Activism
「アクティビストは悪か」――2,040件の全数データが出した答え

株主提案権の制限論に、実証的裏付けはあるのか――少数株ドットコム創業者・山中裕に聞く
「物言う株主は短期志向で、企業を食い物にし、長期的な企業価値を毀損する」。近年、国内の政策論議でも「株主主権が中長期投資を妨げる」として、株主提案権そのものを制限すべきだという主張が浮上している。しかしこの命題は、意見なのか、それとも事実に関する主張なのか。もし後者なら、データは何と答えているのか。米国では同じ論争が三十年続き、大標本の実証研究が積み上げられてきた。少数株主の権利行使の現場に立ち続けてきた山中裕氏に、株主提案権制限論の何が間違っているのかを聞いた。
(聞き手=Capital Justice Lab 編集部)
「順番が逆です」
――株主提案権を制限すべきだ、という議論が出てきています。まず、どう受け止めていますか。
順番が逆だ、というのが第一印象です。
株主提案権の制限論は、要するに規制強化の主張です。他人が現に持っている権利を取り上げろと言う以上、その権利行使が害悪を生んでいることを立証する責任は、取り上げろと言う側にある。これは法の一般原則です。ところが今の議論は、「短期志向の株主が中長期投資を妨げている」という前提が、証明されないまま前提として流通してしまっている。
しかも、この議論には本家があります。米国です。あちらでは同じ論争を三十年やっていて、しかも決着に近いところまで来ている。日本の議論は、その蓄積を参照しないまま、三十年前の主張を新品のように語っている印象があります。
――米国の論争とは、どういうものですか。
批判側の代表的な論客は、マーティン・リプトンという弁護士です。ワクテル・リプトン法律事務所の創業パートナーで、買収防衛策「ポイズンピル」の生みの親として知られています。彼の主張はこうです――アクティビストの本当の狙いは短期的な株価の上昇にすぎない。公に構造改革を迫って株価を吊り上げ、素早く利益を確定して逃げる。残された経営陣が後始末をする。
同じ懸念は、法学者、経済学者、経営学者、ビジネス誌のコラムニスト、経済団体、そして経営者自身からも表明されてきました。日本で今聞こえてくる議論と、驚くほど同じです。
重要なのは、この主張が実際に制度を動かしてきたという事実です。デラウェア州の著名判事だったレオ・ストライン・ジュニアもジャック・ジェイコブズも、短期志向の株主による介入に強い懸念を表明しました。米国証券取引委員会(SEC)は2010年に採択したプロキシ・アクセス規則の利用対象を「三年以上株式を保有する株主」に限定しましたが、その背景にあったのも、まさにこの懸念です(注1)。
つまりこれは、単なる感想ではない。株主の権利を制限するための立法事実として機能してきた命題です。だからこそ、それが事実かどうかが決定的に重要になる。
批判者が自ら設定した土俵で
――それを検証した研究がある、と。
ハーバード大学のルシアン・ベブチャック、デューク大学のアロン・ブラーブ、コロンビア大学のウェイ・ジャンによる共同論文『The Long-Term Effects of Hedge Fund Activism』です(注2)。2015年に『コロンビア・ロー・レビュー』に掲載され、この分野で最も多く参照される実証研究の一つになっています。
設計はこうです。対象は、1994年から2007年までの米国における、アクティビスト・ヘッジファンドによる介入事例の「全数」。スケジュール13D――発行済株式の5%超を取得し、かつ経営に関与する意図を持つ投資家に提出義務がある開示書類――の届出を基礎に集計した、2,040件です。銀行、保険会社、投資信託といった非アクティビスト投資家、破綻処理目的、M&Aリスク・アービトラージ目的の届出は除外されています。サンプルを選んでいない、全数だという点が大きい。
そして各事例について、介入が公表された年を起点に、その後の五年間の業績と株価を追跡した。介入前の三年間と、アクティビストが退出した後の三年間も見ています。指標は、ノーベル経済学賞を受けたジェームズ・トービンの名を冠したトービンのQ――簿価をどれだけ市場価値に転換できているかを示す指標――と、ROA(総資産利益率)。ガバナンス研究で標準的に使われる二つです。
――五年という観察期間は、長いですね。
ここが、この論文の一番痛快なところです。この五年という土俵は、批判者側が自ら設定したものなんです。
リプトン自身が、こう論者に挑戦していました。「アクティビズムの対象となり、独立を保った企業について、公表直後の短期間ではなく、二四か月を超えた期間でのオペレーション上の業績と株価パフォーマンスが、ベンチマーク対比でどうなったのかを調べよ」と。ベブチャックらは、その挑戦を正面から受けて立ち、二四か月どころか六〇か月まで追跡した。
挑戦状を出した側が指定したルールで検証したら、指定した側の主張が支持されなかった。これは論争として、かなり重い意味を持ちます。
発見1|アクティビストは「不振企業」を選んでいる
――では、何が分かったのでしょうか。
第一の発見は、そもそも誰がターゲットになっているか、です。
介入時点において、対象企業の業種調整後トービンのQも、業種調整後ROAも、いずれもマイナスでした。つまり同業他社より業績が劣っていた。しかも介入前の三年間、業績は下降トレンドにあり、株価も市場平均を下回るリターンしか上げていなかった。
アクティビストは「健全な会社を壊す」のではありません。課題を抱え、市場から見放されつつあった会社を選んで関与している。データが示すのは、そういう姿です。
実務家として言えば、これは当たり前の話でもあります。適正に評価され、資本が効率よく回っている会社に、私たちが何を言うことがあるでしょうか。言うことがないから、言わない。株価が説明のつかない水準に放置され、資産が眠り、しかも誰もそれを問題にしていない――そういう会社にだけ、言うことがあるのです。
発見2|五年後まで、業績は改善し続けた
――肝心の、その後の業績は。
介入後五年間にわたり、業績の悪化はまったく見出されませんでした。それどころか、業種調整後の業績は、介入後の五年間の各年すべてにおいて、介入年を上回っていた。
業種調整後トービンのQ:介入年 −0.469 → 3年後 −0.279 → 4年後 −0.194 → 5年後 −0.137
業種調整後ROA:介入年 −2.5% → 3年後 −0.2% → 4年後 −0.4% → 5年後 −0.4%
表 介入前後の業種調整後パフォーマンス(同業種平均を基準=ゼロ、平均値) 出所:Bebchuk, Brav & Jiang (2015), Table 3より作成
介入年に業種平均を0.47ポイント下回っていたトービンのQは、五年後には0.14ポイント差まで縮小しています。同業比の劣後の、およそ七割が解消された計算です。ROAも、マイナス2.5%の劣後がほぼ消えている。
――「もともと業績が悪かったのだから、放っておいても平均に戻っただけではないか」という反論がありそうです。
当然出てくる反論で、著者たちもそれを予期しています。だから単純な平均の比較で終わらせていない。
企業規模、企業年齢、年度、業種、そして企業固定効果を制御した回帰分析を行い、さらに高次元固定効果を使った頑健性チェックまでやっている。その上で、まさにその平均回帰の反論に応えるため、過去の業績水準そのものを制御変数に加えた追加分析を実施しています。「三年後のQと介入年のQを比べるなら、三年前のQを制御変数に入れる」という形です。加えて、介入前の業績が業種内の下位四分の一だったかどうかのダミー変数を使った分析もしている。
結論は、いずれの定式化でも維持されました。介入から三年後・四年後・五年後の業績は、介入年より統計的に有意に高い。トービンのQについては、実施したF検定のすべてで1%水準の有意性が確認されています。
ただし、正確を期しておきます。ROAについては、有意になる検定とならない検定が混在しており、改善幅もQより小さい。著者らはそれを隠さず本文に書いている。私はこの誠実さを評価します。都合の悪い数字を書かない論文は、そもそも信用できません。
発見3|株価の「後戻り」も「食い逃げ」もない
――株価はどうでしょう。「発表直後だけ上がる」というのが批判の定番です。
株式取得が開示されると株価が上がることは、以前から知られています。この論文でも、13D届出の前後20営業日、計40営業日の窓で、平均およそ6%の異常リターンが確認されています。
問題は、この上昇が「長期的コストを織り込めていない、非効率な市場の勘違い」なのかどうかです。もしそうなら、その後の長期リターンはマイナスに転じ、初期の上昇を打ち消してしまうはずです。批判者の主張が成り立つには、(1)初期の上昇が市場の誤りであり、(2)その後に負の異常リターンが生じ、(3)それが初期の上昇を打ち消すほど大きい――この三つが同時に成立しなければならない。
ベブチャックらは、CAPM(資本資産価格モデル)とファーマ=フレンチ=カーハートの四ファクター・モデルという二つの標準的な資産価格モデルで、個別企業ごとに超過収益率(アルファ)を推定しました。結果は、介入前三年間の月次アルファは、いずれのモデルでもマイナス。ところが介入後は、三年間でも五年間でも、アルファはプラスに転じている。反転どころか、符号が逆向きだった。
――「アクティビストは売り抜けて、長期株主に損を押しつける」という、いわゆる食い逃げ論はどうですか。
それも検証されています。アクティビストが保有比率5%を割り込んだことを開示して退出した後、その先の三年間のリターンを、三種類の標準的手法すべてで分析している。
退出後に長期株主が異常な損失を被るという証拠は、どの手法でも見つかりませんでした。ポンプ・アンド・ダンプのパターンは、データの中に存在しなかった。
発見4|最も嫌われる介入類型でも、結論は変わらない
――「平均を見れば穏当な提案が混ざっているだけだ。本当に問題なのは研究開発を削らせるような介入や、経営陣と全面対決する敵対的な介入だ」という再反論はどうでしょう。
そこも潰してあります。この論文は、最も抵抗され、最も批判される二つのサブサンプルを切り出して、同じ分析を回している。
一つは、レバレッジを高める、株主還元を増やす、投資を減らすといった「長期投資を制約する」類型の介入。もう一つは、敵対的手法を用いた介入です。
結果は、いずれの類型でも、批判者が主張する長期的な業績悪化はデータの中に見出されなかった、というものでした。さらに、金融危機前の三年間に介入を受けた企業が、その後の危機でより大きな打撃を受けたか――つまりアクティビズムが企業を経済ショックに脆弱にするか――も検証されていますが、業績悪化幅が大きかったという証拠も、財務的困窮に陥る比率が高かったという証拠も、得られていません。
「それは因果関係なのか」――最大の争点
――ここまで聞くと、決着済みのようにも思えますが。
いや、そこは正直に言っておかなければなりません。この論文の結論は、学界で全面的なコンセンサスを得ているわけではありません。私は本件で、自分に都合よく議論を刈り込むつもりはない。
最大の争点は因果関係です。批判者はこう言います――介入後に業績が改善しているのは事実かもしれない。しかしそれは、アクティビストが「どうせ良くなる会社」を選ぶのが上手いだけではないか。単なる銘柄選択(ストック・ピッキング)能力の反映であって、介入が改善を生んだ証明にはならない、と。
実際、ワクテル・リプトンはこの論文に対して三本の批判メモを公表しています。カナダのIGOPP(イヴァン・アレール、フランソワ・ドーパン)も方法論上の疑問を提起した。さらに、その後の実証研究のなかには、介入前後のリターン差はゼロと有意に異ならず、事後的な業績改善の証拠も見出せないとするもの――デハーン=ラーカー=マクルーア(2019年)――もあります(注3)。長期効果をめぐる論争は、なお継続中と言うべきです。
――ではこの研究は、決定打ではない。
「アクティビズムが長期的価値を生む」ことの決定打ではありません。しかし、それは論点ではないのです。
ベブチャックらはストック・ピッキング説に対して、三点の反論を用意しています。第一に、介入には多額のコストがかかる。放っておいても業績が改善するとアクティビスト自身が信じているなら、黙って株を買い、コストをかけずに果実だけを得ればよいはずです。わざわざ金と時間と信用を賭けて経営陣と喧嘩する理由がない。第二に、業績改善は「敵対的手法を用いた介入」のサブサンプルでも観察される。敵対的手法が使われるのは、会社が抵抗すると予想されるときであり、「経営陣が自発的にやったであろうことをやっただけ」という説明と整合しない。第三に、著者らの別の研究では、パッシブなブロック保有者が大量保有を公表しても業績改善は起きず、パッシブからアクティブへ姿勢を転じたときに初めて改善が観察されている。
そして、ここが決定的なのですが――仮にストック・ピッキング説が正しかったとしても、それは株主の権利を制限する理由にはならない。
ベブチャックらの言い方を借りれば、「将来の改善に賭けて当てた銘柄選択者は、勲章に値しないかもしれない。しかし、反対され、抵抗される理由もない」。
思い出してください。株主の権利を制限せよという主張は、「介入の後に長期的な業績悪化が起こる」ことを前提にしていました。その前提が見つからない以上、主張の土台は崩れている。因果関係が確定していようがいまいが、関係ないのです。制限論者は、自分たちが依拠していた前提の不在を、まず引き受けるべきです。
「実感」で権利を制限してよいのか
――米国では、制限側はどう反論したのですか。
ここが、私がこの論争で最も注目している部分です。
ベブチャック論文への反論メモで、ワクテル・リプトンは、実証的証拠ではなく経営者の「実世界での経験の厚み」に依拠すべきだと主張しました。リプトンは以前から、自身の短期志向への懸念は「数十年にわたる、当事務所の企業への助言経験」に基づくと述べています。他の批判者は、「実務に通じた賢明な人々の集合的判断」を尊重せよ、「政策当局は、拷問にかけた統計よりも、知識ある人々の経験と専門性を重視すべきだ」と書いた。
しかし、「介入の三年後・五年後に業績が悪化するか」というのは、意見の問題ではありません。公開データで検証できる、事実に関する命題です。会計データも株価データもある。標準的な手法もある。検証可能な命題について、検証を拒み、実感に依拠せよと主張する――これは政策論として、筋が悪い。
ベブチャックらの指摘が痛烈です。もしアクティビスト・ファンドの経営者が「自分の経験上、介入は有益だ」と述べただけで政策が決まるとしたら、制限論者はまず真っ先に反対するはずだ、と。実感を根拠にしてよいのは、自分の実感だけ、というわけにはいかない。
――日本の議論にも、同じことが言えると。
そのまま当てはまります。「株主主権が中長期投資を妨げる」という命題は、それ自体としては検証可能な仮説です。日本にも会計データはある。株価データもある。株主提案の履歴も、提案を受けた企業のその後も、追跡できる。
もしこれを根拠に株主提案権を制限しようというのであれば、まずその仮説を日本のデータで検証し、示す責任は、制限を主張する側にあります。「経営の現場感覚として」では、他人の権利を取り上げる理由にならない。
米国の研究を、日本にどう読むか
――とはいえ、米国の研究をそのまま日本に持ち込めるのでしょうか。
持ち込めません。そこは限界を明示しておくべきです。私はこの論文を万能の切り札のように振り回すつもりはない。
第一に、対象は米国です。日本の会社法、資本市場の構造、雇用慣行は異なる。結果がそのまま移植できるとは限りません。第二に、対象期間は1994年から2007年。日本におけるアクティビズムの本格化はそれより後で、局面も違う。第三に、対象はヘッジファンドによる介入であり、事業会社や個人の少数株主による権利行使とは、資金力も動機も時間軸も違います。第四に、先ほど述べたとおり、因果識別には慎重さが要る。
それでもなお、この論文の意味は小さくありません。なぜなら、株主提案権の制限論が依拠しているのは、まさに「アクティビズムは長期的に企業を害する」という経験則の一般命題だからです。国境で切れる話として語られてはいない。「株主が短期志向だから長期投資が減る」という因果メカニズムは、普遍的なものとして主張されている。
2,000件を超える全数データを五年間追跡して、その一般命題が見出されなかった。この事実は、少なくとも、その経験則を無条件の前提として扱うことを許しません。日本で制限論を唱えるのであれば、「米国では見つからなかった害悪が、なぜ日本では生じるのか」を説明する必要がある。それは、決して無理な要求ではないはずです。
「あの提案の、どこが短期志向なのか」
――山中さんご自身も、株主提案の当事者です。
2010年に、HOYAに対して株主提案をしました。招集通知に掲載されたのは、15件です。社外役員のみによるエグゼクティブ・セッションの設置。役員報酬の個別開示。株主提案の提案理由を記載できる分量の拡大。そういうものが並んでいます。
あの15件の、どこが短期志向なのでしょうか。
エグゼクティブ・セッションは、社外役員が執行から独立して議論する場を作ろうという話です。効果が出るとしたら何年も先で、しかも株価には直結しない。役員報酬の個別開示も同じです。開示したからといって、翌期の利益が増えるわけではない。どちらも、ガバナンスの構造をゆっくり変えていく提案です。短期で株価を吊り上げて売り抜けたい人間が、こんな面倒な提案をするはずがない。
提案理由の記載枠を広げてくれ、という提案に至っては、株価とは何の関係もありません。株主が自分の考えを、他の株主に説明する余地を広げてくれ、というだけの話です。
そして、ここからが本題です。招集通知に掲載されたのは、その15件でした。これら以外の議案は、招集通知に記載されなかった。株主総会にかけられる前に、他の株主の目に触れる前に、落ちたのです。だから私は提訴しました。
つまり、私が実際にぶつかったのは、「短期志向の株主が長期投資を妨げる」という問題ではありませんでした。長期のガバナンス改善を求める株主の声が、そもそも議案として他の株主に届くかどうかの段階で落とされる、という問題です。方向が正反対なんです。
――では、日本企業の中長期投資を阻んできたのは何なのでしょう。
物言う株主ではありません。資本を眠らせても誰にも問われない、無風のガバナンスです。
眠っている資本には、価格がつきません。政策保有株式も、含み益を抱えた不動産も、過剰な現預金も、動かさない限り誰も損をしない。誰も損をしないから、誰も動かさない。そして「うちは長期的視点で経営しています」と言えば、それ以上は問われない。中長期投資という言葉は、しばしば、何もしないことの弁明として使われてきました。
本当に中長期投資を増やしたいのであれば、必要なのは、資本を眠らせている状態にコストを発生させることです。それを担ってきたのが、株主の権利行使です。制限論は、体温計を割れば熱が下がると言っているようなものです。
――最後に。
株主の権利行使は、経営を萎縮させる「ノイズ」ではありません。それは、眠っている資源に価格をつけ、動かすための、ほとんど唯一のメカニズムです。
そして繰り返しますが、「アクティビズムは長期的に企業を害する」という主張には、大標本の実証的裏付けがない。ベブチャックらは、政策当局と機関投資家に向けて、こう結論しています――アクティビストの介入が長期的に企業と株主にとってコストであるという主張の妥当性を、受け入れるべきではない。そうした主張は、株主の権利・権限・関与を制限する正当な根拠を提供しない、と。
少数株主の権利保障こそが、企業の長期的発展につながる。これが、データと実務の両方が支持する答えです。
(了)
山中 裕(やまなか・ゆたか)
少数株ドットコム創業者。Capital Justice Lab 主宰。東京大学経済学部卒業、コロンビア大学金融工学修士。HOYA創業家の一員として、2010年に同社へ株主提案を行い、社外役員のみによるエグゼクティブ・セッションの設置、役員報酬の個別開示、株主提案の提案理由の記載枠拡大などを含む15件が招集通知に掲載された。一方、これら以外の議案は招集通知に記載されず、その不記載をめぐって同社を提訴。以後、株主提案・委任状争奪戦・ガバナンス助言の実務に携わる。少数株主が保有する非上場株式・政策保有株式の流動化を手がける。
注
(注1)Facilitating Shareholder Director Nominations, 75 Fed. Reg. 56,668 (Sept. 16, 2010). なお同規則はその後、Business Roundtable v. SEC (D.C. Cir. 2011) により無効とされている。
(注2)Lucian A. Bebchuk, Alon Brav & Wei Jiang, "The Long-Term Effects of Hedge Fund Activism", Columbia Law Review, Vol. 115, No. 5 (2015), pp. 1085-1156. SSRN: https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2291577 NBER Working Paper No. 21227 としても公表。
(注3)批判側の代表的文献として、Martin Lipton, "The Bebchuk Syllogism", Harvard Law School Forum on Corporate Governance (Aug. 26, 2013)、Yvan Allaire & François Dauphin, "'Activist' Hedge Funds: Creators of Lasting Wealth? What Do the Empirical Studies Really Say?", IGOPP (2014)。反対方向の実証として、Ed deHaan, David F. Larcker & Charles McClure, "Long-Term Economic Consequences of Hedge Fund Activist Interventions", Review of Accounting Studies, Vol. 24 (2019), pp. 536-569。ベブチャックらの反論は、Harvard Law School Forum on Corporate Governance上の一連の応答(2013-2014年)を参照。