Activism
身分から職へ ― フランス・シンガポールと日本の公務員制度改革

次の論点
二〇〇七年から二〇一四年にかけての日本の公務員制度改革は、ひとつの問いをめぐって行われた。幹部の人事権を誰が握るのか。答えは内閣人事局という形で出たが、その行使を規律する装置は置かれなかった。
次の問いは別にある。誰が、いくつで、どの権限を持つのか。すなわち人材の入口と出口、そして年次と地位の関係である。前者が権限の配分の問題だとすれば、後者は人材の配分の問題だ。両方を解かなければ、行政は今の変化の速度に追いつかない。
この問いに対して、しばしば二つの外国モデルが参照される。三〇代で実権を持ち、四〇歳前後で民間に出るフランスと、四〇代で事務次官級に就くシンガポールである。どちらも魅力的に見える。
だがこの小論の結論を先に言えば、フランスモデルはフランス自身が解体しており、シンガポールモデルの本質は「出す」ことではない。両方とも、日本で語られるときの理解と実態がずれている。そのずれを正した上で、日本が実際に取りうる設計を考えたい。
フランス ― 自ら解体したモデル
日本で「フランス型」と呼ばれる回路ははっきりしている。ENAの上位卒業者が財務監察官局やコンセイユ・デタに直接任官し、三〇代で中央官庁の要職に就き、四〇代で民間に出る。
この回路の正体は学校ではなく、corps(身分団体)である。任官の瞬間に生涯の序列が決まる。二〇代の試験成績が三〇年後の地位を規定するという意味で、日本のキャリア制度よりもはるかに強固な仕組みだった。
その仕組みを、マクロン政権が解体した。
【マクロン政権による高級官僚制度改革の流れ】
・2021年12月31日:ENA廃止
・2022年1月1日:INSP(国立公務研究所)発足。単一のadministrateurs de l'État(国家行政官)corpsを創設し、行政官・経済参事官を自動編入
・2023年1月1日:約五のcorpsがmise en extinction(新規採用停止・漸次消滅)。知事250人、副知事258人、財務監察官局197人、行政監察97人、社会監察189人、外務系739人、財務系681人など計約2,900人
・2023年:コンセイユ・デタと会計院への直接任官を廃止。実務経験を前置条件化
監察職は身分ではなく任期付きの職(emploi fonctionnel)に転換された。これをfonctionnalisation(職の機能化)と呼ぶ。人に地位が付くのではなく、職に人を充てる。
理由は三つあった。第一に、pantouflage(天下り)による利益相反。財務監察官→大手銀行→政界という回路が、在職中の判断を将来の雇い主に向かわせる。第二に、閉鎖性。第三に、一度の選択が生涯を決めること自体の不合理である。
つまり、日本が羨望している部分を、フランスは弊害として名指した。参照するなら、「二〇二二年以前のフランス」か「以後のフランス」かを先に決めなければならない。日本で語られるのは、たいてい前者である。
そして二〇二二年改革の核心は、若さではない。身分から職へである。日本が学ぶべきはこちらだと思う。
シンガポール ― 本質は「出す」ことではない
四〇代で事務次官級に就くのは事実である。だがこの制度の本質は退出にはない。
まず規模を見るべきだ。二〇〇二〜二〇一一年の十年間でAdministrative Serviceへの任命は合計190人、年約十九人にすぎない。二〇一二年時点で事務次官二二人は全員がAO、法定機関CEO級五四人中二一人がAO。公務員全体は約八万九千人だから、数百人の集団が国家の中枢を占めている。
選択は二段構えだ。入口はPSC奨学金で、二〇二二年末時点でAOの約89%が奨学生出身。ただし卒業後直ちにAOになるのではなく、約90%は他のスキームで数年勤務してから任命される。試験で絞り、実務で見極めてから上げる。民間からの直接任用は「小規模」にとどまる。
給与は民間に連動する。政治任用者の基準となるMR4は、国内所得上位千人の中央値に連動し、そこから40%を割り引く(「公務のエートス」の分)。二〇一一年に110万Sドルと設定され、二〇二六年の改定で約120万Sドルになった。
このモデルの成立条件は特殊である。規模が小さいこと。高給であること。一党優位による政策の連続性があること。そして、「民間」の相当部分がGLC(テマセク、GIC等)、つまり国家の別の顔であること。日本にそのまま移せるものはほとんどない。
皮肉なことに、シンガポールはむしろ人を外に出さない。出さなくても新陳代謝が起きるのは、ポストの配分が年次から切り離されているからだ。学ぶべきは「四〇歳で出す」ことではなく、年次と地位の分離と、入口で絞り、途中で見極める二段選択の方である。
日本の現在地 ― 遅く与え、早く失う
日本の問題は、入口でも出口でもなく、その間にある。
入口は、縮んではいるが壊れてはいない。二〇二五年度の総合職試験(春)は申込12,028人、合格1,793人、申込倍率6.7倍。低下傾向にあるとはいえ、年十九人を選ぶシンガポールとは桁が違う規模である。
問題は入った後だ。総合職採用者の退職者数は平成二五年度→令和二年度で43.4%増、五年未満退職率は5.1%→10.0%と倍増、三〇歳未満の数年以内の離職意向は男性13.5%・女性11.4%。
他方で、権限の到達は遅い。女性比率をはしごに使うと、ポストの階層が鮮やかに見える(二〇二四年七月)。
【ポストの階層別・女性割合(2024年7月)】
・本省課長補佐相当職:29.7%
・本省室長級相当:15.7%
・本省課室長相当職:8.3%
・指定職相当:5.2%
この階段が示すのは女性の問題だけではない。課長補佐から課長への間に、非常に長くて細いトンネルがあるということだ。そこを抜けるのに四〇代後半までかかる。フランスやシンガポールと比べて、権限到達が十年から十五年遅い。
まとめれば、日本はいま遅く権限を与え、早く人を失うという組み合わせにある。二〇〇八年の基本法は「定年まで勤務できる環境の整備」を掲げたが、現実に起きたのは若年層の自発的な退出だった。制度が許可する前に、人が出ている。
女性の優先採用は良い政策か
この問いには、方向と介入点を分けて答える必要がある。結論を先に言えば、方向は正しいが、日本では「採用」はもはやボトルネックではない。
◆入口はすでに達成している
内閣人事局の二〇二五年六月フォローアップによれば、同年四月一日採用の女性割合は全試験で40.4%(初の四割超え)、総合職36.8%。第五次男女共同参画基本計画の目標「35%以上」は既に超えている。二〇二五年度の総合職試験合格者に占める女性も過去最高の35.1%だった。
未達なのは技術系区分の26.6%(目標30%)だけであり、これは工学部の女子比率という公務員制度の外側の問題に連なっている。
一方、幹部は本省課室長相当職8.3%、指定職相当5.2%。入口四割、出口五パーセント。この落差がすべてを語っている。採用をさらに優先しても、同じトンネルの入口に人を積ませるだけになる。
◆フランスは採用ではなく任命にかけた
ここでサヴァデ法(二〇一二年)の設計が参考になる。クォータがかかっているのは採用試験(concours)ではなく、約六千の幹部ポストへのprimo-nominations(初回任命)である。
・段階導入:2013〜14年 20% → 2015〜16年 30% → 2017年以降 40%
・未達一件につき9万ユーロの制裁金。二〇二〇年には四つの省が計108万ユーロを支払った
・結果、初回任命に占める女性は30%(2013)→40%(2020)で目標達成
だが上院の十年検証報告は厳しい。流量の達成が存量に転化していない。二〇二〇年時点で幹部ポストに占める女性は約35%、国家行政に限れば33%にとどまる。新規任命を半分にしても、既存の幹部が動かなければ構成は変わらない。
そこで二〇二三年七月十九日法が、二段構えに切り替えた。初回任命は二〇二六年一月から50%へ。加えて二〇二七年一月から幹部ポストの存量自体に40%要件を新設し、37%未満の機関には三年ごと三ポイントの引上げを義務づけた。給与格差指標の公表義務も入っている。
注目すべきは、この存量規制と、前節で見たcorps解体(二〇二二〜二三年)が同時進行していることだ。幹部ポストが身分に固定されている限り、存量の目標は達成しようがない。パリテは任期制とセットでなければ機能しない。
◆支持論のなかで最も強いもの
優先採用を支持する論拠はいくつかあるが、強度は同じではない。
1.人材プールの拡大(効率論)
公平の議論ではない。応募母集団が実質的に半減しているなら、限界的な男性採用者の質は、応募しなかった女性候補を下回る。抗しがたい論理だが、日本ではすでに四割に達しており、適用の余地が小さい。
2.強制装置としての機能
これが日本にとって最も価値がある。目標にコミットすれば、組織は長時間労働、深夜の国会対応、帯同を前提としない転勤といった制約を直さざるを得なくなる。その修正は全員の定着率を上げる。女性比率は目的であると同時に、定着問題の代理指標として機能する。
3.代表的官僚制の議論
行政する側が行政される側を反映するほど政策の質が上がるという仮説。実証研究の結果は分かれており、単独では政策を支えにくい。
◆反対論のなかで真剣に取るべきもの
1.入口を増やしても、途中で辞めるなら意味がない
日本の現状はまさにこれであり、最も重い反論だと思う。
2.正統性の毀損
クォータで就いたと見られれば、本人の指揮が通りにくくなる。選考基準とプロセスの透明化で緩和できるが、ゼロにはならない。
3.成績主義との緊張
国家公務員法三三条は任用を能力の実証に基づかせる。採用試験に直接クォータをかけるのは、憲法一四条との関係でも困難が大きい。フランスがconcoursを避けて任命にかけたのは、まさにこの緊張を最小化する設計だった。
◆従って、介入点は一つ
日本でやるべきは、採用の上乗せではなく、本省課室長相当職への初回任命に目標と未達コストを置くことである。これなら成績主義との衝突が小さく、ボトルネックの位置に直接当たる。
しかし、フランスの十年が示すとおり、それだけでは存量は動かない。幹部職に任期がなく、退出路がなければ、新規任命の枠自体が生まれないからである。女性登用の問題は、結局のところ幹部ポストを身分から切り離せるかという、この小論全体の問いに帰着する。
仕分け ― 移植できるもの、してはいけないもの
両国の制度を一括して「モデル」と呼ぶのではなく、要素に分解して選ぶべきだ。
【移植できるもの(○)】
○身分から職へ(フランス2022年改革)
局長・審議官級の一部を任期付きの「職」として指定し、年次から切り離す。
→幹部国家公務員法案と同じ方向だが、新しい身分を作らない分、成績主義との衝突が小さい。
○二段選択(シンガポール2023年)
試験で採用し、十年目前後に幹部候補への別途選考を置く。
→幹部候補育成課程は既にある。問題は年次横並びを実際に切れるか。
○初回任命への目標と未達コスト(フランス2012年サヴァデ法)
本省課室長相当職の初回任命に適用する。
→制裁金でなくてもよい。府省別公表と定員・予算上の取扱いで十分な圧力になる。
【条件付きで移植できるもの(△)】
△存量目標の後置(フランス2023年法)
→流量目標が頭打ちしてから移行する。最初から置くと、任期制のないままの数合わせになる。
【移植してはいけないもの(×)】
×若くして特権的身分を与える(旧グランコール/フランス〜2021年)
→フランス自身が廃止した。日本で再現すれば、新しいキャリア制度を作るだけ。
×早期の民間流出を制度化(pantouflage/フランス〜2021年)
→規制の虜を制度に埋め込む。権限の前倒しと同時にやるのが最も危険。
×給与の民間トップ連動(シンガポール)
→財政と政治的許容度の両面で不可能。日本の幹部数は桁が違う。
×採用試験へのクォータ(日本での提案)
→法的に困難であり、かつ不要。すでに四割。
そして、これらを支える前提が三つある。
1.再就職の行為規制の実効化
斡旋禁止を維持したまま、働きかけ規制とクーリングを実際に監視する。出口が開くほど、ここが重くなる。
2.帰還路
フランスのdisponibilité(休職して民間に出、戻れる)に当たる仕組み。日本にも任期付職員法と官民人事交流法があるが、使われていない。一方通行の出口は、出る前に恩を売る誘因を生む。
3.労働時間と国会対応
これが定着の律速段階であり、女性登用の実質的な前提でもある。ここを放置したままの数値目標は、分母を減らして比率を上げる行動を誘発する。
通底する原理
三つの論点――内閣人事局、年齢と権限、女性登用――は、別々の問題のようでいて、同じ一つの構造に帰着する。幹部の地位が職ではなく身分に紐づいていることである。
身分に紐づくから、年次を飛ばせない。飛ばせないから、権限到達が遅い。遅いから、待てない人から辞めていく。そして幹部の席が空かないから、女性を登用しようにも枠がない。
フランスの二〇二二年改革が、corpsの解体とパリテの存量規制を同時に進めているのは、この因果を見ているからだと思われる。
前稿の結論は、日本の改革が権限の集中だけを実現し、その行使を規律する装置を置き忘れた、というものだった。本稿の結論はその裏返しになる。日本の改革は、人事権の所在は動かしたが、その権限が及ぶ対象である幹部ポスト自体は、一つも動かさなかった。
内閣人事局は、年次で埋まることが前提のポスト群に対して任命権を得た。その結果が、幹部職員の八五パーセント以上が最高評価という状態である。選べる幅がないところで選択権を強めても、強まるのは忠誠を測る力だけだ。
だから、次に手をつけるべきは幹部人事の運用ではなく、幹部ポストそのものの性格である。任期を入れ、年次と切り離し、外部からも埋められるようにする。その上で初回任命に目標を置く。順序を逆にすれば、どの数値目標も分母をいじるだけに終わる。
制度は、人を入れ替えられるようにできていて初めて、人を選べる。
■関連URL・参考資料
【フランス】
・La réforme de la haute fonction publique ― 大綱(フランス公務員制度ポータル)
・Préfectorale, inspections, diplomatie… la mise en extinction des grands corps de l'État se concrétise(Acteurs Publics)
・Parité dans la haute fonction publique : changer de braquet dix ans après la loi Sauvadet(仏上院報告、二〇二二年)
・Loi du 19 juillet 2023 ― 解説
・Institut national du service public
【シンガポール】
・Profile of Administrative Officers in the Public Service(PSD、二〇二三年四月国会答弁)
・Breakdown on the number of officers appointed to the Administrative Service(PSD)
・Understanding Singapore's political salary framework(MR4基準)
・Singapore Civil Service
【日本】
・女性国家公務員の採用状況のフォローアップ(内閣人事局、二〇二五年六月)
・行政分野における女性の参画(男女共同参画白書 令和七年版)
・二〇二五年度国家公務員採用総合職試験(春)の合格者発表(人事院)
・第2節 国家公務員における人材確保の状況(人事院『公務員白書』令和四年版)
・幹部国家公務員法案 要綱(第176回国会衆法第6号)
・出雲明子「内閣人事局設置後の官僚人事」(二〇一七年)