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【小林ふみあき議員に捧げる批判】株主の権利は、誰のために制限されるのか  自民党「成長志向型ガバナンス」を検証する全20回  【第7回】株主還元は企業価値を毀損するのか

 資本配分、成長投資、経営者責任の再検証

 株主還元は、本当に企業価値を毀損するのか。

この問いは、近年の日本企業のコーポレートガバナンスを考えるうえで避けて通れない。
配当の増額。自社株買い。余剰資金の返還。アクティビスト、いわゆる「物言う株主」は、しばしばこうした株主還元を企業に求める。

企業側から見れば、それは成長投資を妨げる短期主義に見えることがある。研究開発、人材投資、設備投資、新規事業、海外展開、DX、脱炭素、知的財産投資。企業が中長期的な競争力を高めるためには、これらの投資が不可欠である。そのため、株主還元を過度に求める投資家が、企業の将来成長を損なうという批判には一定の合理性がある。

しかし、この議論は慎重に扱わなければならない。株主還元は、常に企業価値を毀損するわけではない。同時に、成長投資は、常に企業価値を高めるわけでもない。重要なのは、還元か投資かという単純な二分法ではない。企業が資本をどこに配分すれば、最も企業価値を高められるのかという資本配分の問題である。そして、その資本配分について、経営者が十分な説明責任を果たしているのかという問題である。

株主還元は資本政策の一部である

まず確認すべきは、株主還元そのものは異常な行為ではないという点である。配当も自社株買いも、株式会社における正当な資本政策である。企業が利益を上げ、必要な投資を行ったうえで、なお余剰資本を抱えている場合、その資本を株主に返すことは合理的な選択肢である。会社は、資本を保有するために存在しているのではない。

株主から預かった資本を使い、企業価値を高めるために存在している。資本を投下して十分なリターンを得られるなら、企業は投資すべきである。しかし、資本コストを上回る投資機会がないにもかかわらず、資本を社内に抱え込み続けるなら、それは企業価値を高めるとは限らない。むしろ、資本効率を低下させ、市場評価を押し下げる可能性がある。

その場合、配当や自社株買いによって余剰資本を株主に返すことは、企業価値を毀損する行為ではない。資本効率を改善する行為である。したがって、株主還元を一律に短期主義とみなすことはできない。問題は、還元の有無ではない。その企業にとって、社内に資本を残すことが、還元するよりも企業価値を高めるのかという点である。

 成長投資もまた、無条件に正しいわけではない

株主還元を批判する際、企業側はしばしば「成長投資」を強調する。研究開発人材投資。設備投資。新規事業。海外展開。デジタル化。脱炭素。無形資産投資。これらは、たしかに企業の中長期的成長に必要な投資である。しかし、成長投資という言葉だけでは、投資の合理性は証明されない。

資本市場が見るべきなのは、その投資が本当に資本コストを上回るリターンを生むのかである。どの市場を対象にするのか。競争優位は何か。 投資額はいくらか。期待リターンはどの程度か。回収期間はどれくらいか。失敗した場合の撤退基準はあるのか。経営陣の報酬や責任は、投資成果と連動しているのか。

これらが示されなければ、投資家はその投資を評価できない。「長期的成長のため」という説明だけでは不十分である。それは、どの経営者でも使える一般論でしかない。成長投資という言葉は、企業価値向上の根拠にもなり得る。しかし同時に、不採算事業の温存、失敗した買収の先送り、資本効率の低い事業への固執を正当化する言葉にもなり得る。だからこそ、成長投資は中身で検証されなければならない。

株主還元要求は、経営への不信の結果でもある

株主還元を求める声が強まる背景には、企業経営への不信がある。余剰資金を抱えているにもかかわらず、有効な投資計画を示せない。政策保有株式を保有し続けているが、その合理性を十分に説明できない。低収益事業を温存している。親子上場や支配株主との取引において、少数株主の利益が十分に守られていない。資本コストを意識した経営が徹底されていない。取締役会が経営陣を十分に監督しているか疑わしい。こうした状況があれば、株主は資本の使い道に疑問を持つ。

会社が資本を有効に使えないなら、株主に返すべきではないか。この問いが生まれるのは自然である。したがって、株主還元要求は原因であると同時に、結果でもある。より正確に言えば、株主還元要求は、企業側の資本配分に対する市場からの不信の表れである。この点を見落としてはならない。

株主還元要求が強まったから成長投資ができないのではない。成長投資の合理性を経営者が十分に説明できないから、株主還元要求が強まるのである。

 資本コストを意識した経営とは何か

東京証券取引所は、上場企業に対して「資本コストや株価を意識した経営」を求めている。この要請の本質は、単に株価を上げることではない。企業が自社の資本コストや資本収益性を把握し、市場からの評価を分析し、改善に向けた方針を策定し、投資家との対話を通じて継続的に取り組むことである。

つまり、上場企業に求められているのは、資本を預かる経営者としての説明責任である。ROEが低い。PBRが1倍を下回っている。資本コストを下回る事業を続けている。過剰な現預金を抱えている。政策保有株式を合理的に説明できない。

こうした企業に対して、市場が資本配分の見直しを求めるのは当然である。これは短期主義ではない。資本市場の基本的な規律である。企業は、資本を効率的に使っていることを説明しなければならない。説明できない場合、株主から還元を求められるのは自然である。

 政策保有株式は資本効率とガバナンスの問題である

日本企業の株主還元や資本効率を考えるうえで、政策保有株式の問題は重要である。政策保有株式は、取引関係の維持や企業間関係の強化などを目的として保有されてきた。しかし、それが本当に株主共同の利益に資するのかは、常に検証されるべきである。政策保有株式は、資本を固定する。

その資本が本業投資よりも低いリターンしか生まないのであれば、資本効率を低下させる。さらに、政策保有株式は、株主総会において会社側に安定的に賛成する構造を生んできた。つまり、これは資本効率の問題であると同時に、企業統治の問題でもある。アクティビストや機関投資家が政策保有株式の縮減を求めるのは、単なる短期的還元要求ではない。

 資本が本当に企業価値向上のために使われているのか。経営者保護のために資本が眠らされていないか。この問いを投げかけているのである。それを「短期主義」と片付けることは、経営者の説明責任を曖昧にする。

 株主還元と成長投資は対立概念ではない

株主還元と成長投資は、しばしば対立するものとして語られる。しかし、本来これは対立概念ではない。企業価値を高める投資機会があるなら、投資すべきである。資本コストを上回る投資であれば、長期投資家は評価する。一方で、有効な投資機会がないなら、還元すべきである。資本を社内に滞留させること自体に価値はない。 

重要なのは、資本配分の合理性である。投資する方が企業価値を高めるのか。還元する方が資本効率を高めるのか。事業撤退やポートフォリオ見直しによって資本を再配分すべきなのか。この判断を行うのが経営者であり、その判断を説明するのが取締役会である。

 株主還元を求める投資家を批判する前に、企業側は自らの資本配分を説明しなければならない。その説明が不十分なまま、株主還元要求を短期主義と呼ぶことは、資本市場に対する説明責任の回避である。

  経営者の責任を株主に転嫁してはならない

「株主還元圧力が強いから成長投資ができない」この言い方は、経営者にとって便利である。投資できない責任を、株主に転嫁できるからである。しかし、本当に有望な投資機会があるなら、経営者は投資計画を示せばよい。

 必要な投資であることを説明すればよい。資本コストを上回るリターンを示せばよい。投資の時間軸とリスクを説明すればよい。撤退基準を明確にすればよい。それでも株主が不合理な還元を求めるなら、経営者は他の株主の支持を得て反論すればよい。公開会社の経営者に求められるのは、株主を黙らせることではない。

 株主を説得することである。説明を尽くしても理解されない場合は、市場との対話を重ねるべきである。それをせずに、株主権の制限を求めるなら、それは経営者責任の回避である。

 アクティビスト規制は個別行為に絞るべきである

 もちろん、アクティビストの行動に問題がないわけではない。不透明な共同保有。大量保有報告制度違反。虚偽説明。市場操作。プライベートエクイティファンドとの不透明な連携。利益相反を伴う取引。少数株主に不利益を与えるスキーム。こうした行為があるなら、厳格に規制すべきである。市場の公正性を守るためには、透明性と法執行が不可欠である。

しかし、問題行為の規制と、正当な株主権の制限は別である。違法行為を取り締まること。不透明な行為を開示させること。利益相反を規制すること。これらは必要である。

一方で、適法に株式を保有し、会社法に基づいて株主提案や臨時株主総会の招集請求を行う権利は守られなければならない。一部の問題行為を理由に、株主権全体の行使要件を引き上げることは、過剰規制になり得る。それは市場の透明性を高めるというより、市場規律を弱める結果を招く。

 株主還元悪玉論は、市場改革を後退させる

株主還元を一律に悪とみなす議論は、日本市場の改革を後退させる危険がある。日本企業は長く、低い資本効率、政策保有株式、安定株主構造、親子上場、少数株主保護の弱さといった問題を抱えてきた。 近年ようやく、投資家が資本効率を問い、取締役会が市場評価を意識し、企業がPBRやROE、資本コストを意識するようになった。

この変化は、日本市場にとって重要である。にもかかわらず、株主還元要求を「短期主義」として一括処理し、株主権を制限する方向に進めば、企業側は再び説明責任から逃げやすくなる。

資本市場に必要なのは、経営者にとって快適な無風状態ではない。 経営者が資本配分について説明を迫られる緊張感である。株主還元を求める声は、時に過剰である。

しかし、時に必要な市場規律でもある。それを制度的に弱めるなら、日本企業のガバナンス改革は後退する。

 企業価値を高めるのは、沈黙ではなく検証である

 企業価値を高めるために必要なのは、株主の沈黙ではない。資本配分の検証である。経営者が投資の合理性を説明する。株主がその説明を評価する。不合理な還元要求には、会社が反論する。合理的な批判には、経営陣が対応する。市場がそのやり取りを評価する。

この緊張関係こそ、上場企業のガバナンスである。株主還元が増えたことを、単にアクティビストの問題として扱うべきではない。それは、日本企業の資本配分に対する市場からの問いである。

問われているのは、株主だけではない。むしろ、経営者である。株主還元は企業価値を毀損するのか。
答えは、企業ごとに異なる。過度な還元は企業価値を毀損する。

しかし、説明できない投資や低収益事業の温存もまた、企業価値を毀損する。したがって、必要なのは株主還元悪玉論ではない。資本配分の合理性を検証する制度である。成長投資を守るために株主を黙らせるのではなく、成長投資の合理性を経営者が説明する。

その説明を市場が検証する。それが、資本市場におけるガバナンスである。「成長志向型ガバナンス」が本当に成長を目指すなら、株主権を制限する前に、経営者の説明責任を強化すべきである。株主の声を弱める制度は、企業を静かにするかもしれない。しかし、静かな企業が、成長する企業とは限らない。必要なのは、資本の使い道をめぐる厳しい問いである。そして、その問いに答える経営者の覚悟である。

 【 関連URL・参考資料】

日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」
日本取引所グループ「『資本コストや株価を意識した経営』に関する要請のアップデートについて」
日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」
ロイター「Japan's ruling party warns about suspected collusion between activist investors and private equity」
ロイター「Japan's ruling party plans tighter oversight of disclosures by activist investors」
経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ 企業と投資家の望ましい関係構築」プロジェクト
Wikipedia「株主還元」
Wikipedia「自社株買い」 
Wikipedia「配当」
Wikipedia「コーポレート・ガバナンス」
Wikipedia「株式持ち合い」
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