が低いというだけで、すべての投資家に同じ経済的負担が生じるとは限らない。

ただし、非上場株式では、売却時期を自由に選べない場合もある。長期間保有する意思があることと、必要なときに売却できないことは別の問題である。

取引費用に加え、売却までの時間や買い手を探す負担、将来の売却機会に関する不確実性なども、実際の取引条件に影響する可能性がある。

少数持分と支配持分の価値は同じなのか

非上場株式の評価では、流動性とは別に、経営支配権の有無も重要な論点となる。

例えば、ある企業の株式の過半数を取得すれば、議決権の構成や会社法上の要件に応じて、取締役の選任など会社の経営に影響を及ぼせる可能性がある。

一方、少数持分しか保有しない株主は、単独では経営方針や配当政策を決められない場合が多い。

そのため、同じ会社の株式であっても、取得する株式数や議決権割合によって、買い手が期待する権限や利益は異なる可能性がある。

例えば、企業を買収して経営方針を変更したい買い手と、少額の配当収入を期待する買い手では、株式に求める価値が異なる場合がある。

ただし、少数持分だから常に一定割合の減価が必要であるとはいえない。経営支配権の価値は、議決権構成、定款、契約上の権利、事業の状況などによって異なる。

ここで重要なのは、経営支配権の欠如と非流動性を区別することである。

経営支配権は、株式の保有によってどのような意思決定に関与できるかという問題である。一方、非流動性は、その株式をどの程度容易に売却できるかという問題である。

両者は価格形成に影響し得るが、同じ要因を二重に減額していないかについても注意が必要となる。

税務評価と市場価格はなぜ一致しないのか

日本では、非上場株式を相続または贈与によって取得した場合、相続税法や財産評価基本通達などに基づいて評価額を求める。

国税庁によると、取引相場のない株式については、会社の規模や株主の区分などに応じて、原則的評価方式または配当還元方式が用いられる。

原則的評価方式には、類似業種比準方式や純資産価額方式などがある。

類似業種比準方式では、類似する業種の上場株式の株価を基礎に、配当、利益、純資産などを比較する。一方、純資産価額方式では、会社の資産や負債を相続税の評価に置き換えるなどして株式価値を求める。

また、同族株主以外の一定の株主については、特例的な評価方法として配当還元方式が適用される場合がある。

こうした評価方式は、相続税や贈与税の課税に用いる価額を算定するためのものである。

一方、実際の取引では、買い手の目的や資金調達条件、期待する配当や将来の売却機会、経営支配権の有無などによって、支払意思額が変わり得る。

例えば、税務上の評価額が算定されていても、その価格で買い取る投資家が必ず存在するわけではない。

逆に、特定の買い手にとって事業上の利益や経営上の価値が大きければ、税務評価とは異なる価格で取引が成立する可能性もある。

税務評価と市場価格は、それぞれ異なる目的と条件のもとで形成される。そのため、両者が一致しないこと自体は、どちらかの評価が直ちに誤っていることを意味しない。

非上場株式の価格は何によって決まるのか

ここまでの研究を整理すると、非上場株式の価格を考える際には、複数の要因を区別する必要がある。

第一に、企業が将来どれほどの利益やキャッシュフローを生み出すかという問題がある。

第二に、投資家がその企業のリスクをどの程度分散できるかという問題がある。

第三に、保有する株式を売却する際の費用や時間、買い手の存在など、流動性に関する条件がある。

第四に、株式を取得することで、経営にどの程度関与できるかという問題がある。

そして、相続税評価や会社法上の価格決定など、特定の制度に基づいて価額が求められる場合には、その制度の目的も重要となる。

HallとWoodwardの研究は、分散不能な事業リスクが、本人にとっての確実性等価を大きく低下させ得ることを示した。

AmihudとMendelsonの研究は、売買費用が高い資産について、投資家が高い期待収益率を求める可能性を示した。

両研究は異なる現象を扱っているが、将来の現金収入が同じであっても、保有者が置かれた状況や取引条件によって現在の価値が変わり得ることを理解する手掛かりとなる。

ただし、これらの研究だけで、個別の非上場株式について適切な売却価格や値引き率が決まるわけではない。

非上場株式の価値を理解するためには、まず何を測定しようとしているのかを明確にする必要がある。

企業の収益力を測るのか、投資家にとっての価値を測るのか、それとも実際に市場で成立し得る価格を考えるのか。問いが異なれば、必要な情報や評価方法も変わる。

評価額と売却価格が一致しない理由を理解することは、単に売却しにくい株式の問題を考えるだけではない。資産の価値が、将来の収益とリスク、取引費用、投資家の条件によってどのように形成されるのかを理解することでもある。

参考資料・関連研究

1.Robert E. Hall・Susan E. Woodward(2010年・分散不能リスク)

"The Burden of the Nondiversifiable Risk of Entrepreneurship," American Economic Review, Vol. 100, No. 3, pp. 1163–1194.

2.Robert E. Hall・Susan E. Woodward(原著論文公開PDF)

3.Yakov Amihud・Haim Mendelson(1986年・流動性と資産価格)

"Asset Pricing and the Bid-Ask Spread," Journal of Financial Economics, Vol. 17, No. 2, pp. 223–249.

4.Yakov Amihud・Haim Mendelson(1986年・流動性と株式収益率)

"Liquidity and Stock Returns," Financial Analysts Journal, Vol. 42, No. 3.

5.国税庁「取引相場のない株式の評価」