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知ることは本当に利益になるのか――情報回避が変えた経済学の常識

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情報を得ることは、経済的な意思決定にとって望ましいことなのだろうか。

例えば、投資家が自分の保有資産について新しい情報を得れば、資産の価値やリスクをより正確に把握できる。経済学では、情報が判断の精度を高め、より望ましい選択につながるという考え方が重要な役割を果たしてきた。

ところが、現実の人間は、知ることができる情報を必ずしも知ろうとはしない。自分にとって不利な結果が予想される場合、情報を確認すること自体を避けることがある。

しかも、その情報が無料で入手でき、今後の判断に役立つ場合であっても、同じような行動が生じ得る。

この現象は、行動経済学では「情報回避(Information Avoidance)」と呼ばれる。

George Loewenstein(ジョージ・ローウェンスタイン)らの研究は、人が情報を避ける理由を、単なる情報不足や判断能力の問題ではなく、情報を知ることによって生じる心理的な利益や負担から説明している。

さらに、実際の投資家の口座確認記録を分析した研究からは、株式市場が下落した後に資産情報の確認頻度が低下するという結果も得られている。

なぜ人は、判断に役立つはずの情報を避けるのだろうか。この問題は、情報の価値をどのように考えるかという、経済学の基本的な問いにつながっている。

情報は多いほど望ましいのか

標準的な経済理論では、情報は意思決定のために利用されるものとして扱われる。

例えば、二つの投資先から一つを選ぶ場合を考えてみよう。どちらの収益性が高いかを判断するための情報が増えれば、投資家はより多くの判断材料を得られる。

仮に新しい情報が役に立たなかったとしても、その情報を利用しないという選択肢が残されている。情報を得るための費用がなく、情報を知ること自体に不利益が生じないなら、情報が増えることによって選択肢が狭まるわけではない。

このような考え方では、情報の価値は、それが将来の行動や結果をどの程度改善するかによって決まる。

しかし、現実の人間にとって、情報は判断のための材料であると同時に、感情を動かすものでもある。

良い知らせを受け取れば喜びを感じ、悪い知らせを受け取れば落胆することがある。さらに、結果を知らない状態では希望を持ち続けられる場合でも、結果を確認することで、その希望が失われるかもしれない。

このように考えると、情報を知ることには、判断上の価値だけでは説明できない側面が存在する。

情報そのものが満足や不安を生む

2017年、Russell Golman(ラッセル・ゴルマン)、David Hagmann(デービッド・ハグマン)、George Loewensteinは、学術誌『Journal of Economic Literature』に「Information Avoidance」を発表した。

この論文は、経済学や心理学の理論・実証研究を整理し、人が情報を避ける理由を検討した研究総説である。

著者らが重視したのは、情報が人間の効用に直接影響する可能性である。

経済学でいう効用とは、人がある結果や状態から得る満足などを表す概念である。

従来の情報の価値に関する考え方では、情報は将来の選択を改善するために役立つ。しかし、情報を知ること自体が満足や不快感を生む場合には、情報の価値をそれだけでは説明できない。

例えば、投資家が保有資産の価値を確認しようとしているとする。

資産が増えていると予想している場合には、結果を確認することが楽しみになるかもしれない。一方、大きく減少していると予想している場合には、残高を見ることに心理的な負担を感じる可能性がある。

資産の価値そのものは、確認するかどうかによって変わらない。しかし、その事実を知る時点は、本人の満足や不安に影響し得る。

このとき、情報を見るかどうかという選択には、将来の判断を改善する利益と、情報を知ることによる心理的な影響の両方が関係する。

著者らは、情報が無料で利用でき、意思決定に役立つ場合であっても、情報回避が生じ得ることを指摘している。

投資家は本当に損失を見ることを避けるのか

情報回避が実際の金融行動に現れることを示した研究が、2016年の「Financial Attention」である。

Nachum Sicherman(ナフム・シハーマン)、George Loewenstein、Duane J. Seppi(デュアン・セッピ)、Stephen P. Utkus(スティーブン・ウトカス)は、米国の退職資産口座へのオンラインログイン記録を利用して、投資家が資産情報を確認する行動を分析した。

この研究の特徴は、投資家に自分の行動を思い出して回答してもらったのではなく、実際に記録された口座確認行動を分析したことである。

研究では、株式市場が下落した後、口座へのログインが9.5%減少する傾向が報告された。

さらに、市場の予想変動率を表すVIX指数が高いときにも、投資家の口座確認頻度が低下する傾向が確認された。

これらの結果は、投資家が自分の資産情報に対して、常に同じ程度の注意を向けているわけではないことを示している。

市場が下落しているときには、むしろ自分の資産状況を詳しく確認した方がよいようにも思える。しかし、実際の行動では、口座の確認が減少する傾向が観察されたのである。

ただし、この研究が示した9.5%という数値は、投資家の9.5%が口座を見ることをやめたという意味ではない。市場下落後のログイン行動に関する変化を表したものである。

また、ログインの減少だけから、個々の投資家が不安や落胆を避けるために行動したと断定することはできない。研究は、情報回避という心理的な説明と整合する行動を、実際のデータから示したものである。

情報を見ないことは合理的な選択なのか

情報回避について考える際、重要なのは、情報を確認しないことを一律に非合理的だと判断しないことである。

例えば、長期的な運用方針を決めており、短期的な価格変動に応じて取引を行わない投資家にとって、毎日の口座確認は必ずしも必要ではない。

口座を頻繁に確認するには時間がかかる。情報を確認したことで不安が強まり、予定していなかった売買をしてしまう可能性も考えられる。

そのため、情報を確認しないことが、時間的な負担や心理的な負担を避ける合理的な選択となる場合もある。

また、情報を見ないことで、自分の行動をあらかじめ決めた方針に沿わせやすくなる場合も考えられる。

一方で、情報回避が判断を悪化させる可能性もある。

例えば、保有資産に重大な問題が生じており、その情報を確認することで適切な対応を取れる場合には、情報を避けることで対応が遅れるかもしれない。

この違いを考えるうえで重要なのは、情報を見ることによって、どのような行動が可能になるのかという点である。

情報を確認しなくても判断が変わらない場合と、情報を確認すれば将来の損失を避けられる可能性がある場合とでは、情報回避の意味は異なる。

Golmanらの2017年の研究も、情報回避の理由を心理的な不快感だけに限定しているわけではない。情報を避けることが、状況によっては戦略的な意味を持つ場合も含めて整理している。

したがって、情報回避を理解するには、心理的な動機と経済的な結果を区別して考える必要がある。

情報を知ることと、注意を向けることは違う

情報回避の研究と密接に関係するのが、人間の注意の向け方である。

投資家が利用できる情報は、株価、企業業績、金融市場の動向、資産残高など多岐にわたる。

しかし、利用可能な情報が多くても、そのすべてを常に確認することは難しい。人がどの情報に注意を向けるかは、時間や認知的な負担、情報への関心などにも左右される。

Sichermanらの「Financial Attention」は、この問題を投資家の口座確認行動から分析した研究でもある。

論文では、ログイン頻度と市場収益率の関係が、投資家の年齢や性別、資産状況などによって異なることが報告されている。

また、投資家の注意と売買行動の関係についても分析が行われた。

ただし、注意を向けることと、情報を正しく理解することは同じではない。

口座へ頻繁にログインしていても、その情報から適切な判断を行っているとは限らない。反対に、ログイン回数が少なくても、必要な情報を別の方法で把握している可能性がある。

したがって、投資家の情報確認頻度だけで、その投資家の判断能力や運用成果を評価することはできない。

この研究が重要なのは、投資家に情報が提供されているかどうかだけでなく、投資家が実際にどの程度注意を向けているのかを、観測可能な行動から分析した点にある。

知りたい情報と知りたくない情報をどう説明するのか

情報回避を考えるうえでは、人が情報を知りたいと感じる場合との違いも重要となる。

2021年にオンライン公表され、2022年に『Management Science』へ掲載された「The Demand for, and Avoidance of, Information」では、Russell Golman、George Loewenstein、Andras Molnar(アンドラーシュ・モルナール)、Silvia Saccardo(シルヴィア・サッカルド)が、情報を求める行動と避ける行動を分析した。

この研究では、情報が自分にとって重要だと感じられる場合や、知りたいという関心が強まる場合に、人は情報を得ようとする傾向があることを検証している。

また、将来得られる情報が好ましいものだと予想される場合には、その情報を求めやすくなるという結果も報告された。

著者らは、5つの実験を通じて、情報を得ることの心理的な価値が、人の情報選択に影響することを示した。

この研究は、情報回避を単に「悪い情報を見たくない」という心理だけで説明するのではなく、人が情報を求める理由との関係から理解するための視点を提供している。

人は、情報が判断に役立つから知りたいと考えることもあれば、結果を知ること自体が楽しみだから知りたいと考えることもある。

反対に、情報が役立つと理解していても、その結果を知ることによる不快感を避けたいと考える場合もある。

こうした行動を分析することで、情報の価値は、情報によって選択が改善されるかどうかだけでは説明できないことがわかる。

情報回避の研究は経済学の何を変えたのか

経済学では長く、情報を得ることで人はより適切な選択を行えるという考え方が重要な役割を果たしてきた。

しかし、情報回避の研究は、情報が判断の材料として役立つだけでなく、それを知ること自体が人間の満足や不安に影響することを明らかにした。

Sichermanらの2016年の研究は、金融市場の変化に応じて投資家の口座確認行動が変わることを、実際のログイン記録から示した。

Golman、Hagmann、Loewensteinの2017年の研究は、情報が無料で役立つ場合であっても、人が情報を避ける理由を、経済学と心理学の研究から体系的に整理した。

さらに、Golmanらの2022年の研究は、人が情報を求める場合と避ける場合を、情報の重要性や好ましさに対する予想などから検討している。

これらの研究が示すのは、情報の価値が一つの基準だけで決まるわけではないということである。

情報は将来の判断を改善する場合もあれば、知ること自体が満足や不快感を生む場合もある。人は、その両方を考慮しながら、情報を求めたり避けたりする可能性がある。

したがって、情報を持っていることと、情報を確認すること、さらに、その情報を利用して判断することは、それぞれ区別する必要がある。

情報は多いほどよいのか。それとも、人がその情報をどう受け止め、どう利用するかによって価値が変わるのか。

情報回避の研究は、この問いを通じて、人間の意思決定における情報の役割を捉え直したのである。

参考資料・関連研究

1.Sicherman・Loewenstein・Seppi・Utkus(2016年)

"Financial Attention," The Review of Financial Studies, Vol. 29, No. 4, pp. 863–897.

オックスフォード大学出版局・公式論文ページ

2.Sicherman・Loewenstein・Seppi・Utkus(2016年)

"Financial Attention."

コロンビア大学ビジネススクール・研究紹介

3.Golman・Hagmann・Loewenstein(2017年)

"Information Avoidance," Journal of Economic Literature, Vol. 55, No. 1, pp. 96–135.

米国経済学会・公式論文ページ

4.Golman・Hagmann・Loewenstein(2017年)

"Information Avoidance."

著者公開PDF

5.Golman・Loewenstein・Molnar・Saccardo(2022年)

"The Demand for, and Avoidance of, Information," Management Science, Vol. 68, No. 9, pp. 6454–6476.

INFORMS・学術誌公式論文ページ