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人手不足は企業の生産性を高めるのか――英国産業革命に学ぶ機械化と技術投資の条件

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人手不足は企業の生産活動を制約する一方、省力化設備の導入を促す要因にもなり得る。では、働き手が減れば、企業は自然に機械化を進め、生産性を高めるのだろうか。2026年10月、米国の経済学術誌『American Economic Review』に掲載された論文「Fighting for Growth: Labor Scarcity and Technological Progress during the British Industrial Revolution」は、英国産業革命期の歴史資料を用い、この問題を検証している。

著者はハンス=ヨアヒム・フォート(Hans-Joachim Voth)、ブルーノ・カプレッティーニ(Bruno Caprettini)、アレックス・トリュー(Alex Trew)の3人である。研究では、戦争によって男性労働者が減少した地域ほど省力化機械の導入が進み、その効果は機械技術に熟練した職人が多い地域ほど大きかったことが示された。人手不足という経済的な圧力だけでなく、技術を実用化できる人材の存在が機械化を左右していたのである。

高い人件費は機械化を促すのか

英国産業革命の原因をめぐっては、経済史家ロバート・アレンとジョエル・モキアによる二つの説明が知られている。アレンは、当時の英国では賃金が比較的高く、石炭などのエネルギーが安価だったことに注目した。人を雇う費用が高ければ、機械を導入して労働力を節約する方が経済的に有利になるという考え方である。

一方、モキアは科学的知識や実用技術、熟練職人の存在を重視した。機械化には設備を購入するだけでなく、製作、修理、改良に必要な技術が欠かせない。今回の論文は、こうした経済的な誘因と技術的な能力が、互いに補完し合うことを示している。機械化の必要性が高まっても、それを実現できる人材が不足していれば、技術の導入は進みにくいのである。

戦争による労働力不足が農業の機械化を加速

研究対象は1793~1815年のフランス革命戦争・ナポレオン戦争期の英国である。当時、男性人口の10%を超える人々が軍務に就き、各地で労働力不足が発生した。著者らは軍の徴募記録、農業賃金の史料、新聞広告などを調査し、イングランドの1万を超える教区について、1790~1820年の機械導入状況を分析した。

その結果、軍への徴募が多かった地域ほど、脱穀機などの省力化機械が普及していた。一方、労働力を直接節約しない機械については、同じような明確な関係は確認されなかった。これは、人手不足に対応するため、従来の労働を機械に置き換える動きが進んだ可能性を示している。

著者らは、もともと豊かな地域ほど機械化が進んでいた可能性を考慮し、海軍の大型軍艦が接近できる海域の水深にも注目した。当時、大型軍艦は浅い海域に近づきにくく、深い海に面した地域ほど徴募が行われやすかった。この地理的な違いを利用した統計分析でも、徴募に伴う労働力不足が省力化機械の導入を促したという結果が得られた。

技術者の存在が設備投資の効果を左右した

今回の研究で特に重要なのは、労働力不足の影響が地域の技術力によって異なっていたことである。著者らは鍛冶職人、時計職人、製粉機械を扱う職人などの徒弟記録や特許資料を調べ、機械技術に関する技能が豊富な地域ほど、省力化機械の導入が進みやすかったことを確認した。

さらに、早い時期に機械化した地域では、その後の農業機械の性能向上や、農業から他産業への労働移動も速かったと報告している。機械の導入と、その後の改良や産業構造の変化との間に関係があったことを示す結果である。ただし、これらの長期的な変化がすべて機械導入だけによって生じたと断定することはできない。

この研究の意義は、人件費の上昇が機械化を促すという説明に加え、技術を使いこなす人材の重要性を実証的に示した点にある。設備投資の必要性と、それを実行する能力の双方が、技術普及を支えていたと考えられる。

人手不足が必ず生産性向上につながるわけではない

今回の研究は、労働力不足が必ず技術革新や経済成長をもたらすと結論づけているわけではない。主な分析対象は農業機械の普及であり、紡績や製鉄など産業革命のほかの分野に、そのまま一般化することはできない。

また、戦争による労働力不足には人的損失や経済的負担が伴う。国や地域によっては、機械化ではなく生産活動の縮小につながる可能性もある。人手不足に直面しても、技術や資金、運用能力を確保できなければ、設備投資によって問題を解決できるとは限らない。

つまり、労働力不足そのものが成長を生み出すのではなく、企業や地域がどのような技術的条件を備えているかが重要となる。

人口減少時代の企業経営に求められる投資判断

今回の研究は、人口減少による人手不足に直面する日本企業にとっても示唆を与える。製造業、農業、物流業などでは、省力化設備や自動化技術への投資が重要な経営課題となっている。しかし、設備を購入するだけで生産性が高まるわけではない。機械を運用・保守する技術者の確保や育成、導入費用と期待される効果の検証も必要になる。

企業が設備投資を判断する際には、人件費の上昇だけでなく、導入後の生産効率、維持管理費、必要な技能、投資回収の見通しなどを総合的に考えることが求められる。株主や投資家にとっても、企業が人手不足にどのように対応し、設備投資や人材育成を将来の収益力につなげようとしているかは、経営を評価するうえで重要な観点となる。

もっとも、今回の論文が直接検証したのは、約200年前の英国における労働力不足と農業機械の導入である。現代日本の企業経営や設備投資への示唆は、この研究結果を踏まえた考察として位置づけられる。

人手不足を生産性向上の機会に変えられるかどうかは、省力化への必要性だけでなく、技術を導入し、活用できる能力に左右される。 英国産業革命を分析した今回の研究は、企業の設備投資と技術者の育成を一体として考える重要性を示唆している。

【紹介論文・米国経済学会公式掲載ページ】

Hans-Joachim Voth, Bruno Caprettini, Alex Trew (2026)

Fighting for Growth: Labor Scarcity and Technological Progress during the British Industrial Revolution

American Economic Review, 116(10), 3837–3874.

【著者公開版・論文全文PDF】

Fighting for Growth: Labor Scarcity and Technological Progress during the British Industrial Revolution

【グラスゴー大学・ワーキングペーパー】

Hans-Joachim Voth, Bruno Caprettini, Alex Trew (2022)

Fighting for Growth: Labor Scarcity and Technological Progress during the British Industrial Revolution

【CEPR・論文掲載ページ】

Fighting for Growth: Labor Scarcity and Technological Progress during the British Industrial Revolution

CEPR Discussion Paper No. 21548 (2026)

【著者Hans-Joachim Voth・研究業績】

Fighting for Growth: Labor Scarcity and Technological Progress during the British Industrial Revolution

【著者Bruno Caprettini・研究業績】

Fighting for Growth: Labor Scarcity and Technological Progress during the British Industrial Revolution

【Robert C. Allen・先行研究】

Why the Industrial Revolution Was British: Commerce, Induced Invention, and the Scientific Revolution (2011)

【Joel Mokyrほか・先行研究】

The Wheels of Change: Technology Adoption, Millwrights and the Persistence in Britain's Industrialisation (2022)