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株主の権利は、誰のために制限されるのか 自民党「成長志向型ガバナンス」を検証する

全20回 【第2回】株主提案権とは何か
「1%」「300個」「6か月」が示す、日本企業ガバナンスの入口
それは、株主が経営者に代わって日常的な業務執行を行うための制度ではない。経営陣が企業価値の向上に向けて適切に行動しているか、取締役会が十分に機能しているか、少数株主の利益が不当に損なわれていないかを、株主総会という公開の場で問うための制度である。 政府・自民党は、アクティビスト、いわゆる「物言う株主」による過度な経営介入を防ぐという名目で、株主提案に関する制度の見直しを進めようとしている。
前回取り上げたように、臨時株主総会の招集請求要件については、現行の総議決権3%以上から5%以上へ引き上げる方針が報じられている。同時に、株主が提案できる議案の内容や、株主提案権の行使要件についても、見直しの議論が進んでいる。
この問題を考えるうえで重要なのは、株主提案権がすでに一定の制約を受けているという事実である。
株主提案権は、誰でも自由に、思いつきで議案を出せる制度ではない。 現行制度には、「1%」「300個」「6か月」という要件がある。
この3つの要件を正確に理解しなければ、株主提案権の見直しが何を意味するのかは見えてこない。
株主提案権とは、株主総会に議題を持ち込む権利である
株主提案権とは、株主が会社に対して、株主総会で一定の議題や議案を取り上げるよう求める権利である。
具体的には、株主総会の目的事項として一定の議題を加えるよう請求する権利、議案の要領を招集通知に記載または記録するよう求める権利、そして株主総会の場で議案を提出する権利を含む。これは、株主が会社経営に参加するための共益権の一つである。株主は、会社に資本を提供する存在である。同時に、取締役を選任し、会社の重要事項について意思決定に参加する権利を持つ。その株主が、会社の経営方針や資本政策、取締役会の構成、情報開示、少数株主保護などについて問題提起を行うことは、株式会社制度の根幹に関わる行為である。
株主提案権は、経営者の意思決定を一方的に覆す権利ではない。提案された議案は、株主総会において他の株主の判断に付される。賛成多数を得られなければ、議案は否決される。つまり、株主提案権とは、経営判断を直接支配する権利ではなく、株主全体に対して問題を提示し、会社の方向性について判断を求める権利である。
この点が極めて重要である。株主提案は、企業統治における「議論の入口」であって、経営権の奪取そのものではない。
にもかかわらず、株主提案を直ちに「経営への過度な干渉」として捉える議論は、制度の役割を誤解している。
「1%」要件は、決して低いハードルではない
公開会社において株主提案権を行使するためには、原則として、総株主の議決権の1%以上を保有しているか、または300個以上の議決権を保有している必要がある。さらに、その議決権を6か月前から継続して保有していなければならない。
まず確認すべきは、「1%」という数字の重さである。
1%と聞くと、一般的には小さな比率に見える。しかし、上場企業における議決権1%は、資本市場の実務において決して小さくない。時価総額1兆円の企業であれば、単純計算で1%は100億円である。時価総額5,000億円の企業であれば50億円。時価総額1,000億円の企業でも10億円である。実際には、市場で株式を取得すれば株価への影響が生じる可能性があり、流動性、議決権の有無、取得時期、保有コスト、大量保有報告制度なども関係する。
そのため、単純な時価総額計算以上に、1%保有の実務的ハードルは高い。これは特に大型上場企業で顕著である。
個人株主や中小規模の投資家が、大型企業の議決権1%を単独で保有することは容易ではない。したがって、株主提案権は、少額の株式を一時的に取得した株主が、自由に会社へ議案を押しつけられる制度ではない。制度上、すでに一定の資本力と保有継続性が求められている。ここを無視して、「株主提案が簡単にできすぎる」という印象だけで議論を進めることは危険である。
「300個」要件は、少数株主に残された重要な経路である
株主提案権には、「1%以上」と並んで「300個以上の議決権」という要件がある。この300個要件は、日本の株主提案制度において重要な意味を持つ。なぜなら、大型上場企業では1%の保有が極めて困難である一方、300個の議決権であれば、企業によっては個人株主や中小規模の投資家にも到達可能な水準となり得るからである。
日本の上場会社では、一般的に1単元100株であり、1単元につき1個の議決権が与えられることが多い。この場合、300個の議決権とは300単元、すなわち3万株に相当する。もちろん、株価の高い企業では、3万株を取得するだけでも相当な資金が必要である。それでも、総議決権1%と比較すれば、300個要件は少数株主にとって株主提案権を行使する現実的な入口になっている。
この要件があることにより、株主提案権は巨大ファンドや大株主だけの制度ではなく、一定の株式を継続保有する少数株主にも開かれた制度として機能している。
仮に、この300個要件が引き上げられれば、影響を受けるのは大規模なアクティビストだけではない。むしろ、大型ファンドは追加で株式を取得する資金力を持っている。一方で、個人株主、中小規模の機関投資家、独立系ファンド、長期保有の少数株主にとっては、要件の引き上げが大きな障壁となる。
この点は、制度見直しの議論で十分に考慮されなければならない。「濫用防止」という名目で要件を引き上げた結果、最も声を失うのが少数株主であるなら、それはガバナンス改革ではなく、株主権の後退である。
「6か月」要件は、短期的な思いつきを排除するフィルターである
株主提案権には、保有期間の要件もある。公開会社で議題提案権を行使するためには、原則として6か月前から継続して議決権を保有している必要がある。この6か月要件は、制度上の重要なフィルターである。
株主提案権は、株式を一時的に取得した株主が、直ちに会社へ議案を出せる制度ではない。一定期間、株主として会社を見てきた者に、株主総会で問題提起する権利を認める制度である。さらに、株主提案には提出期限もある。 議題提案権や議案通知請求権は、株主総会の日の8週間前までに行使する必要がある。したがって、株主が突然、総会当日に重要議案を提出し、会社運営を混乱させるような制度設計にはなっていない。会社側には、招集通知の作成や議案への対応を準備する期間が与えられている。
つまり、現行の株主提案権は、「1%または300個」「6か月継続保有」「8週間前までの提出」
という複数の要件によって、すでに一定の濫用防止措置を備えている。
それにもかかわらず、さらに要件を厳格化するのであれば、制度変更の必要性は具体的かつ実証的に説明されなければならない。
単に「アクティビスト対応が必要だ」「短期主義を防ぐべきだ」「国際標準に合わせるべきだ」という抽象的な説明では不十分である。
株主提案は、可決されなくても市場規律として機能する
株主提案は、可決されて初めて意味を持つわけではない。否決された提案であっても、一定の賛成票を集めれば、経営陣に対する重要なシグナルとなる。
たとえば、政策保有株式の縮減を求める提案が出されたとする。仮にその議案が否決されたとしても、一定割合の株主が賛成すれば、経営陣は無視できない。
なぜ政策保有株式を保有し続けるのか。資本効率をどのように評価しているのか。取引関係の維持という説明は、株主資本の使い方として合理的なのか。
こうした説明責任が生じる。同じことは、役員報酬、取締役会の独立性、親子上場、少数株主保護、情報開示、気候変動リスク、人権問題、政治献金などにも当てはまる。株主提案は、議案の可否だけでなく、会社が抱える問題を可視化し、投資家全体の関心を集め、経営陣に対応を促す効果を持つ。
これは資本市場における重要な規律である。経営者にとって、株主提案は面倒な制度かもしれない。しかし、面倒であることと不要であることは同じではない。
むしろ、経営者にとって耳の痛い提案が出ることこそ、株主総会が形式的な儀式ではなく、企業統治の場として機能している証拠である。
「濫用防止」と「株主権の抑制」は区別されるべきである
もちろん、株主提案権の濫用が問題になる場合はある。会社経営との関連性が薄い提案、嫌がらせ的な提案、極端に多数の議案提出、株主共同の利益を害する目的の提案などについては、制度上の対応が必要となることもある。実際、現行制度にも一定の制限は存在する。法令または定款に違反する提案や、実質的に同一の議案が一定期間内に十分な賛成を得られなかった場合などには、会社側が議案として取り扱わないことが認められる場合がある。
問題は、濫用防止の名目で、正当な株主提案まで制限されることである。 嫌がらせ的な提案を防ぐことと、経営陣に不都合な提案を出しにくくすることは、全く別の問題である。前者は制度の健全化である。後者は企業統治の後退である。
特に注意すべきなのは、「業務執行に関する提案」をどこまで制限するかという論点である。日々の業務執行は取締役会が担うべきであり、株主が個別の経営判断に過度に介入すべきではないという考え方には、一定の合理性がある。しかし、何が業務執行で、何が企業価値やガバナンスに関わる重要問題なのかは、必ずしも明確ではない。
政策保有株式の縮減は業務執行なのか。親子上場の解消は業務執行なのか。政治献金の開示は業務執行なのか。
人権問題やサプライチェーンリスクへの対応は業務執行なのか。気候変動リスクへの対応は業務執行なのか。
これらは一見、経営判断の領域に見える。しかし同時に、企業価値、資本効率、少数株主保護、レピュテーションリスクに直結する重要問題でもある。基準が曖昧なまま提案内容を制限すれば、経営陣にとって不都合な提案が「業務執行への介入」として排除される可能性がある。その場合、株主総会は企業統治の場ではなく、会社側の提案を追認する場へと近づく。
大量保有報告制度と株主提案権は、切り分けて議論すべきである
今回の制度見直しでは、アクティビストによる大量保有報告ルール違反も問題視されている。大量保有報告制度は、上場会社の株券等を5%超保有することになった者に対し、原則として5営業日以内に大量保有報告書の提出を求める制度である。
一般に「5%ルール」と呼ばれる。
この制度は、市場の透明性を確保し、投資家に対して重要な保有情報を開示するためのものである。アクティビストが共同保有関係を隠したり、実質的な保有関係を不透明にしたりする場合には、当然、厳格な執行が必要である。実質株主の透明化、共同保有関係の明確化、虚偽報告への制裁、市場操作への対応、証券取引等監視委員会の体制強化は、重要な論点である。
しかし、大量保有報告制度の違反と、株主提案権の行使は別の問題である。
報告義務違反があるなら、報告義務を厳格に執行すればよい。共同保有関係が不透明なら、開示制度を改善すればよい。虚偽説明や市場操作があるなら、違法行為として取り締まればよい。それを理由に、ルールを守って株式を保有し、適法に株主提案を行う株主の権利まで制限する必要はない。
違法行為への対応と、正当な株主権の制限を混同してはならない。
株主提案権を制限して得をするのは誰か
度改正を評価する際には、常に「誰が利益を得るのか」を考える必要がある。株主提案権が制限されれば、最も利益を得るのは誰か。それは、株主から厳しい提案を受けたくない経営陣である。
政策保有株式を保有し続けたい企業。
低い資本効率を問われたくない企業。
親子上場や利益相反を追及されたくない企業。
不透明な役員報酬を開示したくない企業。
不採算事業を温存したい経営陣。
支配株主に有利な取引を続けたい企業グループ。
こうした企業にとって、株主提案権の制限は都合がよい。なぜなら、株主総会で議論される前に、提案を排除しやすくなるからである。一方で、不利益を受けるのは、会社の問題を株主総会で問いたい少数株主である。個人株主、中小規模の機関投資家、独立系ファンド、長期保有の投資家、企業価値向上を求める外部株主である。
株主提案権は、巨大アクティビストだけの制度ではない。会社に資本を提供した株主が、経営陣に対して説明を求め、他の株主に判断を仰ぐための制度である。
その制度を「アクティビスト対策」という言葉で一括して狭めることは、市場規律の弱体化につながる。
株主提案権は、企業統治における警報装置である
株主提案権は、会社を混乱させるための制度ではない。むしろ、会社の内部で見過ごされている問題を、外部から知らせる警報装置である。
経営陣が認識していない問題。
取締役会が十分に監督していない問題。
安定株主構造の中で議論されてこなかった問題。
少数株主が不利益を受けている問題。
これらを株主総会という公開の場に持ち込む制度が、株主提案権である。すべての株主提案が正しいわけではない。しかし、すべての経営判断が正しいわけでもない。だからこそ、公開の場で議論し、他の株主が判断する仕組みが必要である。
株主提案権を狭めれば、経営者は楽になる。
しかし、それが企業価値の向上につながるとは限らない。むしろ、経営者にとって不都合な情報が表面化しにくくなり、市場からの規律が弱まる危険がある。コーポレートガバナンスとは、経営者を株主から守る制度ではない。経営者が企業価値を高める責任を果たしているかを検証し、必要に応じて修正を促す制度である。
その意味で、株主提案権は企業統治の中心に位置する権利である。
「1%」「300個」「6か月」という要件は、株主提案権がすでに一定のハードルを持っていることを示している。この制度をさらに厳格化するのであれば、政府・自民党は、なぜ現在の要件では不十分なのかを具体的に示す必要がある。
「短期主義を防ぐ」「国際標準に合わせる」「企業の成長投資を守る」
そうした抽象的な言葉だけで、株主の権利を狭めるべきではない。株主提案権は、経営者にとって不快な制度かもしれない。しかし、不快であるからこそ意味がある。経営者にとって都合の悪い提案を受け止め、反論し、他の株主に判断を仰ぐ。それが公開会社の経営者に求められる説明責任である。
株主提案権を弱めることは、単にアクティビストを抑えることではない。市場による企業統治の機能を弱めることである。そしてそれは、日本企業を再び「物言わぬ株主」と「責任を問われない経営者」の時代へ戻す危険をはらんでいる。
資本市場に必要なのは、株主の沈黙ではない。必要なときに提案し、経営者に説明を求め、企業価値を問い直す株主の存在である。
【 関連URL・参考資料】
・法務省「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」
・法務省「法制審議会 会社法制(株式・株主総会等関係)部会 第12回会議」
・経団連「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案に対する意見」
・野村證券「株主提案権|証券用語解説集」
・野村證券「大量保有報告書|証券用語解説集」
・Wikipedia「株主」
・Wikipedia「株主総会」
・Wikipedia「会社法」
・Wikipedia「コーポレート・ガバナンス」
会社に意見を言えるのは「4億円持つ人」だけ?─株主提案権の制限に反対します