Frontier
土地所有の集中はなぜ150年後の経済にも影響するのか――米国開拓地に見る資源配分と歴史的持続性

現在の土地価格や地域経済の発展は、地理的条件や交通網、人口、産業構造などによって左右される。しかし、自然条件が似ている地域でも、過去の土地所有制度が異なるだけで、150年後の資産価値や設備投資に差が残る可能性がある。土地の売買市場が存在していても、歴史的に形成された資源配分の違いが長期間にわたって解消されない場合があるという問題である。
2026年4月、米国経済学会の学術誌「American Economic Journal: Applied Economics」に、経済学者Cory Smith(コーリー・スミス)氏の研究論文「Land Concentration and Long-Run Development in the Frontier United States」が掲載された。19世紀の米国開拓地における土地所有の集中が、その後の経済発展に与えた長期的な影響を分析した研究である。
著者は、歴史的に土地所有が集中した地域では、現在の土地価値が約4.5%低く、固定資本が約23%少ないと推定している。この結果は、過去の土地配分制度が、長期的な資本形成や地域経済の発展に影響を残す可能性を示している。
鉄道建設のための土地交付が研究の手掛かりとなった
19世紀の米国では、西部開拓と鉄道網の整備を進めるため、連邦政府が広大な土地を配分した。当時の土地政策には、入植者による小規模な土地所有を促進する制度と、鉄道会社に土地を交付する制度が存在した。
鉄道会社への土地交付は、鉄道建設に必要な資金を確保するための政策だった。会社は交付された土地を売却することで建設資金を得ることができたが、こうした土地は比較的大規模な所有者に取得されやすかった。
この制度で重要なのが、土地の割り当て方法である。政府は鉄道沿線の土地を交互に割り当てる方式を採用し、鉄道会社に交付する区画と、連邦政府が管理する区画を市松模様のように配置した。
その結果、地理的に近接した土地であっても、初期の所有構造が異なる状況が生まれた。著者はこの制度上の特徴を利用し、自然条件が似ている隣接区画の間で、歴史的な所有集中がその後の経済活動に与えた影響を比較した。
これは経済史研究における自然実験的な分析方法である。単に大規模所有地と小規模所有地を比較した場合には、土地の肥沃さや市場への距離など、所有構造以外の違いが結果に影響している可能性がある。制度によって交互に割り当てられた土地を比較することで、そうした条件の違いを抑え、初期の土地所有構造の影響を推定しようとしている。
土地価値4.5%、固定資本23%の差
著者は、現代の不動産評価記録と歴史資料を組み合わせ、38万平方マイルを超える地域の土地所有と経済活動を分析した。
米国経済学会の2026年掲載論文によると、歴史的な土地所有の集中は、現在の土地価値を約4.5%、固定資本を約23%低下させたと推定されている。著者の研究紹介では、人口も約9.1%少ないとの結果が報告されている。
固定資本とは、建物や設備など、継続的な生産活動に利用される資本を指す。農業では土地改良や農業施設などへの投資が、生産活動の効率性や将来の土地価値に影響する。
今回の結果で注目されるのは、土地価値の差に比べ、固定資本の差が大きいことである。著者は、この違いを説明するために、土地所有者と実際の耕作者との契約関係に着目している。
また、現在観察される経済的な差は、歴史上の対応する差の23〜64%に相当すると報告されている。過去の影響が長期間残る一方、時間の経過とともに差が縮小する動きも確認されたことになる。
したがって、今回の研究は歴史的な条件が経済を永久に固定すると示したものではない。市場を通じた調整が進んでも、資産や投資の差が完全には解消されない場合があることを示している。
大規模所有はなぜ投資不足につながったのか
土地を大規模に保有することには、機械化や経営の一体化によって規模の経済を実現できる可能性がある。その一方、所有者が自ら土地を利用せず、小作人に耕作を委ねる場合には、投資や労働に関する利害の違いが生じる。
今回の研究で著者が重視したのは、収穫物を地主と小作人で分け合う分益小作契約である。
耕作者が土地を改良し、生産性を高めたとしても、その成果の一部を地主に分配しなければならない場合、追加的な努力による利益をすべて得られるわけではない。このため、耕作者の努力や土地改良への投資が、社会全体にとって望ましい水準を下回る可能性がある。
反対に、地主側も耕作者の努力や土地の管理状況を完全に把握できるとは限らない。所有者と利用者の間に情報の非対称性が存在すると、双方にとって望ましい投資が実現しない場合がある。
米国経済学会が公開している原論文の補足資料では、土地を自ら利用する小規模所有者と、小作人を通じて土地を利用する大規模所有者を比較する理論モデルが示されている。モデルでは、耕作者の努力を地主が直接観察できず、小作人の資金制約によって契約条件が制限される場合、大規模所有者の投資収益が低下し、土地改良が行われにくくなる仕組みが分析されている。
著者はさらに、歴史的な土地利用契約に関する資料を分析し、土地所有が集中した地域では小作制度への依存が長期間続き、分益小作の割合が高い地域で土地価値への負の影響が大きかったと報告している。
これらの結果は、土地所有の集中が小作契約を通じて投資を抑制し、その影響が長期的な資本形成に残ったという説明と整合的である。ただし、分益小作契約だけがすべての長期的な経済格差を生み出したと確定したわけではない。
市松模様の土地配分は完全な自然実験なのか
今回の研究方法には重要な利点がある一方、実証結果を解釈する際には注意も必要である。
第一に、市松模様の土地配分は制度によって決められたものであり、研究者が土地を完全に無作為に割り当てた実験ではない。比較対象となる区画の地理的条件が似ていても、鉄道への距離、交通の利便性、土地の品質、入植時期などに違いが残る可能性がある。
第二に、鉄道建設そのものが地域経済に影響した可能性がある。鉄道へのアクセスが改善すれば、農産物の輸送費用や市場への販売機会が変化し、土地価格や投資にも影響する。したがって、土地交付制度による所有構造の違いと、交通インフラによる効果を区別することが重要となる。
第三に、隣接する土地の経済活動が互いに独立しているとは限らない。土地の売買、労働者の移動、農業生産、地域市場などを通じて、一方の区画で生じた変化が周辺地域にも影響する可能性がある。
これらの問題が存在するからといって、研究結果が否定されるわけではない。重要なのは、制度によって生じた所有構造の違いを利用する分析には強みがある一方、その推定結果が一定の比較可能性や識別上の仮定に依存するという点である。
今回の研究は、歴史的な土地交付制度を利用した有力な因果推論の研究として評価できる。ただし、推定された効果をすべての土地市場や他国の土地制度にそのまま当てはめることはできない。
歴史的な影響の持続と経路依存性は同じではない
土地の売買市場が十分に機能していれば、非効率な所有構造は時間の経過とともに修正されると考えられる。土地をより効率的に利用できる人が購入すれば、資源配分が改善する可能性があるためである。
しかし、実際の土地市場では、売買に伴う費用や情報の不足、資金調達上の制約などが存在する。また、土地の所有者が変わったとしても、それまでに行われなかった設備投資や土地改良が直ちに実現するわけではない。
ここで重要になるのが、歴史的持続性と経路依存性の違いである。
2022年にTreb AllenとDave Donaldsonが発表した「Persistence and Path Dependence: A Primer」は、過去の出来事が現在の経済活動に影響を残す仕組みを理論的に整理した研究である。
この研究では、過去の一時的な出来事の影響が長期間続く場合と、その出来事によって経済が異なる長期的な状態へ移行する場合を区別している。前者は歴史的持続性、後者は経路依存性として理解される。
今回のSmith氏の研究は、歴史的な土地所有の集中が長期的な資産価値や投資に影響を残したことを実証している。一方、現在の差が過去の差より縮小しているという結果は、市場を通じた調整が働いてきたことも示している。
したがって、この研究を「歴史的な所有構造が150年間変わらなかった」と理解するのは適切ではない。歴史の影響が持続することと、市場による調整が起きないことは別の問題なのである。
過去の産業立地や鉄道研究との関係
歴史的な条件が現代の経済活動に影響を残すという問題は、経済史や経済地理学で長く研究されてきた。
1993年にJames E. Rauchが発表した「Does History Matter Only When It Matters Little? The Case of City-Industry Location」は、その代表的な研究の一つである。
Rauchは、産業集積が形成された場所では、企業による既存の投資や集積の利益が、より生産費用の低い地域への移転を妨げる可能性を論じた。歴史的に形成された産業立地が、その後の企業の立地選択に影響するという問題である。
また、Dave DonaldsonとRichard Hornbeckが2016年に発表した「Railroads and American Economic Growth: A Market Access Approach」は、19世紀米国の鉄道網の拡大が市場アクセスを改善し、農地価値を高めたことを分析している。著者らのモデルでは、1890年に米国の鉄道網がすべて存在しなかったと仮定すると、農地価値の総額が約60%低下すると推計されている。
この二つの研究は、Smith氏の論文と同じ因果効果を検証したものではない。しかし、産業立地、交通インフラ、土地所有制度という異なる歴史的条件が、資源配分や資産価値に長期的な影響を与える仕組みを考えるうえで関連している。
これらの研究を合わせると、過去の制度やインフラが現在の経済活動に影響するだけでなく、その影響がどのような市場調整によって弱まり、あるいは持続するのかという共通の研究課題が浮かび上がる。
MITの経済史セミナーにつながる研究課題
2026年10月23日、ハーバード大学の経済史セミナーでは、MITのDave Donaldson教授が、Cory Smith氏との共同研究「Does History Matter Only When It Matters Little? Allocative Efficiency on the American Frontier」を発表する予定となっている。
今回紹介した2026年4月のSmith氏の論文と、セミナーで発表予定の共同研究は別の研究である。そのため、新しい共同研究の具体的な実証結果について、現時点で同じ結論が示されると判断することはできない。
ただし、今回の講演題名は、Rauchが1993年に発表した論文の前半部分と共通している。歴史的な条件が資源配分の効率性にどこまで影響するのかという問いを考えるうえで、両者を関連づけて読む意義がある。
市場が存在していても、過去の制度によって形成された資源配分の違いは長く残るのか。それとも、所有権の移転や資本の再配分によって、その影響は徐々に解消されるのか。
Smith氏の2026年論文は、土地価値と固定資本への影響が150年後まで持続した一方、時間の経過による収束も確認している。過去の制度が現在の経済活動をどこまで左右し、市場がその影響をどの程度修正できるのかという問いは、経済史と現代の資源配分を考えるうえで重要な研究課題となっている。
参考資料・関連研究
1.American Economic Association(査読済み原論文)
2.American Economic Association(原論文の補足資料・35ページ)
"Land Concentration and Long-Run Development in the Frontier United States."
4.University of Maryland(初期ワーキングペーパー)
5.Treb Allen・Dave Donaldson(歴史的持続性と経路依存性)