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【山中裕の経済学サロン】扁桃体の遺伝子地図――興奮細胞は勾配で、抑制細胞は離散で分かれる

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前回は細胞のタイプを機能から見ました。今回はその同じ細胞たちを、遺伝子発現という別の切り口から見直します

皆さん、こんにちは。前回、扁桃体基底外側核(BLA)には出力を担う主細胞と、それを制御する複数の抑制細胞があるという話をしました。今回は、これらの細胞をマウスの単一細胞・単一核RNA解析でどう見分けているのか、遺伝子発現という切り口から整理してみたいと思います。少し専門的ですが、この地図があると、後の話が具体的になります。

まず全体の身分証明書

どんな細胞であれ、ニューロンには共通して働く遺伝子があります。BLAの主細胞、つまり興奮性のグルタミン酸細胞は、ほとんどがVGLUT1という輸送体の遺伝子を発現しています。VGLUT2という別の輸送体は、内側核や皮質核側でよく見られ、BLA本体とは少し性質が異なります。抑制性の細胞は、GABAを作る酵素の遺伝子や、GABAを小胞に詰め込む輸送体の遺伝子で見分けられます。神経細胞以外にも、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの前駆細胞、ミクログリアといった支持細胞があり、それぞれに固有のマーカー遺伝子があります。

興奮細胞――空間が遺伝子になる

ここが今回の面白いところです。BLAの主細胞を遺伝子で分類しようとすると、きれいに「オンかオフか」に分かれるのではなく、空間的な位置と遺伝子発現が緩やかに対応していることが分かります。一番粗い切れ目は、外側核と基底核という解剖学的な区分で、次に前部と後部という区分が来ます。完全な境界線というより、勾配の両端が、それぞれ違う機能を担っているように見える、というのが最近の理解です。

前部の基底核には、負の価――つまり嫌なもの、避けたいものを表現する細胞群が多く分布しています。核となる遺伝子マーカーはRspo2で、これと一緒によく発現するのがSema3e、Etv1、Satb1、Neurod6などです。形態としては大型で、入力に対する電気的な抵抗が低いという特徴があり、恐怖条件づけの実験では、最も強く活動を示す集団の一つになります。

後部の基底核には、対照的に正の価――快いもの、近づきたいものに関わるとされる細胞群があるとされてきました。かつてはPpp1r1b(通称DARPP-32)という遺伝子が代表的なマーカーとされていましたが、より精度の高い単一核RNA解析では検出が弱く、抑制細胞でも発現が見られるなど、価を二分するマーカーとしての信頼性は当初考えられていたほど強くないことが分かってきています。

外側核寄りには、Lypd1、Rorb、Cdh13といった遺伝子を発現する細胞群があります。興味深いのは、Rorbという遺伝子が、大脳皮質の層を区別するために使われるマーカーの一つであり、それがBLAでも前部の外側核に濃く発現しているという点です。進化的に、皮質の構造を作る仕組みが、扁桃体でも流用されているように見えます。

基底核全体で高く出る遺伝子と外側核で高く出る遺伝子を比べると、大きく二つの興奮性細胞クラスターを分ける遺伝子のセットが見えてきます。ある研究では、実に400を超える遺伝子が、この二大クラスターの境界を形作っていると報告されています。なお、Fezf2という遺伝子が「価を決めるマーカー」として提案されたこともありましたが、その後の研究では基底核に広く発現し、負の価を担うRspo2細胞にも乗ってしまうことが分かり、単純な二分法のマーカーとしては粗すぎることが明らかになっています。

抑制細胞――離散したマーカーで分かれる

興奮細胞が緩やかな空間勾配で分かれるのに対して、抑制細胞は分子のクラスとしてかなりはっきり分かれます。細胞体やその近くを抑えるPVバスケット細胞・シャンデリア細胞は、パルブアルブミンという遺伝子(Pvalb)で標識できます。遠位の樹状突起を抑えるSST細胞は、ソマトスタチン遺伝子(Sst)で標識され、一部はNPYも発現します。CB1受容体(Cnr1)を持つ大型のCCK細胞は、BLAにおけるカンナビノイド受容体発現の主な座になっています。そして脱抑制を担うVIP・カルレチニン系の細胞は、それぞれの遺伝子で明確に区別できます。

ここで一つ注意しておきたいのは、Ppp1r1bという遺伝子です。この遺伝子は、扁桃体の中心核にある中型のスパイニー細胞――皮質線条体系に似た細胞群で、こちらの方が本来の主要なマーカー遺伝子としての役割を持っています。BLAの主細胞の「価」を語るマーカーとして使うときには、このCeA側の文脈と混同しないよう注意が必要です。

恐怖学習で動く遺伝子

恐怖の学習が成立するとき、活性化したBLAの細胞、とりわけ前部のRspo2細胞では、一群の即時初期遺伝子が揃って発現量を上げます。Fos、Egr1、Arc、Bdnf、Homer1といった、軸索の伸長やシナプスの可塑性、発生プログラムに関わる遺伝子群です。これは単一の遺伝子が動くのではなく、機能的なモジュールとして再起動していると理解するのが正確です。重要なのは、BLAのすべての細胞型が一様に反応するわけではなく、学習した瞬間に活動する集団と、隣接していながら黙ったままの集団とが、はっきり分かれるという点です。

実務的な読み方と、ヒトへの外挿の限界

実験でこれらの細胞を狙って調べる場合、いま最も再現性が高い組み合わせは、前部基底核の回避系主細胞をRspo2で、外側核の主細胞をLypd1やRorbで、抑制系をPvalb・Sst・Vip・Cnr1で、そして実際に活動した痕跡をFosやArcを重ねて捉える、というやり方です。

ただし、ここまでの地図はほぼマウスのデータに基づいています。ヒトの扁桃体でも、VGLUT1やPV/SST/VIPといった大分類、そしてRorbの勾配といった骨格は保存されていると考えられていますが、Rspo2とPpp1r1bによる「負と正」の二分法を、そのままヒトに当てはめるのはまだ時期尚早です。この点は、次回以降お話しするRspo2細胞や報酬細胞の話を読むときにも、頭の片隅に置いておいていただきたいと思います。


参考文献

  • Kim, J., Pignatelli, M., Xu, S., Itohara, S., & Tonegawa, S. (2016). Antagonistic negative and positive neurons of the basolateral amygdala. Nature Neuroscience, 19(12), 1636-1646.

  • O'Leary, T. P., et al. (2020). Neural circuit conversion of a stimulus into a perception. eLife.

  • Hochgerner, H., et al. (2023). Neuronal types in the mouse amygdala and their transcriptional response to fear conditioning. Nature Neuroscience, 26(12), 2237-2249.

  • Lim, B. K., et al. (2024). Molecular and functional diversity of amygdala neurons. Nature Communications.