事業計画は「内側の視点」で書かれる――『かくて行動経済学は生まれり』を読む 第7章「人はストーリーを求める」

企業の価値を将来の収益から算定するとき、その出発点となるのは、多くの場合、経営者が作成した事業計画である。
しかし、事業計画は一つの「予測」にすぎない。そして、人間の予測には、つじつまの合った物語ほど信じやすく、その確信が予測の正確さとは無関係に強まるという性質がある。
同書の第7章は、カーネマンとトヴェルスキーが「予測」という問題に取り組み、人が統計ではなく物語によって未来を見通そうとすることを明らかにした時期を描いている。本稿では、第7章の記述を確認したうえで、予測の誤りとその是正をめぐる研究を整理し、非上場株式の評価における事業計画の扱いを検討する。
問題の所在――将来の予測が価格を決める
株式の価値を将来のキャッシュフローの割引現在価値として算定する方法は、理論的に最も整合的な評価方法の一つとされる。しかし、その結果は、将来の売上や利益をどう見通すかに大きく依存する。
予測の数字が数パーセント変わるだけで、評価額は大きく動く。だとすれば、評価の公正さは、予測そのものの質に左右されることになる。予測を誰が、どのような目的で、どのような方法で作成したのかは、評価の核心にかかわる問題である。
原著の記述――物語に頼る予測と、1973年の戦争
第7章の中心にあるのは、二人が1973年に心理学誌に寄せた予測に関する論文である。
未来を見通そうとする人間は、確率を計算する代わりに経験則で答えを出す。その結果、予測は偶然ではなく一定の方向に外れる。これが論文の骨格であった。二人は、ある学生の将来を予測させる実験などを通じて、この主張を確かめた。
原著が強調するのは、予測に対する自信を高める要因が、同時に予測の正確さを損なっていたという発見である。情報が互いに整合し、一貫した物語を形づくるほど、人はその予測を信じる。しかし、一貫性は正確さを保証しない。二人は、予測の精度を高めるには、予測に用いる心の規則そのものを疑い、修正する必要があると考えた。
この研究は、二人が出会うきっかけとなったベイズ的な推論の問題を、より重大な意思決定の場面へと広げるものだった。
同じ年、エジプトとシリアがイスラエルに攻撃を仕掛け、第四次中東戦争が始まった。二人は再び軍務に就く可能性に備えることになる。国家の存亡にかかわる局面で、指導者や情報機関の予測が試されたこの戦争は、予測と意思決定の研究の重みを、二人に改めて突きつけた。人間の判断の誤りを理解すれば、国家の意思決定そのものを改善できる――カーネマンが当時抱いていたのは、それほど大きな期待であった。
研究の整理――「内側の視点」と「外側の視点」
以下では原著から離れ、予測の誤りとその是正をめぐる研究を確認する。
・1973年の論文で二人は、人が予測の際に、対象の典型的なイメージとの類似性を重視し、全体の中での比率(基準率)を軽視することを示した。
・1993年、カーネマンとダン・ロバロは、意思決定者が計画の成否を見通すとき、計画の具体的な内容から積み上げて予測する「内側の視点」に偏り、同種の計画が全体としてどのような結果をたどったかという「外側の視点」を軽視することを論じた(『マネジメント・サイエンス』)。内側の視点に立つ予測は、系統的に楽観的になる。
・1994年、ロジャー・ビューラー、デール・グリフィン、マイケル・ロスは、人が自分の作業の完了時期を、過去の経験に反して楽観的に見積もる「計画の誤謬」を実証した。
・2006年、ベント・フライバーグは、大規模な公共事業の費用と需要の見通しが系統的に楽観的であることを示し、類似の事業の実績分布を参照して予測を補正する「参照クラス予測」を提唱した。
・2005年、政治学者フィリップ・テトロックは、政治や経済の専門家による長期の予測を多数検証し、専門家の予測の精度が単純な統計的手法をほとんど上回らないこと、とりわけ一つの大きな理論で物事を説明しようとする専門家ほど予測を誤りやすいことを示した。
評価――一貫した物語ほど、検証を必要とする
これらの研究が共通して示すのは、予測の確信と精度が乖離するという、第7章の発見の射程の広さである。
ゲーリー・ベッカーらの合理的選択理論に立てば、利害関係者は利用可能な情報を用いて、偏りのない予測を形成すると想定される。しかし、内側の視点に立つ予測は、作成者に悪意がなくても楽観に傾く。さらに、予測の作成者が予測の結果に利害を持つ場合、偏りはいっそう強まりうる。
重要なのは、予測の誤りを、作成者の能力や誠実さの問題としてではなく、予測という作業に内在する構造的な問題として捉えることである。そうであれば、是正の方法も、作成者への信頼ではなく、外側の視点による検証の手続きに求めるべきことになる。
なお、第7章の章題が示すように、物語を求める心は、予測だけでなく、過去の出来事の解釈も歪める。結果を知った後に、それが必然であったかのように感じる後知恵の問題は、法的な責任の判断にも深くかかわるが、本稿では予測の問題に焦点を絞った。
含意――非上場株式の評価における事業計画の検証
非上場株式の評価、とりわけ将来の収益に基づく評価では、会社が作成した事業計画がそのまま用いられることが少なくない。
しかし、事業計画は典型的な内側の視点の産物である。さらに、株式の買取や少数株主の締め出しの場面では、計画を作成する会社側が、評価額が低くなることに利害を持つ場合がある。この場合、通常の楽観とは逆に、将来の見通しが控えめに作成される可能性も否定できない。いずれの方向であれ、計画の作成者と評価の結果との利害関係が、予測の偏りを生む構造になっている。
米国デラウェア州の裁判所は、株式の公正な価格を判断する際に、会社が通常の業務の中で作成した事業計画を重視する一方、取引や紛争を契機に作成された計画には慎重な態度をとる傾向がある。予測がどのような目的と状況の中で作られたのかを問う姿勢である。
これらを踏まえると、非上場株式の評価における事業計画の扱いについて、次のような手続きが求められる。
・評価に用いる事業計画が、いつ、誰によって、どのような目的で作成されたのかを明示すること
・通常の業務の中で作成された計画と、取引を契機に作成された計画とを区別し、両者に乖離がある場合はその理由を説明すること
・計画の成長率や利益率を、同業他社や過去の実績の分布と比較し、外側の視点から妥当性を検証すること
・過去の計画と実績を対比し、会社の予測の精度を確認できるようにすること
予測の質を、作成者の言葉ではなく、検証可能な手続きによって確かめること。それが、将来の予測に依存する評価の公正さを支える。
次回は第8章を取り上げ、二人の研究に最初に注目した医療の現場で、判断の誤りに対してどのような手続き的な対策が講じられてきたのかを検討する。
一貫した物語ほど、外側からの検証を必要とする。予測の質は、作成者ではなく手続きによって担保されなければならない。
※原著の記述に関する部分は、原著の目次、出版社による内容紹介、公開されている書評・要約などに基づく。
関連URL・参考資料
・マイケル・ルイス著、渡会圭子訳『かくて行動経済学は生まれり』(文藝春秋、2017年7月)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163906836
・SuperSummary「The Undoing Project: Chapter 7 Summary」
https://supersummary.com/the-undoing-project/chapter-7
・Daniel Kahneman, Amos Tversky「On the psychology of prediction」(Psychological Review、1973年)
・Daniel Kahneman, Dan Lovallo「Timid choices and bold forecasts: A cognitive perspective on risk taking」(Management Science、1993年)
・Roger Buehler, Dale Griffin, Michael Ross「Exploring the "planning fallacy": Why people underestimate their task completion times」(Journal of Personality and Social Psychology、1994年)
・Bent Flyvbjerg「From Nobel Prize to project management: Getting risks right」(Project Management Journal、2006年)
・Philip E. Tetlock『Expert Political Judgment: How Good Is It? How Can We Know?』(Princeton University Press、2005年)