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利益相反を開示すると、なぜ助言はかえって偏るのか――ローウェンスタインが明らかにした意思決定の心理

専門家が自分の利益相反を説明すれば、その助言を受ける人は、利害関係を考慮したうえで適切に判断できるのだろうか。
医師、金融アドバイザー、弁護士など、専門家の助言が重要となる場面では、助言する側にも経済的な利益が存在する場合がある。専門家は相談者の判断を支援する一方、自分自身の報酬や利益に関係する立場に置かれることがある。
こうした状況で用いられる対応の一つが、利益相反の開示である。
利益相反とは、専門家が相談者のために助言する立場にありながら、自分自身にも別の利益があるため、判断が偏るおそれのある状況を指す。
その利益相反を事前に説明すれば、相談者は助言を慎重に受け止められると考えられてきた。
しかし、行動経済学者George Loewenstein(ジョージ・ローウェンスタイン)らの研究は、この考え方に重要な疑問を投げかけた。
利益相反を開示しても、助言の偏りがなくなるとは限らない。場合によっては、開示したことで助言者がさらに偏った助言を行い、助言を受ける側も、その助言を断りにくくなるというのである。
なぜ、相手の利害関係を知ることが、必ずしも正しい判断につながらないのだろうか。
専門家の利害関係を知れば、判断は改善するのか
伝統的な経済学では、人々が与えられた情報を利用して、自分にとって望ましい判断を行うという考え方が重要な役割を果たしてきた。
この考え方に従えば、専門家が自分の利益相反を説明することには意味がある。
助言者が取引の成立によって報酬を受け取るとわかれば、相談者は、その助言に一定の偏りが含まれる可能性を考慮できるからである。
しかし、実際には、専門家の助言がどの程度偏っているのかを判断すること自体が難しい。
専門家が持つ情報や知識を、相談者が同じ水準で理解できるとは限らない。だからこそ、相談者は専門家に助言を求めている。
このとき、利益相反について説明を受けても、助言のどの部分を、どの程度修正して受け止めればよいのかは明らかではない。
Loewensteinらが注目したのは、この情報の非対称性と、人間の判断に生じる心理的な偏りである。
2005年の実験は何を明らかにしたのか
2005年、Daylian M. Cain、George Loewenstein、Don A. Mooreは、「The Dirt on Coming Clean: Perverse Effects of Disclosing Conflicts of Interest」を発表した。
この研究では、助言者が自分に有利な助言を行う誘因を持つ状況を実験的に設定し、利益相反の開示が助言者と相談者の行動に及ぼす影響を調べた。
実験の一つでは、容器に入った硬貨の金額を推定する課題が用いられた。
助言者は推定に役立つ情報を持ち、推定者はその助言を参考に金額を判断する。ただし、助言者には、推定者が高い金額を答えるほど自分の報酬が増えるという利害関係が設定されていた。
研究者らは、この利益相反を推定者に知らせる場合と、知らせない場合を比較した。
普通に考えれば、助言者の利益相反を知らされた推定者は、助言が高めに偏っている可能性を考慮するはずである。
ところが、実験では、利益相反を開示することによって、助言者がより偏った助言をする場合が確認された。
さらに、推定者は、その偏りを十分に補正できなかった。
研究が示したのは、情報を増やすだけでは、必ずしも判断が改善するわけではないということである。
なぜ開示すると助言が偏るのか
Cainらは、利益相反の開示が助言者の行動を変えてしまうことに注目した。
一つは、助言者が、自分の利益相反を相手に伝えたことで、倫理的な責任を果たしたと感じる可能性である。
これは、利益相反の開示が、助言者にとって自分の行動を正当化する理由になり得ることを意味する。
もう一つは、助言者が相談者の判断を予想して行動するという問題である。
助言者が「相手は利益相反を知っているのだから、こちらの助言を割り引いて受け止めるだろう」と考えれば、最初から助言を自分に有利な方向へ強める可能性がある。
しかし、相談者が実際にどの程度割り引いて判断するかは、助言者の予想と一致するとは限らない。
この場合、開示によって相談者が得る利益よりも、助言者の行動が変化することによる影響の方が大きくなる可能性がある。
ここで重要なのは、助言者の利害関係を知らせる行為が、単なる情報提供ではないという点である。
開示することで助言者自身の行動も変化するなら、開示制度の効果を考える際には、情報を受け取る側だけでなく、情報を伝える側の反応も分析する必要がある。
助言を信用できなくても、従ってしまう理由
利益相反の開示については、さらに意外な研究結果がある。
2013年、Sunita Sah、George Loewenstein、Daylian Cainは、「The Burden of Disclosure: Increased Compliance with Distrusted Advice」を発表した。
著者らは6つの実験を通じて、利益相反を説明された人が、その助言をどのように受け止めるかを検証した。
その結果、開示によって助言への信頼が低下する一方、助言に従わなければならないと感じる心理的な圧力が強まる場合があることを示した。
これは、一見すると矛盾した結果である。
助言が信用できないと感じるなら、その助言に従わない方が自然に思える。しかし、人間の意思決定には、情報の正確さだけでなく、相手との関係や社会的な圧力も影響する。
例えば、助言者が自分の利害関係を率直に説明した場合、相談者は、助言者が自分の利益を得ようとしていることを理解する。
その一方で、相談者は、その助言に従わなければ相手の利益を損なうことになる、と感じる場合がある。
著者らは、この心理的な負担が、助言を受ける側の判断に影響すると考えた。
重要なのは、相談者が利益相反を理解していないから助言に従うとは限らないことである。
利益相反を理解し、助言への信頼が低下していても、相手との関係を意識することで、助言を拒否しにくくなる場合がある。
「断れば相手を疑ったことになる」という心理
2019年、Sah、Loewenstein、Cainは、「Insinuation Anxiety: Concern That Advice Rejection Will Signal Distrust After Conflict of Interest Disclosures」を発表した。
この研究は、2013年の研究で示された心理的な圧力を、さらに詳しく分析したものである。
著者らが注目したのは、助言を断ることによって、相手に不信感を示したと思われることへの不安である。
専門家が利益相反について説明した後、相談者がその助言を拒否すれば、専門家は「自分の助言が偏っていると疑われた」と受け止めるかもしれない。
相談者は、そのような反応を心配することで、助言を断りにくくなる可能性がある。
この研究では、医療場面を想定した実験などを通じて、利益相反の開示が助言への信頼を低下させる一方、助言を拒否することへの不安を生じさせる場合があると報告された。
さらに、その不安は、利益相反の説明が法律上義務付けられたものか、自発的に行われたものかにかかわらず生じ得ることも示された。
一方、利益相反について助言者本人ではなく第三者から知らされた場合には、不安が弱まった。
これは、利益相反の情報が同じであっても、誰がその情報を伝えるかによって、受け手の判断が変化し得ることを意味する。
2005年の研究は、開示によって助言者の行動が変化することを示した。2013年と2019年の研究は、助言を受ける側にも、情報の正確さだけでは説明できない心理的な反応が存在することを明らかにしたのである。
開示は本当に役に立たないのか
ここまでの研究を読むと、利益相反の開示には問題ばかりがあるように見える。
しかし、Loewensteinらは、開示が有効に働く条件についても研究している。
2014年、Sunita SahとGeorge Loewensteinは、「Nothing to Declare: Mandatory and Voluntary Disclosure Leads Advisors to Avoid Conflicts of Interest」を発表した。
この研究では、助言者が利益相反のある状況を受け入れるかどうかを選択できる場合に注目した。
研究者らは、実際に金銭的な利害が生じる3つの実験を行い、利益相反について開示する制度が、助言者の行動にどのような影響を与えるかを調べた。
その結果、助言者が利益相反そのものを避けられる場合には、開示の仕組みが、利益相反を避ける行動を促すことが示された。
これは、2005年の研究結果と必ずしも矛盾しない。
すでに利益相反が存在し、それを避けられない状況では、開示だけでは助言の偏りを十分に取り除けない場合がある。
一方、助言者が利益相反を避ける選択肢を持つ場合には、利益相反を説明しなければならないこと自体が、そうした状況を避ける誘因になる可能性がある。
つまり、開示の効果は、開示の有無だけで決まるわけではない。
助言者がどのような選択肢を持ち、どのような報酬や評判上の誘因に直面しているかによって、その効果が変わり得る。
専門家に判断を任せることにも別の心理が働く
利益相反の問題をさらに広く考えるうえで参考になるのが、2010年の「Self-Interest through Delegation: An Additional Rationale for the Principal-Agent Relationship」である。
John R. Hamman、George Loewenstein、Roberto A. Weberは、自分で金銭の分配を決める場合と、代理人に分配を任せる場合を比較した。
実験では、代理人に分配を任せた場合、相手に渡される金額が小さくなる傾向が報告された。
著者らは、代理人を利用することには、専門性を活用する以外にも、自分が利己的な結果を選んだという責任を感じにくくする側面があると考察した。
通常、代理人への委任は、自分より専門知識を持つ人に判断を任せることで、効率を高める仕組みとして説明される。
しかし、この研究は、代理人への委任が意思決定者の心理にも影響する可能性を示している。
自分で決定する場合と、第三者に判断を任せる場合では、同じ結果であっても、本人が感じる責任の大きさが変わることがある。
ただし、この研究は金銭分配に関する実験であり、専門家への委任や実際の企業取引全般に同じ結果が生じると証明したものではない。
その意義は、代理人を介在させることが、単に判断を代行するだけでなく、本人の行動や責任の感じ方を変える可能性を示した点にある。
利益相反への対策は何を変えるべきなのか
これらの研究を通して見ると、利益相反への対応には、少なくとも二つの異なる考え方がある。
一つは、助言を受ける人に情報を提供し、自分で判断してもらうことである。
もう一つは、助言者が自分の利益のために助言を偏らせる誘因そのものを小さくすることである。
利益相反の開示は、主として前者に当たる。
もちろん、情報の提供は重要である。しかし、情報を与えられた人が必ずしもその情報を正確に利用できないことや、情報提供そのものが助言者と相談者の行動を変えることも、実験で示されている。
一方、2014年の研究は、助言者が利益相反を避ける選択肢を持つ場合、開示制度がその行動を促す可能性を示した。
したがって、利益相反への対策を考える際には、情報をどこまで説明するかだけでなく、助言者がどのような行動を選びやすい仕組みになっているかも検討する必要がある。
これは、情報の開示と利益相反の管理を区別する考え方につながる。
情報を開示することは、相談者が専門家の立場を理解するための手段となる。一方、利益相反を管理することは、助言が不適切な方向へ偏る誘因や、その影響を小さくする仕組みを考えることである。
ただし、こうした研究から、特定の開示制度や規制があらゆる場面で最適だと結論付けることはできない。
制度の効果は、専門家と相談者の関係、報酬体系、情報の差、取引の性質などによって異なる可能性がある。
行動経済学は何を変えたのか
利益相反の開示に関するLoewensteinらの研究は、情報が増えれば人の判断は改善するという単純な考え方に、重要な修正を加えた。
人は、相手の利益相反を知っていても、その助言を十分に割り引けるとは限らない。
助言する側も、利益相反を説明したことで、かえって自分に有利な助言を強める場合がある。
さらに、助言を受ける側は、その助言を信用できないと感じながらも、相手への不信を示したと思われることを恐れて、助言を断りにくくなる場合がある。
一方で、開示によって利益相反そのものを避けようとする行動が生じる可能性も示されている。
こうした研究が明らかにしたのは、開示が有効かどうかは、開示された情報の内容だけでは判断できないということである。
情報が伝えられることによって、助言者と相談者の行動がどのように変わるのか。その変化まで分析しなければ、開示制度の効果を十分に理解することはできない。
利益相反の研究は、専門家の助言を受ける人の合理性を疑うだけのものではない。専門家自身の行動や、両者の関係、制度が生み出す誘因にも目を向ける研究である。
情報を知らせれば十分なのか。それとも、情報がどのように利用されるかまで考える必要があるのか。
Loewensteinらの一連の研究は、この問いを実験によって検証し、利益相反と意思決定を理解するための新しい視点を提示したのである。
参考資料・関連研究
1.Cain・Loewenstein・Moore(2005年)