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【山中裕の経済学サロン】罰信号は、誰が作っているのか――扁桃体という回路の内部

神経シナプス境界山中裕細胞脳科学伝達薬理神経科学ニューロン

プロプラノロールが標的にする扁桃体基底外側核。その内部では、どんな細胞がどう連携して「損の罰」を作っているのかを見ていきます

皆さん、こんにちは。前回、プロプラノロールが扁桃体基底外側核(BLA)のノルアドレナリン増幅を弱めることで、損失回避を選択的に下げるという話をしました。今回はその一歩先、BLAという回路の中に実際にどんな細胞があり、どう連携して「罰信号」を作り出しているのかを見ていきたいと思います。少し専門的になりますが、お付き合いください。

BLAは皮質に似た構造を持つ

BLAは大脳皮質に近い構造をしています。細胞の約80%は、グルタミン酸を伝達物質とする主細胞(プリンシパルニューロン、PN)です。残る約20%が、GABAを伝達物質とする抑制性のインターニューロンです。恐怖や損失の「罰信号」がどう作られるかは、この少数派である抑制細胞が、主細胞の「いつ」「どこ」を黙らせるかによって決まります。

主細胞――BLAの出力そのもの

主細胞は大きな細胞体と、棘の多い樹状突起、外部へ伸びる軸索を持ち、BLAの出力そのものを担っています。同じ主細胞といっても、どこへ投射するかによって機能が分かれます。中心核や分界条床核へ向かう投射は、回避や凍りつき、自律神経反応につながります。腹側線条体や側坐核へ向かう投射は、価値の評価や接近行動につながります。内側前頭前野へ向かう投射は、再評価や消去学習に関わります。腹側海馬へ向かう投射は、不安の文脈づけに関わります。

分子マーカーで見ても、この機能の分かれ方は裏付けられます。BLAの前部にあるRspo2陽性の主細胞群は、恐怖の獲得に強く反応する一方、後部にある別の細胞群は、消去学習や不安の低下に寄与しやすいという勾配が確認されています。ノルアドレナリンのβ受容体は、この主細胞の可塑性を高める方向に働きます。プロプラノロールが弱めているのは、主にこの部分の増幅なのです。

インターニューロン――体細胞まわりを抑える二つのタイプ

抑制細胞は、大脳皮質と同じ大まかな分類――PV型、SST型、VIP型――が、BLAでも保存されています。ラットの前部BLAでは、GABA細胞のうちおよそ4割がPV型、2割弱がSST型、1割弱が大型のCCK型、残る3割強が小型のCR・VIP・CCK系だとされています。

このうち、主細胞の細胞体やそれに近い樹状突起を抑えるタイプが二つあります。一つはPVバスケット細胞で、主細胞の細胞体まわりにバスケット状のシナプスを形成し、発火そのものを止めます。フィードバック抑制が強く、局所回路のリズム――ガンマ波など――を切る役割も持ち、恐怖学習のいわば門番として働きます。もう一つはPV軸索軸索細胞、通称シャンデリア細胞で、主細胞の軸索が始まる部分だけをピンポイントで抑えます。全体に占める割合は1%前後とごくわずかですが、スパイクという出力そのものを最も直接的に止められる細胞です。ほとんどがPV陽性です。

これとは別に、大型のCCKバスケット細胞という型があります。同じく細胞体周辺を抑えますが、CB1カンナビノイド受容体を持つほぼ唯一の型であり、ストレスがかかったときに体内で作られる内因性カンナビノイドが、この細胞の抑制作用を緩めるという経路が知られています。PVバスケット細胞とは薬理学的な性質が異なります。

インターニューロン――遠位樹状突起を抑えるタイプ

主細胞の細胞体ではなく、遠くの樹状突起や棘を抑えるタイプもあります。代表がSST(ソマトスタチン)細胞で、一部はNPY(神経ペプチドY)も分泌します。皮質や視床からの入力が足し合わされる場所を選択的に削ることで、「何を学習するか」を選別するフィルターとして働きます。SST細胞の一部はBLAの外側にも投射しており、純粋な局所回路の抑制細胞にとどまらない性質も持っています。

もう一つ、ニューログリアフォーム細胞という型は、NPYを介して、シナプスを介さない体積伝達に近い形で、周囲のGABAトーン全体を底上げする働きを持ちます。

インターニューロン――抑制細胞を抑える「脱抑制」タイプ

三つ目のグループが、VIP型・カルレチニン型・小型CCK型です。これらは主細胞にも多少は触れますが、本業は他の抑制細胞――PV型、SST型、CCK型――を抑えることにあります。VIP細胞が発火すると、PV細胞やSST細胞が黙り、その結果として主細胞が一時的に「自由になる」。これは大脳皮質における「注目した刺激だけを通す」回路と同じ発想です。恐怖の獲得が起きる瞬間、条件刺激が入ったタイミングでこの脱抑制が働く、という報告もあります。

局所回路が動く一瞬

典型的な恐怖学習が成立する一瞬を、順を追って描いてみます。まず条件刺激が主細胞と一部の抑制細胞に入力されます。次にVIP細胞がPV細胞とSST細胞を抑え、主細胞が学習しやすい窓が開きます。直後にPVバスケット細胞がこの窓を締め、無関係な発火を切り捨てます。SST細胞は樹状突起のレベルで、どの入力を残すかを決めます。そしてこうして強化された主細胞が、中心核や線条体へと、罰や回避の信号を送り出します。

ノルアドレナリンは主細胞だけでなく、PV型、VIP型、SST型、CCK型のいずれの抑制細胞にも届いています。β遮断は、主細胞の可塑性と、この抑制回路全体のバランスの両方を静かにします。プロプラノロールがBLA全体の「脅威に対するゲイン」を下げているのは、こうした理由からです。

境界の細胞――ITC

BLAと中心核の間には、介在細胞島(ITC)と呼ばれる領域があります。ほぼGABA細胞で構成されており、BLAから中心核への通り道を、門のように絞る働きを持ちます。消去学習が進むとこの部分の働きが強まり、恐怖の出力が中心核に届きにくくなります。厳密にはBLAの内部構造ではありませんが、BLA全体の出力制御という意味では一体のものとして捉えるべき部分です。

一つのゲインではなく、複数の抑制が支えている

ここまでの話をまとめると、BLAの細胞は大きく二種類に分けられます。出力を担う主細胞と、その主細胞のどこを、いつ黙らせるかによって意味を変える抑制細胞です。損失回避の罰信号とは、特定の主細胞の集団が線条体や前頭前野へと送り出す値であり、その値が大きくなりすぎないよう、PV型、SST型、VIP型という性質の異なる抑制細胞が、それぞれ異なる時間・空間のスケールで制御しています。ノルアドレナリンは、この回路全体のゲインを引き上げる側に働きます。

私はこの構造を知って、企業のガバナンスと重なるところがあると感じました。一つの「見張り役」だけがすべてを抑えているのではなく、タイミングを止める役、入力そのものを選別する役、そして他の抑制役を必要な瞬間だけ解除する役――性質の異なる複数の制御が重なり合うことで、暴走も硬直も防いでいる。社外取締役、監査役、株主、そして司法という異なる性質のチェック機能が、それぞれ違う場面・違う速度で働くことの意味を、この回路は静かに教えてくれているように思います。


参考文献

  • Spampanato, J., Polepalli, J., & Sah, P. (2011). Interneurons in the basolateral amygdala. Neuropharmacology, 60(5), 765-773.

  • Wolff, S. B. E., et al. (2014). Amygdala interneuron subtypes control fear learning through disinhibition. Nature, 509(7501), 453-458.

  • Krabbe, S., Gründemann, J., & Lüthi, A. (2018). Amygdala inhibitory circuits regulate associative fear conditioning. Biological Psychiatry, 83(10), 800-809.

  • マイケル・ルイス『後悔の経済学』渡会圭子訳、文春文庫