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合理性の公理を実験で検証した研究者――『かくて行動経済学は生まれり』を読む 第3章「エイモス・トヴェルスキーは発見する」

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合理的な選択とは何か。経済学は、この問いに数学の言葉で答えてきた。

選好には一貫性があり、AをBより好み、BをCより好むなら、AをCより好む。こうしたいくつかの性質を「公理」として置けば、合理的な人間の選択は、数式によって厳密に記述できる。経済学の多くの理論は、この公理の体系の上に築かれている。

では、その公理は、現実の人間の選択によって確かめられているのだろうか。同書の第3章が描くエイモス・トヴェルスキーは、まさにこの問いに、実験という方法で向き合った研究者である。本稿では、第3章の記述を確認したうえで、トヴェルスキーの初期の研究を「公理の検証」という観点から整理し、非上場株式の評価における比較の方法への示唆を検討する。

問題の所在――前提を疑うことの難しさ

理論の前提となる公理は、通常、それ自体を検証の対象とはしない。公理は、理論を組み立てるための出発点であり、もっともらしい性質として受け入れられるものだからである。

しかし、前提が現実と食い違っていれば、その上に築かれた理論の予測や政策的な含意も、現実から離れていく。公理を疑うことは、理論全体の妥当性を問うことでもある。

この作業を、外からの批判ではなく、理論と同じ数学の言葉を用いて内側から行った点に、トヴェルスキーの研究の特色がある。

原著の記述――パラシュート部隊の将校から数理心理学者へ

第3章は、トヴェルスキーと親しくなる心理学者の回想から書き起こされる。ヘブライ大学の心理学科への入学を待つ学生の列に、年齢よりずっと若く見える、小柄な兵士がいた。パラシュート部隊の赤いベレー帽をかぶった、その若者がトヴェルスキーであった。

1937年にハイファで生まれたトヴェルスキーは、建国期のイスラエルの若者の典型として描かれる。十代で青年組織に参加し、志願してパラシュート部隊に加わり、やがて小隊長となった。1956年の訓練中には、爆発物の事故に巻き込まれかけた部下を救い、自らも負傷している。この行動により、彼は勇敢さをたたえる勲章を受けた。

ヘブライ大学を1961年に卒業したトヴェルスキーは、米国のミシガン大学に進み、1965年に博士号を取得した。同大学は当時、人間の判断や選択を数理的に扱う研究の拠点の一つであり、トヴェルスキーはそこで、選択と比較の理論を数式で厳密に記述する研究に取り組んだ。

原著は、周囲の研究者がトヴェルスキーを、議論の弱点を瞬時に見抜く比類のない知性の持ち主として見ていたことを伝えている。同時に、ユーモアを交えて人を惹きつける人物でもあった。人間の判断を形式的な規則として捉えようとするトヴェルスキーの姿勢は、自らの判断の誤りから出発するカーネマンとは、好対照をなしていた。

研究の整理――トヴェルスキーの初期の三つの研究

以下では原著から離れ、カーネマンとの共同研究が本格化する以前のトヴェルスキーの業績を、公理の検証という観点から整理する。

・1969年「選好の非推移性」(『サイコロジカル・レビュー』):推移性の公理が、実験において系統的に破られる条件を示した。選択肢の間のわずかな差が無視され、別の属性に基づいて比較が行われると、比較の順序によって選好が循環しうる。

・1972年「属性による逐次除去」(同誌):人が多くの選択肢から一つを選ぶとき、重要と考える属性を一つずつ取り上げ、その基準を満たさない選択肢を順に除外していくという選択のモデルを提示した。このモデルでは、どの属性から検討を始めるかによって、最終的な選択が変わりうる。

・1977年「類似性の特徴」(同誌):二つの対象の類似性は、どちらを基準にして比べるかによって非対称になりうることを示し、共有する特徴と固有の特徴の重みづけによって類似性を説明するモデルを提示した。

これらに加え、トヴェルスキーは測定理論の体系書『測定の基礎』(1971年)の共著者でもある。人間の判断を定量的に扱うための理論的な基盤を整えた研究者であったことが、のちの共同研究に厳密さを与えることになった。

評価――「どう比べるか」が「何を選ぶか」を決める

三つの研究に共通しているのは、人間の選択の結果が、選択肢そのものの価値だけでなく、比較の手続きによって左右されるという発見である。

推移性が破られるのは、比較の順序が選好に影響するからである。属性による逐次除去では、検討する属性の順序が結論を決める。類似性の非対称性は、何を基準に比べるかという枠組みが、判断の中身を変えることを示している。

ゲーリー・ベッカーらの合理的選択理論は、各人が安定した選好を持ち、それに従って選択すると想定する。トヴェルスキーの研究は、この想定に対し、選好は比較の過程の中で「構成される」側面を持つという見方を提示した。

この見方は、経済理論にとどまらず、制度設計にとって重要な含意を持つ。比較の手続きが結論を左右するのであれば、手続きの設計そのものが、結論の公正さを左右することになるからである。

ただし、第3章の時点のトヴェルスキーは、合理的な選択の理論を精緻化する立場にもあった。人間の判断の誤りそのものを研究の中心に置くようになるのは、カーネマンとの出会い以降である。本連載の第5章以降を扱う回で、その転換を確認する。

含意――非上場株式の評価における「比較対象の選定」

トヴェルスキーの研究は、非上場株式の評価において「比較」が果たす役割を考えるうえで、示唆に富む。

非上場株式の評価では、事業内容の類似した上場企業や業種の指標を参照する方法が広く用いられる。相続税の財産評価における類似業種比準方式や、類似上場会社の株価倍率を用いる方法がその例である。

これらの方法では、どの企業や業種を「類似」とみなすかが、評価額を大きく左右する。トヴェルスキーが示したとおり、類似性の判断は、どの特徴に注目するかによって変わりうる。売上の規模、事業の構成、収益性、地域性のいずれを重視するかによって、選ばれる比較対象は異なり、評価額も変わる。

また、評価の過程で複数の算定方法を検討し、条件に合わないものを順に除外していく場合、どの基準から検討を始めるかによって、最終的に採用される方法が変わる可能性がある。これは、属性による逐次除去と同じ構造である。

以上から、評価の手続きについて、次のような要請を導くことができる。

・比較対象の選定基準を、評価の前に明示すること

・選定基準を変えた場合に評価額がどの程度変動するかを、感応度として示すこと

・算定方法を除外した理由を、検討の順序とあわせて記録すること

・比較対象の選定について、利害関係のない第三者が検証できるようにすること

比較の手続きが結論を左右する以上、評価の公正さは、評価額そのものだけでなく、比較の過程の透明性によって担保されなければならない。

次回は第4章を取り上げ、カーネマンの知覚と注意の研究が、のちの判断研究にどのような視点をもたらしたのかを検討する。

「どう比べるか」が「何を選ぶか」を決める。比較の手続きの透明性こそが、評価の公正さの基礎である。

※原著の記述に関する部分は、原著の目次、出版社による内容紹介、公開されている書評・要約などに基づく。

関連URL・参考資料

・マイケル・ルイス著、渡会圭子訳『かくて行動経済学は生まれり』(文藝春秋、2017年7月)

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163906836

・SuperSummary「The Undoing Project: Chapter 3 Summary」

https://supersummary.com/the-undoing-project/chapter-3

・Amos Tversky「Intransitivity of preferences」(Psychological Review、1969年)

・Amos Tversky「Elimination by aspects: A theory of choice」(Psychological Review、1972年)

・Amos Tversky「Features of similarity」(Psychological Review、1977年)

・David H. Krantz, R. Duncan Luce, Patrick Suppes, Amos Tversky『Foundations of Measurement, Vol. I』(Academic Press、1971年)

・国税庁 タックスアンサー「No.4638 取引相場のない株式の評価」

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4638.htm