Frontier
外国の巨人の肩の上で(後編)――知識は「輸入」するだけでは育たない

前編では、ハッサン、カリヤニ、ロペス・デル・バイェの3氏による論文「Foreign Giants' Broad Shoulders」の方法と、中心的な発見を整理した。約1,300万件の米国特許から技術の系譜を描くと、アメリカの技術の56%が外国生まれの技術を土台としており、外国の技術を取り込んだ地域ほど、それを土台にした新しい技術を生み出していた。
後編では、この研究のもう一つの重要な発見である「使いこなす力」の意味を検討し、雇用と産業の地理への長期的な影響、先行研究との関係、研究の限界、そして政策と企業経営への含意を考える。
発見③――技術は、使いこなした経験があってこそ実を結ぶ
外国の技術についての知識が地域にあれば、それだけで新しい技術は生まれるのだろうか。あるいは、現場で手を動かし、改良を重ねた経験の蓄えがなければ、新しい技術は芽吹かないのだろうか。
著者らは、この問いを確かめるため、既存の技術を使ったり改良したりしているものの、まだ新しい子技術を生み出していない特許に着目した。論文はこれを「非生成的吸収(Non-generative Absorption)」と呼んでいる。
たとえば、外国で開発された素材を使い、その品質や加工の方法を改善する研究を考えてみる。ここではまだ、新たな技術と呼べるものは何も誕生していない。しかし、その過程で技術者は、素材の性質や扱い方、限界を体で覚えていく。そうした経験が蓄えられた地域ほど、後になって、その素材を土台にした新しい技術が生まれやすいのではないか、という仮説である。
著者らは、同じルーツを持つ住民の数、外国生まれの人口、最近の移民、外国からの直接投資、外国に関する情報への関心の高さといった、他の経路を考慮に入れて分析した。それでも、技術を実際に使っていたことを示す変数の係数は、多くの推定で1.10から1.39程度を保った。
外国とのつながりがあるだけでは足りない。外国の技術を地域の中で実際に使いこなす経験の蓄積こそが、次の発明につながる。この研究は、そうした解釈を支持する結果を示している。
この発見は、経営学者ウェスリー・コーエンとダニエル・レビンサールが1990年に提唱した「吸収能力(Absorptive Capacity)」の概念と重なる。外部の知識を活用するには、それを理解し、評価し、自らの知識と結びつける力が必要であり、その力は、関連する分野での事前の経験によって培われる、という考え方である。今回の研究は、この吸収能力の重要性を、企業の枠を越えた地域の単位で、しかも数十年という長い時間軸で確かめたものと位置づけられる。
発見④――40年前の吸収が、今日の求人を決めている
この研究は、技術の吸収が、はるか後の雇用にまで影響することも示している。
分析に使われたのは、2010年から2023年にかけてネット上に掲載された約3億5,000万件の求人であり、著者らは、それぞれの募集要項に現れる技術を洗い出した。そして、1980年以前に各地域が取り込んでいた外国の技術と対応させた。結果は次のとおりである。
・1980年時点の外国技術の吸収が1%多い地域では、その外国技術を使う求人が約2.8%多い
・同じく、その外国技術から派生したアメリカの技術を使う求人は、約3.5%多い
いずれも操作変数を用いた推定で、統計的に有意である。
目を引くのは、効果の大きさの順序である。外国生まれの技術を直接扱う職よりも、その子孫にあたるアメリカの技術を扱う職のほうが、強く増えている。外国の技術を取り込んだ地域には、その技術を使う産業が育つだけでなく、そこから枝分かれした新しい技術の産業までもが集まってくる。知識の吸収は、地域の産業構造を数十年単位で方向づけている可能性がある。
もっとも、求人の数は、実際に働いている人の数や支払われた賃金と同じではない。また、これは地域と技術の組み合わせごとの関係を示した数字であり、アメリカ全体の雇用が同じ割合で増えたことを意味するものではない。
発見⑤――技術革新の中心地が動いた理由の一端
20世紀前半のアメリカでは、中西部や五大湖の周辺が、製造業と重化学工業の技術開発の中心であった。それが20世紀後半以降、カリフォルニアをはじめとする沿岸部へと移っていった。
著者らは、この地理的な移動の一部を、外国の技術の「出身地」の変化と結びつけている。20世紀前半には、ドイツで生まれた工業化学の技術が、多くの新技術の土台となっていた。その後、電子機器、通信、情報技術の重要性が増すにつれ、日本をはじめとするアジアに関連する技術の存在感が高まった。外国の技術の供給源が変わるにつれ、それを取り込む素地を持つ地域の分布も変わり、新しい技術が生まれる場所もまた移っていった、という見立てである。
もちろん、技術革新の中心地の移動を、移民の出身国の構成だけで説明することはできない。スタンフォード大学をはじめとする研究機関、冷戦期の国防予算、リスクマネーの供給、半導体企業の集積、技術者の転職市場など、要因は幾重にも重なっている。この研究の貢献は、そのうちの一つとして、地域ごとに利用できる外国の知識の構成が、新しい技術の生まれる場所と方向を左右しうることを、数量的に示した点にある。
位置づけ――経済史と成長理論をつなぐ実証
この研究は、経済史と経済成長論のいくつかの系譜を結びつけるものである。
・ジョエル・モキイア(2025年ノーベル経済学賞):産業革命以降の持続的な成長は、有用な知識の蓄積と、それを社会に広め、使いこなす仕組みによって支えられてきたと論じた。今回の研究は、知識が手に入ることと、それを実際に使うことが、その後の発明にどう効いてくるかを数量化しており、モキイアの議論を現代の計量手法で掘り下げるものといえる
・ポール・ローマー(2018年ノーベル経済学賞):既存の知識から新しい知識が生まれる過程を成長理論の中心に置いた。今回の研究は、その「アイデアの生産関数」に、技術の系譜という具体的な観測の対象を与えた
・ダロン・アセモグル(2024年ノーベル経済学賞):技術進歩の方向は、市場の規模や要素価格といった経済的な誘因に左右されると論じた。今回の研究は、そこに供給側の条件を加える。需要があっても、必要な知識が地域に蓄えられていなければ、その地域で新しい技術は生まれにくい
・ダグラス・ノースとアブナー・グライフ:取引費用、人的なネットワーク、制度の持続性を重視した。移民が形づくった人のつながりが知識の移転を支えたという今回の結果は、制度経済史の関心とも響き合う。ただし、そのつながりがどのような規範や契約を通じて機能したのかは、今回の研究の直接の対象ではない
限界――何がまだ分かっていないのか
この研究は高く評価できる一方、重要な限界もある。
第一に、特許に現れない知識は捉えられない。生産現場のノウハウ、熟練の技能、組織に埋め込まれた知識の多くは、特許にならない。技術革新に対するそれらの寄与は、この方法では十分に観測できない。
第二に、技術の出身国の判定には誤差がありうる。アメリカで特許を取る企業が少なかった国の発明は、出身国を取り違えられているおそれがある。
第三に、移民が技術革新に影響する経路は一つではない。移民は外国の技術を持ち込むだけでなく、起業、資金の調達、教育、企業どうしのネットワークなどを通じても経済に影響する。著者らは複数の代替的な経路を検討しているが、操作変数が技術の吸収以外の経路で結果に影響していないこと(除外制約)を、完全に証明することはできない。
第四に、地域間の差と、国全体の増加は別の問題である。外国の技術を取り込んだ地域で発明が増えたとしても、その一部は、取り込まなかった別の地域で生まれるはずだった発明が場所を移しただけかもしれない。論文自身、この推定値から国全体で発明がどれだけ上積みされたかを読み取ることには、慎重であるよう求めている。
含意①――政策:技術の「購入」ではなく「吸収」を評価する
この研究が政策に投げかける最も重要な問いは、外国の技術を取り入れれば、それで国内の技術革新が進むのか、というものである。答えは否である。技術を理解し、使い、改良する能力がなければ、取り入れた技術は次の発明を生まない。
ここから、いくつかの政策上の論点が導かれる。
・技術導入への支援を評価する際には、導入した件数や金額ではなく、その後の改良、製品開発、国内での特許、付加価値の創出までを追跡する必要がある
・技術の導入と、教育、研究開発、人材の育成、企業間の連携を、別々の政策ではなく一体のものとして設計する必要がある
・外国の研究者や技術者との人のつながりは、短期の成果ではなく、数十年単位の知識の移転の基盤として評価する必要がある
日本にとって、この論点は決して他人事ではない。明治期の殖産興業から戦後の高度成長に至るまで、日本は外国の技術を取り入れ、改良し、自らの技術として育てることで成長してきた国である。その経験は、まさにこの研究がいう「吸収能力」の蓄積の歴史でもあった。一方で、近年の日本では、海外の技術を取り込み、新しい組み合わせを生み出す力の衰えを指摘する声も少なくない。
ただし、アメリカの地域を対象とした今回の推定値を、日本の移民政策や技術導入政策の効果として、そのまま当てはめることはできない。両国では、移民の受け入れの歴史も、産業の構成も、研究開発を支える仕組みも、まるで違うからである。この研究が日本の政策に提供するのは、具体的な数値ではなく、外国の知識の吸収と、それを土台にした新しい発明との関係を評価するための、実証の枠組みである。
含意②――企業経営と投資:知識を「持つ」ことと「結びつける」こと
企業の経営にとっても、示唆は小さくない。
海外のメーカーの製品を輸入して販売する事業を考えてみる。輸入販売だけでも、商売としての利益は得られるかもしれない。しかし、製品の構造、製造の技術、顧客の使い方を学ぶことができれば、それは新しい用途や製品の開発につながる知識の蓄えにもなる。海外のメーカーとの取引は、モノの流れであると同時に、知識が流れ込む経路にもなりうる。
とはいえ、実際の提携では、どこまで技術を使ってよいのか、自社で改良した成果は誰のものか、秘密をどう守るか、競合製品を扱えるかといった、契約上の論点を避けて通れない。今回の研究は、そうした契約の条件を分析したものではない。
投資の観点からは、企業を評価する際に、研究開発費や特許の件数だけでなく、異なる技術の分野を結びつける力に目を向けることが考えられる。半導体は材料、製造装置、回路設計、ソフトウェアの知識の結合であり、蓄電池は電極の材料、電解質、製造の工程、電池の管理システムの結合である。重要な製品の多くは、単一の技術の進歩だけでは生まれない。
念のため付け加えれば、論文が分析したのは特許と求人であって、株価や企業価値ではない。技術を組み合わせる力が高い企業の株価が高いリターンをもたらす、という証拠を示したものではないことは、明記しておく必要がある。
評価――有望で独創的な、査読前の研究
この研究の最大の貢献は、技術そのものを分析の単位とし、約130年分の特許から技術どうしの系譜を描き出した点にある。知識が知識を生むという、成長理論の中心にありながら観測が難しかった過程に、具体的な形を与えた。移民の歴史を用いた因果推論の設計も、工夫に富んでいる。
一方で、操作変数の前提には検討の余地が残り、国全体の成長への効果までは識別されていない。現時点では、データと着想の独創性において高く評価できる、査読前のワーキングペーパーと位置づけるのが妥当である。
結び――競争力の源泉は、知識の「所有」ではなく「結合」にある
アメリカの技術革新を支えてきたのは、アメリカで生まれた知識だけではなかった。ドイツの化学、日本とアジアの電子・通信の技術といった外国の知識が、アメリカの各地で取り込まれ、使いこなされ、組み合わされることで、新しい技術へと育っていった。
そして、その差を分けたのは、知識を持っているかどうかではなく、それを使いこなし、新しく結びつける経験を蓄えていたかどうかであった。
知識は輸入できる。しかし、知識を新しい技術に変える力は、使いこなす経験の積み重ねによってしか育たない。
関連URL・参考資料
・Tarek Alexander Hassan, Aakash Kalyani, Juan Cruz Lopez Del Valle「Foreign Giants' Broad Shoulders: The Causal Effect of Foreign Ideas on U.S. Innovation」NBER Working Paper No. 35900(2026年10月)
https://www.nber.org/papers/w35900
・同論文 CEPR Discussion Paper No. 22034(2026年10月)
・Wesley M. Cohen, Daniel A. Levinthal「Absorptive Capacity: A New Perspective on Learning and Innovation」Administrative Science Quarterly(1990年)
・Joel Mokyr『The Gifts of Athena: Historical Origins of the Knowledge Economy』(Princeton University Press、2002年)
・Paul M. Romer「Endogenous Technological Change」Journal of Political Economy(1990年)
・Daron Acemoglu「Directed Technical Change」Review of Economic Studies(2002年)
・Capital Justice Lab「外国の巨人の肩の上で(前編)――1,300万件の特許が描く、アメリカの技術革新の『家系図』」
※本稿の数値は、2026年10月6日付の論文全文に基づく。経済学的な評価と、日本への含意に関する記述は筆者によるものである。