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植民地時代の制度は経済格差を固定するのか――ペルーの歴史から読み解く経済成長と制度の変化

数百年前の制度は、現代の経済格差をどこまで左右するのか。植民地時代の強制労働制度が、その後の貧困や地域間格差を生み出したとする研究は、経済史や制度経済学で重要な位置を占めてきた。しかし、一度生じた経済的な不利益が、何世紀にもわたって続くとは限らない。
2025年、経済学術誌『Journal of Economic Growth』に、ペルーの植民地時代を対象とした論文「The Long Shadow of History? The Impact of Colonial Labor Institutions on Economic Development in Peru」が掲載された。著者はレティシア・アロヨ・アバド(Leticia Arroyo Abad)とノエル・マウラー(Noel Maurer)の2人である。
研究では、強制労働が先住民社会に深刻な被害を与えた一方、その対象地域と非対象地域の人口面での差は植民地時代の終わりまでに大きく縮小していたと報告している。現代の教育や経済活動についても、一貫した負の影響を示す統計的な証拠は得られなかった。過去の制度だけで現在の経済発展を説明できるのかという問題に、新たな視点を示す研究である。
強制労働制度はなぜ存続し、衰退したのか
16世紀以降、スペインの支配下に置かれたペルーでは、先住民から労働力や貢納を確保するため、「ミタ」と「エンコミエンダ」という制度が利用された。ミタは鉱山や公共事業などに労働者を徴発する仕組みであり、エンコミエンダは特定のスペイン人入植者に、先住民から労働や貢納を徴収する権利を与える制度だった。
これらの制度は先住民に大きな負担を与え、人口減少や地域社会の変化を引き起こした。しかし、制度を維持する環境は時代とともに変わっていった。著者らが注目したのは、人口移動や賃金労働の拡大、政治的な利害関係の変化である。
強制労働を避けるために別の地域へ移動する先住民が現れ、賃金を得て働く機会も広がった。一方、強制労働の権利を持たない新たなスペイン人入植者にとって、既存の制度は労働力の確保を妨げる要因となった。スペイン王権も、一部の入植者に権力が集中することを警戒していた。
こうした変化が、強制労働制度を維持する条件を弱めたと著者らは考えている。制度が長く続くかどうかは、その制度を支える人々の利害や、労働市場の状況にも左右されるのである。
約500集落の分析で明らかになったこと
著者らは、1570年代に存在した約500の先住民集落を対象に、強制労働制度への編入状況と人口の推移を調べた。さらに、植民地時代の記録と現代の地域情報を組み合わせ、長期的な経済発展への影響を分析した。
その結果、強制労働の対象となった集落では、植民地支配の初期に人口が大きく減少していた。しかし、その後は対象地域と非対象地域の人口面での差が縮小し、植民地時代の終わりには初期の不利益が大幅に弱まっていたと報告している。
また、19世紀から21世紀にかけての識字率、土地へのアクセス、道路密度、夜間の人工光の明るさなどを分析したところ、強制労働を経験した地域が一貫して不利な状態にあるという統計的な結果は得られなかった。夜間光は、地域の経済活動を推測する指標として利用されている。
ただし、統計的に明確な差が検出されなかったことは、歴史的な影響が完全に消えたことを意味しない。分析対象の地域や指標によって、把握できる影響には限界がある。
先行研究と異なる結論が生まれた理由
今回の研究は、経済学者メリッサ・デル(Melissa Dell)が2010年に発表した、ペルーの鉱山強制労働制度に関する研究と異なる結果を示している。デルは、かつてミタの対象となった地域では、現代の家計消費や公共サービスなどに不利な影響が残っていると報告した。
両研究の重要な違いは、過去に強制労働を課された地域をどのように特定するかという点にある。
デルの研究は、植民地時代のミタ制度の境界を利用し、その内側と外側の地域を比較した。これに対し、アロヨ・アバドとマウラーは、実際に徴発の対象となった個別の集落を歴史資料から特定した。
例えば、現在の行政区域がかつての強制労働地域に含まれていたとしても、その区域内のすべての集落が同じ制度の対象だったとは限らない。逆に、境界の外側に位置する集落が徴発の対象となっていた可能性もある。
著者らによると、当時の行政区域は人口移動や再編によって変化しており、歴史上の境界と実際の徴発対象が必ずしも一致していなかった。この違いを考慮して分析すると、現代の地域間格差に一貫した負の影響が残っているという結果は確認できなかった。
ただし、両研究は対象地域や分析手法が異なる。デルが調べた特定の境界周辺では長期的な影響が存在する一方、ペルー全体では異なる結果が得られる可能性もある。今回の論文によって先行研究が完全に否定されたわけではない。
歴史的な被害と現在の経済格差をどう考えるか
今回の研究で重要なのは、過去の制度によって生じた被害と、その影響が現代の地域経済に残っているかどうかを区別した点である。
強制労働によって先住民人口が大幅に減少したことは、深刻な歴史的被害である。しかし、人口移動などによって地域間の経済指標の差が縮小しても、被害を受けた人々やその子孫への影響がなくなったとは限らない。
また、現在の格差が統計的に確認されなかったという結果を、強制労働が無害だったという意味に解釈することもできない。
著者らの分析は、過去の制度が現代の経済格差を必ず決定するわけではないことを示唆している一方、歴史的な影響を評価する際には、人口移動や制度の変化も考慮する必要があることを示している。
経済発展を理解するうえで制度の変化が重要に
経済成長や地域間格差の原因を歴史から分析する研究では、過去にどのような制度が存在したのかが重視される。しかし、制度が成立した後も、社会や経済の条件は変化し続ける。
労働者が移動できるようになれば、強制的な労働制度を維持することは難しくなる可能性がある。また、新たな経済活動や政治勢力の登場によって、それまでの制度を支えていた利害関係が変わる場合もある。
今回の研究は、こうした変化を考慮せずに、現在の経済格差を過去の制度だけから説明することの難しさを示している。
経済発展を左右するのは、過去にどのような制度が存在したかだけではない。その制度がどのように維持され、変化し、人々がどのように対応したのかも重要である。
ペルーの植民地時代を分析した今回の論文は、経済格差の歴史的な起源だけでなく、その影響が持続する条件や弱まる仕組みにも目を向ける必要性を示している。
【紹介論文・関連URL】
Leticia Arroyo Abad and Noel Maurer (2025)
【紹介論文の旧稿・全文PDF】
Leticia Arroyo Abad and Noel Maurer (2022)
【先行研究】
The Persistent Effects of Peru's Mining Mita
【人口減少の長期的痕跡を分析した関連研究】
Did the Colonial Mita Cause a Population Collapse? What Current Surnames Reveal in Peru
【著者による関連研究】
Leticia Arroyo Abad and Noel Maurer (2024)
【著者による研究紹介・業績】
Leticia Arroyo Abad — Research
【イェール大学・著者公開研究稿】
Leticia Arroyo Abad and Noel Maurer
【ニューヨーク市立大学・論文掲載情報】
Leticia Arroyo Abad and Noel Maurer (2025)
【ハーバード大学・比較対象の先行研究】
The Persistent Effects of Peru's Mining Mita
【ワシントン大学・論文研究発表】