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株主の権利は、誰のために制限されるのか 自民党「成長志向型ガバナンス」を検証する全20回 【第5回】株主提案の「内容制限」とは何か

  議案の入口規制が、市場規律に与える影響

 株主提案制度の見直しには、大きく二つの方向がある。
一つは、株主提案権や臨時株主総会の招集請求権を行使するための保有比率、議決権数、保有期間などの「要件」を厳格化する方向である。もう一つは、株主が提案できる議案の「内容」そのものを制限する方向である。

 第4回では、臨時株主総会の招集請求要件を、現行の総議決権3%以上から5%以上へ引き上げる議論について検証した。

 3%から5%への変更は、単なる2ポイントの引き上げではない。必要な持分は約1.67倍となり、大型上場企業では数百億円単位の追加負担を生む可能性がある。これは、株主権の行使コストを大きく引き上げ、市場規律を弱める制度変更である。第5回で取り上げるのは、さらに重要な問題である。

それは、株主提案の内容制限である。政府・自民党の「成長志向型コーポレートガバナンス改革プロジェクトチーム」をめぐっては、臨時株主総会の招集請求や株主提案権の要件厳格化だけでなく、業務執行に関する株主提案を制限する方向も報じられている。一見すると、この議論には合理性があるように見える。会社の日常的な業務執行は、株主総会ではなく取締役会や経営陣が担うべきである。株主が個別の経営判断に過度に介入すれば、意思決定が遅れ、経営の機動性が損なわれる。この考え方自体は否定できない。

しかし、問題は、何を「業務執行」と見るのかである。企業価値、資本効率、少数株主保護、利益相反、情報開示、リスク管理に関わる重要問題まで「業務執行」として扱われれば、株主提案は入口で排除される可能性がある。その場合、株主提案制度は形式上残っていても、実質的な市場規律としての機能を失う。

 株主提案権は、すでに一定の制約を受けている

まず確認すべきは、現行の株主提案権が無制限の制度ではないという点である。
会社法303条は、取締役会設置会社において、総株主の議決権の1%以上、または300個以上の議決権を、6か月前から継続して保有する株主に対し、一定の事項を株主総会の目的とするよう請求する権利を認めている。

また、会社法305条は、株主総会の日の8週間前までに、株主が提出しようとする議案の要領を他の株主に通知するよう会社に請求できると定めている。つまり、株主は自由に、無制限に、思いつきで議案を提出できるわけではない。
保有比率の要件がある。議決権数の要件がある。6か月の継続保有要件がある。8週間前までの提出期限がある。さらに、法令や定款に違反する議案、株主共同の利益を害する目的の提案、過去に実質的に同一の議案が一定の賛成を得られなかった場合などには、一定の制限が存在する。

したがって、株主提案制度はすでに一定の濫用防止措置を備えている。この制度に対して、さらに「提案できる内容」まで制限するのであれば、政策立案側は、なぜ現行制度では不十分なのかを具体的に示す必要がある。単に「アクティビストが増えている」「企業側の負担が重い」「短期主義を防ぐ必要がある」といった抽象的な説明だけでは、株主権の制限を正当化する根拠として不十分である。

 取締役会設置会社における株主総会の権限

 株主提案の内容制限を理解するには、取締役会設置会社における株主総会の権限を確認する必要がある。会社法295条2項は、取締役会設置会社において、株主総会は会社法に規定する事項と定款で定めた事項に限り、決議できると定めている。これは、取締役会設置会社では、日常的な業務執行の意思決定を取締役会に委ねるという制度設計を意味する。したがって、株主総会が会社のあらゆる業務判断を直接決定できるわけではない。この仕組み自体は合理的である。上場企業のように多数の株主が存在する会社で、個別の事業判断や日常的な業務執行をすべて株主総会に委ねることは現実的ではない。

しかし、この権限分配を理由に、株主提案の内容を広く制限することには慎重でなければならない。なぜなら、企業価値に関わる重要問題の多くは、形式上は業務執行と関係しているからである。

資本政策。政策保有株式。不採算事業の撤退。親子上場。利益相反取引。役員報酬。情報開示。気候変動リスク。人権リスク。政治献金。
これらはいずれも経営判断に関わる。

しかし同時に、株主共同の利益、資本効率、企業価値、市場からの信頼に直結する重要論点でもある。この領域をすべて「業務執行」として株主提案から排除すれば、株主総会は市場規律の場として機能しにくくなる。

 なぜ定款変更議案という形式が使われるのか

 日本の会社法上、取締役会設置会社では、株主総会の決議事項が限定されている。そのため、株主が企業の方針やガバナンスに関する問題を総会に持ち込む際、定款変更議案という形式が使われることがある。

たとえば、政策保有株式の縮減を求める提案。気候変動リスクへの対応を求める提案。役員報酬の透明性を高める提案。親子上場に伴う利益相反への対応を求める提案。政治献金の開示を求める提案。サプライチェーン上の人権リスクへの対応を求める提案。

これらは、会社の個別業務を株主が直接執行するための提案ではない。むしろ、会社の基本方針、資本政策、ガバナンス、リスク管理、説明責任に関する提案である。

しかし、会社側から見れば、これらは「業務執行への介入」と位置づけやすい。ここに制度上の緊張関係がある。会社側は、取締役会の権限を守るという名目で、株主提案を制限したい。株主側は、取締役会や経営陣が十分に説明責任を果たしていない問題について、株主総会で議論したい。この対立は、企業統治そのものの問題である。

重要なのは、株主提案が経営を直接支配する制度ではないという点である。株主提案は、株主総会で他の株主に判断を求める制度である。会社側はその提案に反論できる。経営陣は、自社の方針が合理的であることを説明できる。それにもかかわらず、議論の前段階で提案そのものを排除するなら、市場による検証機能は弱まる。

 「業務執行」という概念の広さ

 内容制限の最大の問題は、「業務執行」という概念の広さである。企業活動の多くは、広い意味で業務執行に関係している。

事業投資も業務執行である。M&Aも業務執行である。資本政策も業務執行と関係する。保有株式の売却も業務執行と関係する。人権対応や気候変動対応も業務執行と関係する。政治献金や情報開示も業務執行と関係する。

 このように考えると、業務執行に関係しない企業課題の方が少ない。では、政策保有株式の縮減を求める提案は、業務執行への過度な介入なのか。

不採算事業の撤退を求める提案は、業務執行への過度な介入なのか。親子上場や支配株主との利益相反を問題にする提案は、業務執行への過度な介入なのか。役員報酬や政治献金の透明化を求める提案は、業務執行への過度な介入なのか。これらは、会社側から見れば経営判断に関わるテーマである。

 しかし、投資家から見れば、企業価値やガバナンスに関わる重要な監視対象である。基準が曖昧なまま内容制限を導入すれば、経営陣にとって不都合な提案が「業務執行への介入」として処理される可能性がある。

その結果、株主総会で本来議論されるべき課題が、入口で排除される。これは企業統治の強化ではない。市場規律の後退である。

 経済界の主張と、その制度的リスク

経済界側は、業務執行事項に関する定款変更議案の制限を求めている。

その主張は、取締役会設置会社の業務執行は本来取締役会が担うべきであり、定款変更の形式を使って業務執行事項に関する議案提出を認めると、会社法295条2項の趣旨が損なわれるというものである。この論理には一定の整合性がある。

株主総会が日常的な業務執行を直接決めるようになれば、取締役会制度の意味は薄れる。しかし、ここで問題となるのは、会社側の主張が過度に広がる場合である。経営陣にとって不都合な提案ほど、「業務執行への介入」と表現しやすい。

 政策保有株式を保有し続けたい会社にとって、縮減を求める提案は介入に見える。不採算事業を続けたい経営陣にとって、撤退を求める提案は介入に見える。親会社や支配株主との取引を維持したい企業にとって、利益相反取引の見直しを求める提案は介入に見える。役員報酬や政治献金の透明化を避けたい会社にとって、開示を求める提案は介入に見える。

しかし、投資家から見れば、これらはいずれも企業価値や資本市場の信頼に関わる正当な論点である。会社側の判断だけで提案を排除できる余地が広がれば、経営陣に事実上の拒否権を与えることになる。制度設計上、このリスクは極めて大きい。

 株主提案は可決されなくても機能する

 株主提案の意義は、議案の可決に限られない。むしろ、株主提案は、企業が抱える課題を市場に可視化する機能を持つ。議案が否決されたとしても、一定の賛成率を得れば、それは経営陣に対する重要なシグナルとなる。たとえば、政策保有株式の縮減を求める議案が30%の賛成を得た場合、その議案は否決されるかもしれない。

しかし、3割の株主がその問題に賛成したという事実は、経営陣に説明責任を生じさせる。
役員報酬の透明化。親子上場に伴う利益相反。気候変動リスク。人権リスク。政治献金。不採算事業の継続。

これらの議案も同じである。可決されなくても、株主提案は企業と市場の対話を生む。 取締役会は反論できる。経営陣は説明できる。他の株主は判断できる。市場は会社の対応を評価できる。これこそが、株主提案制度のガバナンス機能である。

 提案内容を入口で制限すれば、この対話そのものが減る。それは会社側にとっては負担軽減かもしれない。

 しかし、資本市場にとっては情報量の減少であり、市場規律の低下である。

 勧告的決議は代替手段になり得るのか

 株主提案の内容制限と関連して、勧告的決議の導入や整理が論点になる可能性がある。勧告的決議とは、会社に直接の法的義務を負わせるものではなく、株主総会としての意見や要望を示す決議である。この制度が適切に設計されるなら、一定の意義はある。

 株主が経営方針、資本政策、情報開示、サステナビリティ、少数株主保護などについて、会社に意見を示す手段になり得るからである。しかし、勧告的決議が株主提案権の実質的な代替となるかは、制度設計次第である。

もし、定款変更議案を制限する一方で、勧告的決議については法的拘束力がないことだけが強調されるなら、株主の影響力は大きく弱まる。会社側は、勧告的決議が可決されても、法的拘束力がないとして対応を先送りする可能性がある。これでは株主提案権の代替にはならない。

勧告的決議を制度化するのであれば、少なくとも一定の賛成率を得た提案について、会社側に対応方針の説明や開示を求める仕組みが必要である。そうでなければ、勧告的決議は、株主権を弱めるための受け皿として利用されかねない。

 濫用防止と正当な提案の排除は別である

 株主提案権に濫用事例が存在することは否定できない。会社経営と関係が薄い提案。嫌がらせ目的の提案。極端に多数の議案提出。法令や定款に反する提案。株主共同の利益を害する目的の提案。こうした提案について、一定の制限を設けることは制度の健全化として理解できる。

 しかし、濫用防止と、経営陣に不都合な提案の排除は明確に区別されなければならない。前者は市場の公正性を高める。後者は市場規律を弱める。特に、企業統治上重要な提案は、経営者にとって不快であることが多い。

 政策保有株式を減らすべきだ。親子上場を見直すべきだ。利益相反取引を開示すべきだ。不採算事業から撤退すべきだ。役員報酬を透明化すべきだ。政治献金を開示すべきだ。人権リスクや気候変動リスクに対応すべきだ。

 これらは経営陣にとって耳の痛い提案である。しかし、不快であることと、不当であることは異なる。企業統治に必要なのは、経営者にとって快適な株主総会ではない。不都合な論点も含めて、公開の場で議論される株主総会である。

内容制限によって利益を得る主体

 制度変更を評価する際には、常に誰が利益を得るのかを分析しなければならない。株主提案の内容が制限された場合、最も直接的に利益を得るのは、株主から厳しい提案を受けたくない経営陣である。

政策保有株式を抱え続けたい企業。低い資本効率を問われたくない経営陣。親子上場や利益相反取引を追及されたくない企業グループ。役員報酬の透明性を高めたくない取締役会。不採算事業を温存したい経営者。政治献金やサプライチェーン上のリスクを総会で議論されたくない会社。こうした企業にとって、株主提案の内容制限は大きな防御手段となる。なぜなら、株主総会で議論される前に、提案を入口で排除できる可能性があるからである。

 一方で、不利益を受けるのは、企業価値向上を求める投資家である。
少数株主。独立系ファンド。中小規模の機関投資家。長期保有の株主。ガバナンス改善を求める外部株主。株主提案権は、企業に対する敵対行為ではない。

 経営陣に説明責任を果たさせ、他の株主に判断材料を提供し、市場に企業課題を可視化する制度である。その内容を狭めることは、株主の発言機会を減らすだけでなく、市場全体の情報生産機能を弱める。

 必要なのは入口規制ではなく、透明な基準と説明責任である

 

問題のある株主提案に対応する必要があるなら、求められるのは入口規制の拡大ではない。透明な基準と説明責任である。

何が濫用にあたるのか。何が業務執行への過度な介入なのか。何が企業価値やガバナンスに関わる正当な提案なのか。
これらの基準を、会社側の恣意的判断に委ねてはならない。また、会社が株主提案を拒否する場合には、拒否理由を具体的に開示すべきである。単に「業務執行に関する事項である」と説明するだけでは不十分である。

なぜ株主総会で議論されるべきではないのか。企業価値や株主共同の利益と無関係なのか。法令や定款に違反するのか。濫用的な目的があるのか。

こうした理由を明確に示す必要がある。さらに、一定の賛成率を得た株主提案については、会社側に対応方針の説明を求める制度も検討すべきである。

 株主提案は、可決か否決かだけで評価されるものではない。一定の賛成票は、市場からの重要なシグナルである。そのシグナルに会社がどう対応するのか。この説明責任こそ、コーポレートガバナンスの中核である。

 株主提案の入口を閉じることは、市場規律を弱める

 アクティビストのすべてが正しいわけではない。短期的な利益を重視しすぎる提案もある。企業の長期投資を軽視する議案もあるだろう。しかし、経営者のすべてが正しいわけでもない。

経営者は失敗する。取締役会は機能不全に陥る。政策保有株式は温存される。親子上場で少数株主が不利益を受ける。利益相反取引が見過ごされる。不採算事業が継続される。

だからこそ、株主提案権が必要である。株主提案の内容制限は、単なる制度整理ではない。
どの問題を株主総会で議論できるのか。どの問題を会社側が入口で排除できるのか。市場がどこまで経営陣に説明を求められるのか。

これらを左右する重大な制度変更である。この境界を誤れば、株主総会は企業統治の場ではなく、経営陣にとって都合のよい議案だけが並ぶ場になる。コーポレートガバナンスとは、経営者を株主から守る制度ではない。経営者が企業価値を高める責任を果たしているかを検証し、必要に応じて修正を促す制度である。

 株主提案権は、そのための重要な入口である。不都合な提案を「業務執行への介入」と呼び、株主総会に出る前に排除する。そのような制度になれば、「成長志向型ガバナンス」は、市場規律を強化する制度ではなく、経営者保護型ガバナンスへと変質する。

株主提案の入口を閉じてはならない。資本市場に必要なのは、経営者にとって快適な無風状態ではない。必要なときに経営者へ説明を求め、企業価値を問い直す株主の存在である。その発言機会を制度的に狭めることは、日本企業のガバナンス改革を後退させる。

【 関連URL・参考資料】

法務省「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」
法務省「法制審議会 会社法制(株式・株主総会等関係)部会」
経団連「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案に対する意見」
会社法 第295条「株主総会の権限」解説
会社法 第303条「株主提案権」解説
会社法 第304条「株主総会における議案の提出」解説
会社法 第305条「議案要領通知請求権」解説
Wikipedia「株主総会」
Wikipedia「株主」
Wikipedia「会社法」
Wikipedia「コーポレート・ガバナンス」

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