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【山中家の実践的創業家体験記】「富士フイルムで修業してこい」――父・山中徹が私に遺した、不条理な“文系経営”への最初の問題提起

【山中家の実践的創業家体験記】

皆さん、こんにちは。少数株ドットコムの山中裕です。

私たちが人生の大きな岐路に立ったとき、当時の「合理性」では説明がつかない、しかし後から振り返ると強烈な意味を持つ言葉に出会うことがあります。私にとってのそれは、東京大学経済学部の4年生、まさに就職活動を目前に控えていた時期に、父である山中徹から投げかけられた「ある命令」でした。

「お前は大学を卒業したら、まずは富士フイルムに入社しろ。そこで数年間泥をすすって修業を積み、然るべき時が来たら、俺の会社を継ぐために戻ってこい」

当時、データとロジック、放置された市場の歪みを突く数理的な経済合理性に傾倒し始めていた東大生の私にとって、この父の言葉はあまりにも唐突で、一見すると「非効率極まる前近代的な昭和のキャリア論」に聞こえました。

しかし、この古い親子の会話の裏側には、日本の精密機械・カメラ産業の歴史を駆け抜けた父なりの、深く、そして不器用なロジックが隠されていたのです。

コニカミノルタ(旧小西六)の血統と、父の「業界解像度」

私の父、山中徹は、かつて「小西六写真工業(現コニカミノルタ)」に数年間勤務していました。小西六といえば、日本の写真フィルムやカメラ産業の黎明期を支えた名門であり、戦後から昭和後期にかけて、業界の巨人である富士フイルム、そして世界王者のコダックを相手に血みどろのシェア争いを繰り広げていた企業です。

技術力は超一流。しかし、圧倒的な資本力とマーケティング、支配的な組織力で市場を席巻していく富士フイルムの背中は、当時の小西六にとって、畏怖すべき「最強のベンチマーク」でした。

父は、身をもってその「組織の地力の差」を知っていたのだと思います。だからこそ、自分の息子にビジネスの帝王学を学ばせるならば、中途半端な環境ではなく、日本で最もタフで、統治が厳格で、市場を勝ち抜くための冷徹なロジックを持った「富士フイルム」という巨大なインフラに身を投じるべきだと確信していたのでしょう。

「親の会社にすぐ入れば、甘えが出る。まずは他人の飯を食え。それも、業界で最も強い組織の飯を食ってこい」

それは、高度経済成長期のビジネスの現場を生き抜いた父なりの最大限の「リサーチ(市場調査)」に基づく、後継者たる息子への投資戦略だったのです。

東大OBが率いた両雄、13倍以上の差となって現れた「地力の差」

今思えば、富士フイルムの躍進を支えた大西隆元社長も、その後を継ぎドラスティックな構造改革を断行した古森重隆元会長も、私にとって大学の先輩にあたる「東大出身」の経営者たちでした。最高学府の優秀な頭脳が、これ以上ないほど冷徹な組織管理と執行力を発揮した組織。それが富士フイルムという会社だったのでしょう。

写真フィルムの消滅という、21世紀初頭の壊滅的なマクロショック。この劇的な経営環境の変化に対し、富士フイルムは自社のコア技術(コラーゲン研究など)をヘルスケアや化粧品、高機能材料へと完全にシフトさせ、見事に生き残るだけでなく、さらに巨大な企業へと進化を遂げました。

一方で、父がかつて籍を置いたコニカミノルタ(旧小西六)や、かつての世界王者である米イーストマン・コダックの現状はどうでしょうか。現在、市場が下した「時価総額」という名の残酷な成績表を見れば、その明暗は一目瞭然です。

【日米3社の時価総額比較(2026年5月29日時点)】

富士フイルムHD(東証4901):約4兆1,322億円 ── ヘルスケア・高機能材料への転換に成功

コニカミノルタ(東証4902):約3,064億円 ── 富士フイルムと13倍以上の差

イーストマン・コダック(NYSE: KODK):約1,520億円(約9.68億ドル)── 2012年に経営破綻、現スモールキャップ

かつて写真フィルムの世界市場を分かち合った富士フイルムが4.1兆円を超える巨体へと成長しているのに対し、デジタル化の波に呑まれ2012年に経営破綻(連邦破産法第11条を申請)したコダックは、現在わずか9.68億ドル(約1,520億円)と、コニカミノルタの半分ほどの事業規模(スモールキャップ市場)にまで縮小しています。

これこそが、まさに「環境の変化に対するプレイヤーの最適化行動と、それを支える組織力の差」の極致です。父が「そこで修業してこい」と言った組織は、偶然ではなく、世界王者を叩き潰し、自らを変革できる地力を持った、本物のモンスター企業だったのです。

創業家としての決断と、父の提案の本質

結局、私はその後、コロンビア大学大学院で金融工学を修め、データとアルゴリズムで市場の歪みを突くアクティビスト投資家としての道を歩むことになり、父が描いた「富士フイルムから親の会社へ」というレールをそのまま歩むことはありませんでした。

しかし、私が今、日本の企業統治改革を叫び、企業の資本効率の低さをデータで叩き、不合理な身内の論理を司法の場で戦い抜いている根底には、あの時の父の言葉が血肉となって流れているのを感じます。

多くの日本企業、特に地方のオーナー企業や創業家において、経営権の承継は「情」や「前例」といった文系的な身内論理で処理されがちです。しかし父が遺した「富士フイルムに入れ」という言葉は、形式的には昭和の古い父親の命令でありながら、その本質は「最も強い組織のロジックを、若いうちに身体に叩き込んでおけ」という、冷徹なまでの組織論であり合理主義でした。

現代の日本の経営者や司法実務家に決定的に不足しているのは、まさにこの「最も厳しいグローバルスタンダードの環境で、データとロジックを揉まれる」という修業の経験です。内輪の甘えの中で、前例踏襲のぬるま湯に浸かっているから、4兆円の価値を生み出す資本の論理に直面した際に「論理的に理解できない」などと取り乱すことになるのです。

あの大学4年の春、父親から突きつけられた不条理な宿題。私は形を変えて、今もなお、日本経済という巨大なマーケットの中で「終わらない修業」を続けています。父が小西六の窓から見上げていた富士フイルムという巨人の背中、それによって淘汰されていったコダックという王者の歴史、そしてその先にあるグローバルな資本市場の冷徹な合理性を、私はこれからもロジックという武器を持って、徹底的に追求し、体現していくつもりです。


山中 裕(Yutaka Yamanaka)

少数株ドットコム株式会社 創業者・代表取締役会長。東京大学経済学部総代卒業、コロンビア大学大学院(金融工学)修了。アクティビスト投資家として、日本のコーポレート・ガバナンス改革と資本効率の向上を提唱。