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技術があっても豊かになれないのはなぜか――アセモグル、アクシギット、ジョンソンの論文「技術と経済発展」が示すキャッチアップの条件

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先進国で生まれた技術は、後発国でも使うことができる。にもかかわらず、多くの国は先進国との所得格差を縮められずにいる。

2026年1月に全米経済研究所(NBER)のワーキングペーパーとして公表された論文「Technology and Economic Development」(Daron Acemoglu、Ufuk Akcigit、Simon Johnson)は、この問題に正面から取り組んだ長編論文である。

論文の中心にあるのは、技術が存在することと、その技術を生産性に変えられることは別の問題だという主張である。

後発性の利益があっても、追いつけるとは限らない

後発国には、先進国がすでに開発した技術を模倣できるという「後発性の利益」がある。自ら一から技術を生み出す必要がない分、急速に成長できる可能性を持っている。

しかし論文は、この利益が自動的に実現するわけではないと指摘する。キャッチアップの成否を左右するのは、主に次の五つの要因である。

・教育や経営能力などの技術吸収力

・財産権や参入に関する制度

・新しい企業へ資源を移す市場の選別機能

・技術投資に必要な信用市場

・先進国向けの技術と自国の条件との適合性

論文のモデルによれば、制度や経営能力が弱い国でも、理論上は最終的に技術フロンティアと同じ成長率で成長するようになる。

ただし、フロンティアからの距離そのものは縮まらない。成長率が同じでも、所得水準の格差は恒久的に残り得るということである。

成長モデルと100年以上のデータで検証

論文の中心は、企業が既存の技術を採用するかどうかの意思決定を組み込んだ成長モデルである。

このモデルは、経済史家ガーシェンクロンの「後発性の利益」の考え方と、ローマー、アギオン=ハウイット、クレット=コータムの流れをくむ内生的成長理論や企業動学の研究を結びつけたものである。

論文は、モデルの予測を次のようなデータとの相関によって点検している。

・1900年の電信

・1950年の電話

・2000年代のインターネット

・現代の先端技術集約型の輸出

・世界銀行の企業調査

・各国の法の支配、大学教育、経営慣行、金融環境

・インフォーマル雇用と、企業の成長・退出

特に興味深いのは、2000年から2025年までの主要な開発経済学の論文4,716本を調べたところ、技術に関連する語を含むものが13%未満にとどまったという調査である。

開発政策は教育、制度、保健、金融を論じてきた。しかし、そのすべてと結びつく技術の導入は過小評価されてきたのではないか。論文はそう問題を提起している。

モキイア、ノース、グライフとの関係

この論文は、技術と制度をめぐる経済史の代表的な研究と比べると、その位置づけがわかりやすい。

・モキイア:モキイアが「有用な知識はどのように生まれるのか」を説明したのに対し、本論文は「生まれた知識を後発国はなぜ使えないのか」をモデル化している。

・ノース:財産権、信用制度、参入障壁を、技術導入のコストや収益性を左右する制度的な変数としてモデルに組み込んでいる。

・グライフ:技術移転は機械を購入する行為ではなく、企業組織、経営慣行、教育、金融、期待が補い合う制度の体系であるという見方は、グライフに近い。ただし、制度そのものがどのように形成されるかの分析は、グライフほど厚くない。

最も重要な洞察――先進国の技術は「適切な技術」とは限らない

論文の最も重要な指摘は、先進国で開発された技術が、後発国にとって必ずしも「適切な技術」ではないという点である。

この指摘は、AIをめぐる議論に直結する。

AIが、高賃金で高学歴の労働者が多く、資本が豊富な先進国に合わせて最適化されれば、労働力、言語、教育、企業規模が異なる国では十分に機能しない。

そのためAIは、自動的に技術格差を縮めるのではなく、先進国と後発国の所得格差をかえって広げる可能性がある。論文はそう警告している。

限界と反論

一方で、この論文には限界もある。

最大の限界は、実証部分の大半が相関分析であり、制度の改善や技術導入がもたらす因果効果を直接識別しているわけではないことである。この点は、著者自身も明記している。

また、基準となるモデルでは、次の要素が十分に内生化されていない。

・非効率な企業の退出

・政治的に保護された既存企業

・技術による労働者間の分配の変化

・国家と企業の権力関係

・技術標準をめぐる国際競争

論文は「制度が良ければ技術の吸収力が高まる」という方向性を示している。しかし、なぜ悪い制度が存続し続けるのかという問いについては、ノースやグライフの研究と比べて説明力が弱い。

日本企業への示唆

論文の考え方は、日本企業が海外の技術を導入する場面にも当てはまる。

たとえば、台湾のGus Technologyが持つ優れたLTO・XNOセルを日本で展開する場合、セルを輸入するだけでは技術移転は完成しない。日本側に次のような体制がなければ、セルの技術的な優位は事業価値に転換されない。

・用途に応じたシステム設計

・認証や系統連系への対応能力

・EMS(エネルギー管理システム)と保守の体制

・顧客企業の技術への理解

・資金調達

・国内の条件に合わせた製品の適応

さらに、論文の枠組みは、非上場企業の政策保有株式の問題にも通じる。

資本が生産性の低い既存企業に固定され、技術の吸収力が高い企業へ移っていかない。論文が示す「市場の選別機能」が働かないこと自体が、長期停滞の原因になり得るからである。

評価

本論文は、モキイアの技術史を、企業、金融、制度を備えた実務的なキャッチアップ理論へと接続した研究である。2026年を代表する長編論文の一つといえる。

技術は買うことができる。しかし、その技術を生産性に変える力は、制度と組織と資本の配分によって決まる。

関連URL・参考資料

・Daron Acemoglu, Ufuk Akcigit, Simon Johnson「Technology and Economic Development」NBER Working Paper No. 34730(2026年1月)

https://www.nber.org/papers/w34730