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AIは雇用を奪うのか、企業の生産性を高めるのか――技術革新の方向を決める経済的な仕組み

AIの導入が進むなか、企業は人間の仕事を自動化する技術と、従業員の能力を高める技術のどちらに投資すべきなのか。技術革新は生産性の向上をもたらす一方、雇用や賃金、企業の競争力にも影響する。2025年10月、経済学術誌『Oxford Review of Economic Policy』に掲載された経済学者ダニエル・サスキンド(Daniel Susskind)の論文「Directed Technological Change: A History and a Critical Agenda」は、技術革新がどのような方向へ進むのかを、経済学の歴史と理論から考察している。
論文の中心にあるのは、技術進歩には「量」だけでなく「方向」があるという考え方だ。企業は価格や市場の需要、期待される収益などを踏まえて投資先を選び、政府の税制や補助金、研究助成もその判断に影響する。AIが人間の仕事を代替する方向へ発展するのか、それとも人間の能力を補完する方向へ進むのかを考えるうえでも、こうした仕組みが重要になる。
技術革新の方向を決める価格と市場規模
技術開発の方向が経済的な条件によって変わるという考え方は、1932年に経済学者ジョン・ヒックスが示した「誘発的技術進歩」にさかのぼる。労働力などの生産要素が相対的に高価になると、それを節約する技術を開発する誘因が強まるという考え方である。
その後、経済学者ダロン・アセモグルらは、技術開発の方向を左右する要因として、価格に加えて市場規模の重要性を理論的に示した。高価な生産要素を節約する技術には経済的な利点がある一方、利用する企業や労働者が多い技術ほど、大きな市場が期待できる。
例えば、人件費の高い産業では省力化技術への投資が魅力的になる可能性がある。しかし、利用者が多く、販売機会が豊富な分野では、人間の作業を支援する技術の開発にも利益が見込める。どちらが選ばれるかは、開発費用や将来の市場、期待収益などによって異なる。
英国産業革命が示した機械化の経済的な理由
論文では、技術革新の方向を考える歴史的な事例として英国産業革命が取り上げられている。経済史家ロバート・アレンは、当時の英国では賃金が比較的高く、石炭などのエネルギーが安価だったことが、労働力を節約する機械の開発を促したと説明した。
人を雇う費用が高く、機械を動かす費用が安ければ、機械化によって生産費用を抑えられる可能性が高まる。こうした条件が、蒸気機関や紡績機械などの開発・導入を経済的に有利にしたという見方である。
この事例で重要なのは、技術革新を発明家の能力だけでは説明できないという点だ。優れた技術が開発可能であっても、その技術を利用して十分な利益が得られなければ、開発や普及が進むとは限らない。産業革命の歴史は、技術の発展と当時の経済環境との関係を考える材料となっている。
AIの開発は人間の仕事を代替する方向へ進むのか
今回の論文で注目されるのが、AIの開発目標や評価基準が技術革新の方向に与える影響である。
AIには、人間が行ってきた作業を機械に置き換える「代替」と、人間の判断や能力を高める「補完」という二つの働きがある。例えば、定型的な書類処理を自動化する技術は人間の作業の一部を代替する。一方、医師の診断を支援するAIや、技術者の設計を補助するAIは、人間の能力を補完する使い方と考えられる。
サスキンドは、AI研究で何を成功と評価するかによっても、開発の方向が変わる可能性を指摘している。画像認識技術の性能を競った「ImageNet」では、画像内の物体をどれほど正確に識別できるかが重要な評価基準となった。2015年には、競技の優勝システムが比較対象とされた人間の認識精度を上回った。
こうした人間の能力との比較は、AI研究の進歩を測る指標になる一方、人間が担ってきた作業を機械に置き換える方向への研究を促す可能性もある。ただし、高い認識精度を持つAIが必ず雇用を減らすわけではない。実際の影響は、企業がその技術をどのような業務で利用するかによって異なる。
自動化が企業の雇用と投資判断に与える影響
技術を導入した後の影響を事前に予測することは難しい。論文では、その例として銀行の現金自動預払機(ATM)が取り上げられている。
ATMは銀行窓口での現金取扱業務を自動化したが、支店運営の費用を引き下げ、銀行員が別の顧客対応業務を担う余地も生んだ。米国ではATMの普及期に銀行窓口係の雇用が増加した時期もあった。ただし、その変化には支店数の増加や銀行業務の変化など複数の要因が関係しており、雇用増加をATMの導入だけで説明することはできない。
この事例は、一部の作業が自動化されても、職業全体が直ちに消滅するとは限らないことを示している。一方、当初は人間を支援していた技術が、性能向上によって後に人間の作業を代替する可能性もある。
企業がAI投資を判断する際には、導入費用や人件費の削減効果だけでなく、業務の品質、従業員の技能、新たな収益機会、長期的な投資回収の見通しも重要になる。株主や投資家にとっても、AIへの投資額だけではなく、その投資がどのように企業価値の向上につながるかを確認する必要がある。
もっとも、これらは論文の理論から考えられる企業経営上の示唆であり、サスキンドが個別企業のAI投資の収益性を直接検証したものではない。
技術革新の方向を社会はどう選ぶのか
今回の論文は、新たな企業データを用いてAI導入の効果を実証した研究ではない。技術進歩の方向に関する経済学の理論と歴史を整理し、その政策的な意味と限界を検討した論文である。
サスキンドは、税制や補助金、規制、研究評価の仕組みによって、技術開発の方向に影響を与えられる可能性を指摘する。しかし、既存産業や企業の利害が関係するため、政策による誘導は容易ではない。また、新しい技術が将来どのような影響をもたらすかを正確に予測することも難しい。
さらに、どのような技術革新を優先するべきかという問題が残る。雇用の維持、経済成長、労働時間の短縮、環境保護など、社会が重視する目的は一つではない。企業に利益をもたらす技術が、必ずしも社会全体にとって望ましい結果を生むとは限らないのである。
技術革新を評価するうえでは、新しい技術の性能や開発速度だけでなく、それが何を実現し、誰にどのような影響をもたらすのかを考える必要がある。 サスキンドの論文は、AI投資が拡大する時代に、企業の収益性と社会的な影響の双方から技術の方向を考える重要性を示している。
【紹介論文・学術誌公式目次】
Directed Technological Change: A History and a Critical Agenda
Oxford Review of Economic Policy, Vol. 41, No. 2, pp. 313–325.
【紹介論文・書誌情報】
Directed Technological Change: A History and a Critical Agenda
【先行研究・マサチューセッツ工科大学(MIT)全文PDF】
The Review of Economic Studies, Vol. 69, No. 4, pp. 781–809.
【先行研究・英国経済史学会】
The Economic History Review, Vol. 64, No. 2, pp. 357–384.
【関連研究・米国経済学会】